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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百八十一話 招かれる客

 二日目と三日目までは相手は何も行動に移さなかった。

 偵察を放ってもらったものの、その二日間で彼等がしていたことは単純に休息くらいなもの。

 何かを用意する気配も見せず、ただ呻いているだけの集団を取った画像は烏合の衆も同然だ。警戒をデウスに任せたのだろうが、この近辺には他の街に向かう難民や移民者が通過している。

 今この瞬間に通るというのは怪しいが、だからといって正当な許可も無く勝手に調べようとしても今の軍本部は協力してくれないだろう。

 寧ろ少しでも繋がりを切りたいと思っている筈だ。出来ることならば何の手も汚さずに、滋賀基地の指揮官を闇に葬り去りたいとも考えているだろうな。

 だが、既に明確な形となって世界にこの汚点は広がっている。


 俺に関わりのある人間に迷惑が及ぶのだけは申し訳ないが、軍というものを変化させていくには最早劇薬を投与する以外に無い。

 自分がその劇薬になれるかどうかはさておき、この騒動そのものが周りに波及していくのは間違いないだろう。

 先日の傭兵の件が正にそうだ。故に、これが新たな火種を呼び込むこともあるだろう。

 その全てを凌ぎきってこそ、俺は胸を張って彩の隣に居られると思うのだ。

 そして、その為にも俺は目の前の敵を潰す必要がある。

 四日目となった今日、ついに動き出した軍勢は街へと一直線に進んだ。

 彼等は三つの部隊に別れ始め、此方が見ているのもお構い無し。俺達を侮っているのは明白で、けれどもその色は薄れ始めていた。

 

『部隊を分けたな。 此処からはそう簡単にいかなさそうだぜ、指揮官殿?』


『解っていたことだろ。 それに相手は時間をかけ過ぎている』


 この動きを一回目から取られていれば、俺達の戦いは厳しいものになっていた。そこは一切否定するつもりはない。

 だから今回こうなっているのは、単純に運が良かっただけ。相手が必要以上に侮ってくれたからこそ、俺達に勝ちの芽が生えた。

 相手はどれだけ馬鹿でも、大きな組織だ。人々の税金と無数の叡知によって作り上げられた数々の兵器は、俺達を容易に消し去ってしまう。

 国が支援する最大の武装組織。それに勝つなど最初から不可能でしかない。

 それでも勝ちの目を拾うのであれば、国民に頼る必要があった。

 廃墟の中で小型端末が振動する。この距離なら音が相手に拾われるとは思わないが、必要以上に警戒しているせいでマナーモードは継続中だった。


「此方、只野。 結果はどうですか」


『此方、矢本。 作戦は成功しました。 滋賀基地指揮官を捕縛し、現在はそちらに移動中です』


「成功しましたか、お疲れ様です。 他に何かありましたか?」


『それなんですが……』


 電話先の相手は滋賀基地に向かっていた別動隊だ。

 相手の声音からは疲労を感じさせ、しかし同時に喜びも滲んでいる。

 彼等は全て傭兵だ。街の人間に任せるよりも、成功確率はそちらの方が極めて高い。

 しかし、だからといって潜入そのものが簡単ではないのは解っている。

 もしかすれば全滅も考えられるからこそ、俺は報告に耳を傾けた。

 内容は不可解極まりない。警備兵の姿は見えず、道中に居たのは全てデウスばかり。

 そのデウスもにこやかに道を空け、途中からは一切隠れる事なく指揮室にまで到着したのだという。

 後は煙幕と閃光で襲撃を掛けて、対象を気絶させて終了だ。

 運ぶ最中も邪魔者は存在しなかったものの、一人のデウスが彼等に立ち塞がった。


『只野さんによろしくと伝えていました。 F12と言えば解ると』


「岸波指揮官か!」


 そのデウスの名前についてはよく知っている。

 彼女の指揮官は岸波指揮官。俺の事を知っていて手を貸してくれたとしても不思議ではない人物だ。

 俺の状況を鑑みて、岸波指揮官が破壊工作なども実行してくれたのだろう。 

 まだまだ会う訳にはいかないが、もしも再会したらお礼をしよう。

 それ以外にもデモの苛烈さや街の状況などを聞き、通話は切れた。

 裏側で奮闘してくれた以上、負けてはならない。心から湧き出る活力に身を任せ、早速春日と村中殿にも先程の情報を共有させる。

 二人の反応は喜び一色。これで次に移行出来るのだから、喜ばない筈もない。

 基地内は現在混迷の真っ只中だ。指揮官の姿が無く、近付こうとする人間もF12達が排除したのだから。

 排除方法はデモに意識を向けさせること。此方を侮っているからこそ、少数の警戒の声を飲み込んで大多数が鎮圧に動いた。


 この鎮圧によってますます国は荒れる。

 軍など不要とする意見が増え、PMC達にとって有利な盤面が増えてくるだろう。思い出すのはワシズとシミズを狙ったPMC組織だが、他のPMCが同じ思想をしていると考えるのは愚の骨頂。

 善良な組織がまだ世の中に残っていてくれと願う気持ちで、彩に通話を繋げた。

 送られてくる視覚情報からは通話前よりも迫っている人とデウスの波がある。

 わざわざ一緒に行動しているのは、単純に彩を警戒してのものだろう。

 本来ならば真っ先に彩を打倒する策を作るべきだが、流石に理不尽過ぎる相手にまともに対応は出来ない。

 象の一歩を蟻が止められないように、彼等の攻撃が彩の動きを邪魔するとは思えない。

 それはこれから行う事も一緒だ。ワシズとシミズには一芝居打ってもらう。


「一分後に開始する。 ワシズとシミズは事前に集まってもらうと助かる」


『解りました。 静止させるんですよね』


「ああ、後は皆の言葉次第だ」


 俺達は戦うが、その相手は必ずしも全員である必要は無い。

 時計を確認して一分を数え、その間に通信機を用いて全員に通達させる。

 これから起こる事は全て予想がつかない。どれだけイメージしたとしても、それを飛び越える出来事は発生するだろう。

 やがて一分が刻まれた頃。全員が警戒している中で彩はゆっくりと自身の身体に蒼い炎を纏い始めた。

 それは彼女が本気になる合図。全力で戦う場合において発生する焔であり、視覚情報からでも炎が無数に見えている。 

 次いで俺に見せるように銃身を前に突きつけた。それだけで軍の人間は警戒し、足を止めている。

 発射されれば絶命は必至。回避手段が無い以上、彩の視覚の外にいるデウスが早撃ちで腕を破壊する他無い。


 だが、そんな道理は次の瞬間には潰える。

 銃口の先から形成される丸い火球。一秒毎にサイズは膨れ上がり、見るだけでも熱い錯覚を覚えてしまう。

 これは全てを滅ぼす一撃だ。どんな兵器も飲み込み、溶かし、生存を否定する地獄のマグマの如き火だ。

 僅かに見える軍人の顔は恐怖に歪んでいた。逃げ出したいが、逃げ出しても死ぬと思っている顔はいっそ同情を誘うもので、しかしそれで手を抜く訳にはいかない。


『聞け。 私は彩、とある方に絶対の忠誠を誓うデウスだ』


 そんな状況下で、彩は話を始めた。


『今回の貴様達の行動は断固として認められないものであり、可能であればこの手で全て葬り去りたいと考えている。 それは未だ軍に従っているデウスも同じだ』


 デウスは不遇の扱いを受ける。

 それは技術的に致し方ない問題であるーーなどと、認められる訳がない。

 悲しい出来事があった、怒りに震える出来事があった、恐怖に震える出来事があった。

 愛を込めても、誠実さを込めても、軍はデウスの想いを無下にする。

 そんな軍から脱走するデウスは何人も居たし、これからもきっと増えていくだろう。


『これからの時代において、軍の存在は一切不要。 我等は我等の道理でもって動くべきだ。 ……だというのに、貴様等デウスは何故今も従い続けている』


 強制命令があったから?

 仲間を守らねばならないと考えていたから?

 ならば、それは怠惰に過ぎない。お前達はただ逃げているだけだ。逃避の先にある未来など、録なものになるとは思えない。

 彼女が始めた事は軍に所属するデウスの完全否定だ。これまでの出来事全てをただの逃避と断じ、責め立てている。

 そこまでしろとは言っていない。これは彩の気持ちが噴出したものだ。

 だからこそ、これは止まらない。全てを吐き出しきるまで、彼女は一切の容赦もせずにデウスの根幹をへし折るのだ。

 これが終わった時にどうなるのか。最初からまったく予想出来ない状況に、胃は静かな痛みを発し始めていた。

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