第百八十五話 新風
滋賀基地壊滅。
その報は本部にまで届き、日本中に散っていた指揮官に広まった。
担当指揮官は消息不明。生き残った戦力も存在せず、デウスは全て件の街に吸収された。
別の指揮官が街のデウスに向けて通信を繋げようと試みたが、全ての回線が一切繋がらなくなっている。恐らくは通信用パーツそのものを破壊された線が濃く、実際に接触せねば話も出来ないだろうと結論付けられた。
街の状況は依然として沈黙状態。壁を一部以外展開されたことで地上から観測するのは難しく、一部分から見えている光景は焦りを抱えながらも生活している民衆ばかり。
本部の調査によって街は二分されている状態だ。税金が納められないからと払える者と払えない者とで区別され、今は払える者達が追い詰められている。
上空からの観測も不可能だ。
常に警戒しているデウスの姿があり、これまでのどんな武装よりも長距離を狙えるライフルで牽制されていた。
殺すつもりがないのは明白だ。ただし、それは理由が無いから。
大義名分があれば彼等は牙を剥く。そして世論は今、軍に対して非常に厳しい目を向けていた。
連日連夜の取材依頼。政治家達の追求も合わさり、軍は確実に追い詰められていると言っても過言ではない。
テレビではこれまで隠されていたデウスの扱いについても報道されていた。
十中八九情報を流したのはあの街の人間かデウスで、一つの組織を潰す気だという意思を示している。
これまでもこれからも、デウスは人を守るだろう。それについて民衆は感謝するし、扱いの悪さによってどちらに味方するのかも明白だ。
徹頭徹尾、民衆は軍を味方しない。
何せデウス達が責められる部分が存在せず、逆に軍には責めるべき部分があまりにも多過ぎた。
多数の映像データや音声データによって証拠も提示され、この状況で無視を決め込んでも更に民衆は激昂するだけだろう。
だが、同時に識者達は解っている。軍は国防において必要不可欠だ。
切り離せるものではないし、切り離してしまえば日本そのものが終わる。防衛線を維持出来なくなれば途端に怪物達は民衆を捕食するだろう。
故に、求められるのは軍の解体ではなく改善。
それも長期的な形ではない。短期的に、誰もが理解出来る形での改善だ。
「ハッハッハッハッハ! 今頃は本部の連中、大慌てで改善策を作っているだろうなぁ?」
「でしょうね。 それに政府も動きました」
「自身を偽るのも下手な連中だ。 直ぐに犯罪行為が露見するだろうな」
吉崎指揮官の高笑いが静岡基地で響く。
他に集まったのも何時もの面子だ。長野、岐阜の指揮官達は片手に湯呑みを持ちながら今の流れに喜色を感じている。
最初の頃はたったの四人。力はあっても大局は動かせない小さな戦力が、支援があろうとも大きな流れを生み出した。
デウスの不当な扱いも流れ、世論は街の住人達の味方をしている。
ネットも今回の出来事で大賑わいだ。炎上とも言えるが、それを軍が抑えきれていない。
この部分だけでも軍の力が落ちているのは自明の理。ここから更に突き落とせる材料を与えれば、軍の信用は地下にまで落下するだろう。
「PMCも動いているよ。 ま、狙いは解りやすいがね」
「今此処でPMCが活躍すれば、軍に頼らずにそちらに頼った方が良いのではないかと考えるだろうな。 後はデウスの民間提供も有り得る」
デウスを一組織に完全に任せることは出来ない。
独占を解除し、民間への提供を押し進める勢力も必ず出る。政治家達にとっても優秀なボディガードを手に入れるチャンスだ。
有識者が法を変える未来も有り得ない未来では無くなった。その変え方はきっと歪められてしまうのだろうが、それでも軍という縛りは自然と消えていくだろう。
この流れは何処までも続く。行き着く所が何処になるかは定かではなくとも、舵を切る誰かが居なければ泥沼となるだろう。
今こそ少数派だった穏健派が表舞台で活躍する時だ。既に活動は開始され、派閥内でもトップの人間が積極的に動き出している。
利益や説得によって掌返しをする人間は増え続け、遠くない内に最大派閥へと急成長を遂げるだろう。
劇薬を投与したからこそ、変化は劇的だ。
何かを通すのも一苦労だった状態が一気に変わり、有益だと認められれば即座に通るようになっている。
新たにデウスの人権が確立され、一個人に給料の供給も始まった。
外出は相変わらず不可能であるものの、通販によって私物を購入するのも可能となったのだ。
反論の自由が生まれた事はデウスにとって一番の喜びだろう。これまでは無理矢理従わせられたのが、明確に否を突き付けられるようになったのだ。
「ウチの所のバカは一番喜んでたんじゃないか? これで正面切って文句をぶつけられるんだからな」
「勿論理由は正当なものでないといけませんけどね。 ……良い時代になりそうですね」
「さぁて、どうかな。 デウスが抱える恨みは健在だ。 俺達の所みたいな場所なら大丈夫だろうが、そうじゃない場所なら……」
殺人事件に発展しても不思議ではない。
そう告げる伊藤指揮官に、二人は難しい表情を浮かべる。
様々な問題が解決され始めたが、だからといってこれまでの出来事全てが消えている訳ではない。
当然であるがデウスは恨みを抱えているし、殺意を滾らせてもいるだろう。
自由の身となった彼等が指揮官や兵士を襲うのは自然であり、これからその手の事件が起きるのは予想出来る筈だ。
それを受け止めるのが人間側の役割であり、誠意なのだろう。
信賞必罰、因果応報。世の中は総じて甘くはなく、責任は取らねばならない。
故に、常にデウスを気にかけていた者達は報われたのだ。
その最たる例が誰かと言われれば、間違いなく只野だろう。まったく専門の知識を持たず、デウスに対する一般的な親愛だけで流れを作り上げた。
彩という愛が極端に重いデウスを受け入れ、更に増えた二人の幼いデウスも受け入れ、自身の器を理解しながらも愛を謳いあげたのだ。
人間としての深度が違う。指導者としては小さくとも、デウスを受け入れるという一点のみは誰よりも優れていた。
だから即座に協力出来てしまう。それは吉崎指揮官がバカと呼ぶPM9も理解出来るだろう。
問答無用なのだ。彼と関われば、嫌でも無視を決め込めない。
デウスに対してのみ発揮する引力は、近付けば近付く程に依存を加速させるだろう。
「彼が居たからこそ、彼女は限界を超えた。 あれに並ぶのは簡単ではないぞ」
「というか、並べるのか? 端的に言って、あれは住んでいる世界が違う」
住む世界が違う。
それは正しくその通り。彩だけは別の法則の下で力を振るっている。
その原動力は、紛れもなく只野だ。只野が生きているから彼女は全力が出せていると三人は見ている。
ならば彼が死ねばどうなるか。その未来が容易に解ってしまい、浮かぶイメージは最悪なものに彩られる。
今此処で彼が死ぬような事態は避けなければならない。その為に戦力を派遣したいが、現状において既に彼は一つの基地分のデウスを抱え込んだ。
彼等も引力に飲まれた者達だ。意識無意識関係無く、近くで従う事を決めた時点で絶対に抗わないだろう。
「次は何が起こると思う?」
「第一に考えられるのは傭兵の接触。 第二に企業側が接触。 第三で軍が媚売り」
「細かい部分なら難民が助けを求めてくるか、世界中に散っているだろう逃走中のデウスが庇護を求めてくるかというところでしょうね」
この中で最悪なのは軍が接触することだ。
ただでさえ炎上中であるというのに、媚を売ればあの街に居る人間は嫌悪感を抱いて余計に軍を攻撃するだろう。
ただでさえ重症な状態で更に殴られればどうなるか。そんな事は言わなくても誰もが理解出来るところだ。
世界中の国々も軍を見ている。対応によっては格下と見なされ、輸出入に制限が入らないとも限らない。
新しく始まった風は必ずしも良いものを運ぶ訳ではなかった。悪い風も運び、しかしそれを三人は歓迎している。
今ならば大々的に動いても咎められない。
偶然だが、三人はまったく同じ思考を頭に流していた。
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