第百八十話 茨の鎧
救出に出向いたデウスは総じて彩の餌食になった。
距離の関係で音を捉えなかったデウス達はシミズとワシズの攻撃によって警戒する必要が生まれ、当初の速度を大きく落としている。
現状の立て直しを命じられたのは間違いなく、明らかに指揮官が現場の足を引っ張っていた。
最初の一当ては重要だ。それが戦いの流れを生む事だってあり得る。
それが自身にとって優位にはならなくても、滋賀基地の戦力を使えば覆すのも難しくはない。
それを考えての行為であれば納得も幾らか出来るものの、それならば彩の攻撃を遮断する必要がある。
今も端末からは彩の銃撃音が聞こえ、的確に救出中のデウスの足を引っ張り続けていた。
それは敵からすれば悪夢のようなもので、出来るものならば彩がこれ以上撃つ事を抑える為に牽制射撃をするべきだ。
それすら無いのは最早初心者も同然である。
いや、初心者でもこの選択は無いだろう。余程人命の損失に泡を食ったか、または別の理由が無ければこんな真似はしない。
もしかすれば別動隊が抑えてくれたのかと考えるも、開始を命じてから早すぎる。
まったく報告が無いことからも、彼等が無事に達成したと考えるのは早計。
故に今は複数の可能性を挙げつつも、断定することだけはしなかった。
そのまま攻撃を続行させ続けていると、遂に救助活動が終了したのか彼等は大人しく下がっていく。
まるで小さな川のように黒い軍勢は一斉に下がり、二時間もすれば姿も見えなくなった。
『此方、彩。 対象は撤退しました、以降は警戒体勢に移行します』
「了解した。 だが、彩は一度戻ってくれ。 警戒はシミズと他二十人を交代制で行う」
『解りました、シミズへの連絡は此方で行っておきます』
「頼む。 他の人員については春日と村中殿と話し合う」
拍子抜けするような撤退であるものの、まだまだ油断は出来ない。
相手は一時的に後退しただけ。明日にでも最進撃は開始されるだろう。
束の間の平和だが、無いよりはマシだ。そしてこの平和は、次にはあっさり破壊されるだろう。
廃墟の中で避難した者達に食料の配給を指示する。交代制であるとはいえ、何時でも戦闘を行う為にも場所は屋外だ。
仮眠を取るのは許されるものの、元の自宅に戻る事は出来ない。
それは事前に説明しておいているし、了承も受けている。彼等も今の状況から悪くなるのは避けたいのだ。
それから一時間が経過し、廃墟には何時もの顔触れ達が集まる。
誰もがその表情に慢心の色は無い。あれが勝利ではないのは必然であり、まだ何も成果を出せていない以上は喜ぶのは論外。
「慢心するのは宜しくないですが、一先ず退却させた事実は喜んで良いでしょう」
「あんな形でか?」
「どのような形であれ、軍に対抗出来た事実は貴重です。 それが我々のような存在達に対する宣伝にもある」
「この状況下で更に戦力を? 実際に叶えば有難い限りだが、そう簡単にいくものかね」
「その辺は運が絡むでしょうねぇ。 上手くいくとしても、大きな所は静観の構えを貫くでしょう。 我々はまだまだ弱い組織ですから」
軍という大きな組織に対して、俺達は多少なりとて跳ね返した。
その事実には確かに喜ぶべきであり、これが傭兵達に対する宣伝行為となるのも頷ける。
だが、俺達の組織が弱いのも事実だ。
例え声が掛かったとしても、その勢力は決して大きくはない。それに理由だって村中殿とは違って、利益を追求したものとなる。
人間同士の繋がりは、その多くが利益優先だ。感情的なものがあったとしても、無意識に人は相手に利益を見てしまう。
ーーただの皮算用だ。
直ぐに思考を戻し、今回の集まりで不審な状況を議題に挙げた。
「今は確実性の無い援軍を話し合うべきではないでしょう。 先の一戦、あまりにも相手の動きが悪過ぎた」
「ええ、ええ、その通り。 あれは子供の指揮です。 断じて、軍人の指揮ではありません」
俺も村中殿も意見は一緒だ。
如何にそうなることを狙ったとして、実際に現実になるのは僅かだろう。
今頃は此方のデウス全員が敵方のデウスと戦い、人間は人間同士で争い続けていた筈だ。
中にはきっとデウス対人間という構図が生まれる予定であり、そうなった場合の対策は逃走しかない。
時間を稼ぐこともデウスが相手であれば不可能だ。大人しく武器を抱えて逃げた方がまだ安全である。
この話し合いは実際は予定されていなかった。だから全員が集まらなくても不思議ではないし、そうなった時は通信機を用いて警戒用の人員について話し合っただろう。
「現在はシミズに警戒させていますが、彼女一人で全範囲をカバーするのは不可能です。 早急に人員をいただけますか?」
「勿論です。 何十人かで交代交代でさせましょう」
「村中の爺さんの戦力は貴重だ。 割合としては此方が八割に納めるのでどうだ?」
「一切構いません」
警戒網を含め、話し合いそのものは酷くスムーズに進んだ。
その間に食事を挟み、途中で帰還した彩は直後に俺の背中に抱きついた。
所謂あすなろ抱きと言われる体勢は春日と村中殿に微笑ましく見られていて、その温い視線に羞恥が騒ぐ。
だが、これは彼女に対する報酬だ。支払わねば拗ねてしまうのは明白であり、この後にワシズが甘えてくるのも確実。
何か成果を出したのだから、報われて然るべき。それは俺も頷けるもので、故に今されても文句は何も言えない。
ただ、今は話し合いの真っ最中。緩んだ発言だけはしないでくれよと注意して、頭から無理矢理彼女の柔らかさを吹き飛ばした。
咳払いを一つ。それだけで二人も表情を改め、突然の事態に対する行動について意見を交わし始めた。
「今はまだ消費したのは食料だけだ。 戦闘をしていないから弾薬の事は気にしないで良い。 皆元気なままだよ」
「此方も同じですな。 ですが、連中が長期戦を始めると不味いでしょうな」
「ええ、それが狙ったものではないとしても、我々に長期戦は不利です」
今回はこれで撤退した。そして、次も襲ってくるだろう。
だが、それが小出しされた部隊であればどうだろうか。損傷を抑え、此方に消費を強いる戦いを行えば負ける確率は一気に高まる。
元から食料には不安があったが、それが今正に俺達に対して牙を剥いていた。
相手はきっと侮って、まともに作戦を練らないかもしれない。
そういった予感を抱えながらも食料の生産等は行われていたのだが、それでも不安は強い。
食料は生命線だ。それが消えるようであれば、遠からず餓えて戦えなくなるだろう。
しかしかといって、俺達が直接攻める事は出来ない。損失の有無にまだまだ皆は敏感であるし、今更交換しても対応出来るとも思っていない。
「相手は早く此方を落としたいでしょう」
「確か向こうの街じゃデモ真最中だよな。 出世を求めるなら、出来る限り速く鎮火させたいと思うだろうよ」
「それに、件のデモのお陰で軍内でも指摘をすることが可能だ。 隠し立ても出来ない以上、誰かが庇う真似も出来まい」
「良くて一週間。 どれだけ遠く見ても、それ以上は元帥達も黙ってはいられないでしょうなぁ」
軍から見れば今回の出来事は不祥事として扱われるだろう。
俺達に対する扱いを除いたとしても、基地周辺の街でやったことがやったことだ。デモをしている人間そのものが証拠である限り、滋賀基地の指揮官がやったことは常に明るみに出続ける。
調査のメスは入るだろう。怪物を倒し、日本を安全にすることを信条としている軍にとって裏側はともかく表側はこの事態を認められない。
だとすれば、約一週間が俺達の戦争だ。始まったばかりのこの戦い、決して負ける訳にはいかないと両頬を叩いた。
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