第百八十三話 新たな力
「やり過ぎだ」
静まり返った廃墟の中で男三人が集まっている。
既に見慣れてしまった三人ではあるが、その中でも春日は苦い顔で只野に向かって苦言を放っていた。
今、街の中には無数のデウスが存在している。その一人一人に彩達三人は特殊なプログラムを流し込んで強制命令を破壊している最中だ。
全体に拡散させる事も不可能ではないが、やはり時間が無い中で構築されたものだ。何が起きるかは解らず、故にその対応も三人で行わねばならない。
だが、今現在において大規模な騒ぎは起きていなかった。
それ事態は予定されていた通りだ。三人も特に文句を言うつもりがなく、話題そのものはその後についてである。
春日が言っていることは即ち、彩が力を見せ過ぎた事だ。
レーザーのような攻撃そのものはまだ出力が抑えられていたので許せた。
殆どのヘリを破壊していたが、携行ミサイルでは全機撃墜が絶望的である以上は彼女の行動は認めねばならない。
だが、あの巨大な火球は流石に許容範囲外である。あの一撃によって兵士には甚大な被害が生まれ、撤退の最大の要因となった。
もしかすればそのまま基地にまで戻るかもしれない。それそのものは歓迎出来るものの、これでは街の人間は何もしていないのだ。
折角やる気があっても肩透かし。身の安全を守れたとしても不満が溜まるのは道理だ。
実際、春日の耳にはこのまま彼女達に任せた方が良いのではないかという声が届いている。
人間は安全圏で過ごすべき。そんな主張が強まれば、抑えるのは至難だ。
「確かに春日の言う通りだ。 その点に関してはすまなかった。 もっと強く彩には言っておくべきだった」
彩の軍に対する嫌悪を見誤っていた訳ではない。
だが、実際はその想定を彼女は容易く超えていた。一撃で大打撃を与える攻撃を当てるつもりだとは思っておらず、故に只野は素直に春日に謝罪する。
だが、春日は別段怒りに任せて言っているのではない。只野が誠意を以て謝罪するのは解っていて、故に謝ってくれれば文句は無かった。
個人の怒りで場を膠着させる訳にはいかないという部分もある。何もかもを現状維持にさせるままでは、更に人々の不満を溜め込むだけだ。
村中の咳払いで全体の雰囲気を一旦元に戻す。
「さて、では実際に何をどうするのかを決めましょう。 折角デウスが味方になってくれたのです。 この札を使わない道理はありません」
「そりゃ確かに……その通りだ。 だが村中の爺さん、それじゃあ皆が納得しないぞ」
「解っておりますとも。 なので、此処は皆々様の不満を抑える為にもデウスの方々には援護のみを行わせましょう」
「いや、援護だけじゃ逆に味方になってくれたデウスに不満が溜まる。 なら、人間側とデウス側で人員を混ぜよう」
どちらかを優先すれば、どちらかに不満が溜まる。
次に来てくれるかどうかは不明であれども、戦いの備えはしておくべきだ。
最早どの方向から争いが発生するかも解らない。であれば、ありとあらゆる方向に戦力を分散させねば対応は不可能だ。
そして、それは人間だけでは出来ない。味方となったデウスと協力して初めて出来るものであり、故にデウスと人間の協力関係を構築しようと只野は放った。
デウスが行うのは人間側が受ける被害の肩代わりと、共に敵の撃破。相手がデウス用の装備をデウスに依存している以上は、彼等の皮膚装甲を突破することは出来ない。
だからこその壁だが、しかしかといってそれで人間側に甘えさせるつもりはない。
攻撃の要は人間だ。
それだけは譲らないと只野が告げ、二人も首を縦に振った。
「となりますと、彩様方が解除したデウスを早速戦線に混ぜましょう」
「ええ。 ですが次は何時になるか解りませんので、今の内に余裕のある人員を率いて四肢を破壊されたデウスを戦場から連れて来てくれませんか」
「畏まりました。 デウスに関しては私が個人的に接触して連れていきたいと思います」
「んじゃ、俺は皆にこの話を伝えに行くぜ。 ……出来ればもっと通信機があればなぁ」
「無い物ねだりをしても仕様がない。 俺もデウス達に接触します」
三人の話し合いはまだまだ短い。やるべき事が明確になっているので考える時間も然程長くはないのだ。
今後体制を整える段階になれば議題は多くなる。それまで街が生き残っているかは不明であれど、誰もが滅ぶ未来を考えてはいなかった。
生活はまだまだ現代人程ではないだろう。難民キャンプのような状態から僅かに脱しているだけで、決して楽にはなっていない。
だがこれを通過すれば、間違いなく世界は彼等に目を向ける。
真っ向から軍のやり方に否を突き付け、共存という形を取り出している場所はどうしたって目立ってしまうだろう。
只野達がやっている事は違反行為だ。軍のデウスを保有しているなど、本来であれば全軍でもって叩き潰されるだけ。
それが成されていないのは、一重に軍からも肯定の声が出ているからだ。
彼等を起点に全てが変わらねばならない。ただデウスを酷使するのではなく、愛ある隣人として接すべきではないかと声が上がっているのだ。
それは以前までは無視出来るものだった。
全体の中で過半数が在籍している差別主義者は何も変わらぬと思い込み、高みの見物をするが如くに少数の者達を弄んでいたのである。
だが、それはもう出来ない。もしもそれを安易に行えば、何処かで自身の行いが漏れ出てしまうだろう。
滋賀基地が良い例だ。あそこの指揮官はもう助からない。
連日デモが行われ、本人も行方不明だ。誰もが件の指揮官は逃げ出したと考える筈で、しかし一人の指揮官だけは真実を知っている。
その真実を公表するつもりはない。真実は全て闇の中へと消え、後には後ろ暗い行為が残された資料が残るだけ。
その資料も既にデウスが回収した。これで今後の立ち回りはかなり楽になるだろう。
「此処を率いている者達です。 貴方達の中に代表者はいらっしゃいますか?」
そんな事を知らない只野は村中と一緒に街に入ったデウスを訪ねていた。
未だ全員が解除された訳ではないとはいえ、それなりの人数は既に自由の身だ。
身体の状態をスキャンし、歓喜にうち震えている姿は本当に人間のようで、そんな姿を見ている村中の目には同情が浮かび上がる。
突然の代表者の登場。その事実にデウス達は俄に騒ぎ出すものの、数名のデウスが手を挙げて只野達の前に立った。
「彼等の代表者という訳ではありませんが、彼等の教官をしていました。 G11と申します」
前に出てきたのは、銀の長髪を持った女性だ。
瞳は同色であり、しかしハイライトの輝きは無い。まるで感情が死んでいるようだが、声に緊張があるお陰でそうではないと二人は気付いた。
「私の名前は只野信次です。 今回は我々の御誘いに参加していただき、誠に有り難う御座います」
「とんでもございません。 今回の一件は我々にとって正に救いでした。 感謝すべきは此方です」
頭を下げた只野に慌てるようにG11も頭を下げる。
彼女が全体の代表者となるのに誰も文句を告げなかった。それは単純に彼女は戦い方を教えてくれた恩師だからであり、この場の中で最も年長者だからである。
彼女の言葉であれば余程のものでない限りは従う。その意思を他のデウスから只野は感じ、静かに頭を上げた。
「我々は組織としては未熟も未熟です。 設備も充実しておらず、日々生きるのも楽であるとは言い切れません。 それでもどうか、お力を御貸しいただけませんか」
「勿論です。 我々を救い上げてくれた方々に力を貸すのは当然の事。 この身体、是非に使い潰してください」
元々の生活があったからなのだろう。自身の放った言葉は、何処か軽い。
それを当然と認識し、周りも当たり前だと首肯していた。一度でも自由の身になったのだから、それを成してくれた人物に対して身を潰す覚悟で尽くすのは当然のことだと思っている。
だが、それを只野が許すつもりはない。
「貴方達を使い潰すつもりはありません。 我々は対等な立場でもって今後お付き合いをしていきます」
その言葉に、目に見えてG11は驚愕を露にした。
感想有り難う御座います。これからもどうぞよろしくお願い致します!




