第百八十四話 死の隊列
G11をトップに据えたデウスの部隊は彩曰く、練度としては申し分は無いそうだ。
試しにやらせた射撃訓練、体術訓練は全て平均か平均以上。足手纏いが出る様子は無く、このまま全員を実戦に使っても構わないと太鼓判を押された。
元から全員を配置するのは決めていたが、不安要素が消えたというのは悪い事ではない。何の憂いも無しに作業は進み、二日も経過する頃には全ての説明や配置決めを完了させられた。
デウスの脅威が消えた以上、残りの脅威は人の手で解決すべきだ。
故に最初に決めた通りにデウスはサポートに徹し、主要戦力は人間で固めることになる。
此方に寝返ってからの初陣が人間である事に、彼等は良心の呵責に悩まされていない。
その理由は極めて単純、相手が自身の怨敵だからだ。
虐げられた者は一般的にその内に憎悪を抱く。感情表現が僅かに歪んでいるデウスでもその点は変わらず、故に人間臭い。
彼等の装備を無くし、私服を着せれば美男美女の人間にも見えるだろう。
そんな者達が人間を屠る為に武器を向けている。その恐怖は生半可なものではなく、相手方も相当に怯えているのは間違いない。
このまま素直に激突すれば十中八九敗北する。彼等が無事に生き残る為には降参か敗走しか無く、どちらを取ってもその瞬間にこの街が勝利に終わるだろう。
どちらの陣営がデウスをより多く保有しているか。この世界において、デウスの保有数は非常に重要だ。
パソコンにデウスの情報を打ち込み、改めて加わった総数に感嘆の息が漏れる。
仲間になってくれたデウスの総数は三桁単位だ。街の人間よりも数が多く、話を聞く限りでは他の基地から派遣されたデウスも居る。
それらが抗議を送ってくる可能性は零ではないものの、本人達は戻りたいとは考えていないようだ。
その時点で彼等に対する扱いは察してあまりあるというもの。この話を春日も村中殿も聞き、やはり軍は腐っていると再認識していた。
よって、例え抗議があったとしても返すつもりはない。件の基地を敵に回す行為だが、虐げられる現状を無視していては何も解決はしないのだ。
パソコンの電源を落とし、廃墟の瓦礫に紛れ込ませるように隠す。春日や村中殿以外に見られない為にも、このパソコンは普段は隠している。
「よ、偵察班から連絡だ。 連中がまた来たぜ。 どうやらまだまだやり合うつもりみたいだ」
「デウスは含まれているか?」
「いんや。 戦場に放置されていたデウスも回収したからな。 偵察班に付いて行ったデウス達からも反応は検出されなかったそうだ」
「なら、本当に人間だけか。 ……じゃあ予定通りに頼む」
「あいよ。 全員に伝えてくるぜ」
扉が無いので入室の声を掛ける春日の話を聞く限り、やはり攻めてくるのか。
正直に言えば無謀極まりないが、やると相手が決めた以上は手を抜くつもりはない。
生き死にが掛かった戦いだ。殺すと決めているのだから、此処で全てを潰す。
軍の人間を吸収しようとは考えない。デウスに対して非情な行いをしていたのは事実であり、此処で吸収しても彼等は同じ行いをするに決まっている。
粛清だとか、裁きだとかは考えてはいない。ただ、やりたい事の為には容赦はしてはならない。
情状酌量の余地が無い相手にまで気を回していては此方が疲弊してしまう。
それに彩が断固として許さないだろう。そんな彼女の気持ちも汲めば、残念ながら殲滅という形で落ち着く以外に方法は無かった。
小型端末を起動し、即座にワシズの視覚情報にアクセス要請。彼女は即座に受諾し、街の人々と一緒に見ている地平を俺に見せてくれた。
「ワシズ、相手の顔が解るくらいにズーム出来るか」
『ちょっと待っててねー、っと』
画面が動き、徐々に相手の顔が鮮明になっていく。
誰も彼も、その顔は絶望に彩られていた。肌は白く、歯を震わせ、武器を持つ手も痙攣状態。満足に命中もさせられないだろうと予測を付け、同時に彼等はまともな策を持ってない事を示していた。
優秀な指揮官が居ない弊害だ。いや、そもそももう指揮官は基地には存在しないのだからどれだけ連絡を取っても無駄である。
恐らくだが、彼等は指揮官に指示を仰いだ筈だ。叱責されるのを覚悟で通信を試し、繋がらない結末に終わった。
いや、あそこにはF12が居る。更なる絶望を与える為に指揮官は逃走し、お前達は突撃せよと適当な命令を残している可能性は十分にあった。
あの指揮官が信用に値しないのは事実だ。故に最後の言葉としてF12に託したと認識しても不思議ではないだろう。
納得出来るものではないが、軍の命令は絶対だ。従わずに戻れば、最悪の場合は殺される懸念が残り続ける。
だから攻めるしかない。何の成果も出せない敗北など、存在価値が無いのと一緒なのだから。
俺達はまるで悪役だ。軍から見れば敵として認識しても不思議ではないものの、逆転すると途端に印象が様変わりしてしまう。
それにこうして椅子に座って戦場を見ていると、ゲームのラスボスを想像してしまうものだ。だとすれば、あまりにも弱いラスボスだなと苦笑した。
敵軍は数だけは多い。それを一塊にして進む姿を見るに、単純に一転突破の形を取っているのだろう。
分散してもそのまま滅ぼされるだけ。そうするくらいならば、多少なりとて希望のある一転突破を選択した。
盾はこれまで死んだ兵士達の防具に、己の肉体のみ。
潰され、潰され、それでも僅かな可能性に賭けるーーーー現実から目を逸らしながら。
「全体に通達。 範囲に入ったと同時に攻撃を開始せよ。 デウスは壁に近い順から撃ち抜け」
『了解』
行かさぬ、生かさぬ。全て死ね。
殺意を滾らせ、戦意を湧かし、この無情な世界に亀裂を刻む。
俺達が前を行く為の礎になってくれ。きっと彼等の事は忘れてしまうだろうが、そういうことがあったのだという事実は覚えているだろうから。
兵士達が射程範囲に近づいていく程に足が遅くなっていく。武器を取り出し、歩きながら撃ち合うつもりなのだろう。
それは此方にとって好都合だ。被弾の危険性は高まるものの、その分は目立つ格好をしているデウスが受ければ良い。
近付き、近付き、遂に境界線を越える。
直後始まる無数の撃音。弾丸が吐き出され、マズルフラッシュの光が常に戦場を照らす。
蒼天の空の下ではその光は僅かなものだ。代わりにこの廃墟に居ても音は届き、死の気配を纏った一撃は不安を誘う。
だが、それと同時に兵士達は死体へと様変わりしていた。
やはり一塊になる以上、どれだけ下手な攻撃でも命中はする。弾薬を気にせず撃ち続けるのだから、相手に与える被害は甚大となるだろう。
壁付近にまで接近する兵士が居れば無慈悲なデウスの一撃が頭を吹き飛ばし、やはりどう考えたとしても勝利は揺るがない。
とはいえ、彼等は窮鼠だ。時に手榴弾で届かなくとも此方を爆風で威圧し、スモークで距離を誤認させる。
背後に居た一部の部隊が小型のバズーカらしき物を発射させようとしているが、そんな事は認められぬとばかりにデウスの誰かが正確に背後の兵士を潰していった。
圧倒的であり、徹底的だ。これまでもデウスの戦いを見てきたが、デウス対人間という構図は初めてであった。
正に圧倒的だ。軍が恐れて支配しようとするのも頷ける。
だからこそ、関係は主従であってはならない。強くそう思わされた。
時間は過ぎていく。戦いは終始此方の一方的な攻撃で進み、最後の一兵に至るまで壁に到達することはなかった。
呆気ない幕切れだ。だがそれは、結局の所彩のプログラムがあったからだろう。
何はともあれ、勝ちは勝ちだ。
安堵の息を吐き、遠くから聞こえる勝利の歓声に耳を傾けるのだった。
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