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人形狂想曲  作者: オーメル


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第十八話 苦渋

 夜闇の寒さは季節が未だ夏のお蔭で毛布を必要とはしなかった。

 デウス組はそもそも睡眠の概念が存在しない為、ほぼ完全に周辺警護を行う役割だ。子供の姿であってもデウスであるワシズとシミズも同様で、寝るのは俺だけである。

 そこに申し訳なさが無い筈もなく、しかして人間は眠らなければ満足に活動出来ないのも確かだ。

 彼女達はそれが自然であると認識している。というよりかは、必要以上に過保護だ。

 そもそもが人類の守護者である彼女達からすれば、やはり人類はどこまでいっても甘くなってしまうのだろう。此処まで甘くなってしまうのは流石に予想外で、しかも四人組になって初めての就寝の時点で子供組が膝枕をしようとしていた。

 十中八九彩の所為で間違いはない。本人もそれに関して驚いた様子は無かったし、何よりも子供組がこの行為について疑問に思っていた事からも半ば以上は確信だ。

 そういう事は自身が好意を持つような存在にだけすれば良い。それだけ教えて、俺は逃げるようにリュックを枕にして近場の廃墟で寝ていた。

 

「……はぁ」


 そして昼。起きた直後に両脇に人肌を感じ、俺は驚愕でもって覚醒させられた。

 両隣に居たのは子供組だ。寝ずに此方を無表情で見つめ続け、されど驚く俺に彼女達は目を見開いていた。

 昨日の今日である。また彩かと思考は結論を弾き出そうとしたが、その答えは俺の袖を引く赤いジャンパーのワシズが否定した。

 

「……私達が、そうしたいと思っただけ」


 無表情でありながらも彼女達には心が確りとある。

 解っていても確り認識出来ていなかったのは俺だ。だからこそ、こういった子供らしい仕草に俺は何だか温かい気持ちを抱いた。それが何という感情なのか明確に不明であれども、どうしてか思うのだ。

 この子達は何が何でも守らねばならないと。俺が守られる立場でありながら、それでも何とか争いを回避出来るように振舞わなければならないと。

 二人の頭を撫でながら、俺は今一度拾った責任を再認識した。半端な真似は絶対に許さぬと自分に誓い、それを表に出さぬように努めて笑顔で起き出す。


 大き目なビルが立ち並ぶ廃墟の一角を一時的な寝床とした俺は、隣で常に警戒していた彩に挨拶を送る。

 それに対して彼女も同様に返し、そのまま持ってきたリュックサックの中から複数の缶詰を開けた。

 種類は鯖に、まぐろフレークに、焼き鳥。御飯があれば最高の御馳走になるのだが、残念ながらあの倉庫の中には缶詰だけが残されていた。

 しかし、逃げ続ける日々を想像すればこれだけでも御馳走と言える。もしかすれば泥水を啜る必要性もあった以上はこうして並ぶ食事の数々に感謝だ。

 出来れば彩や他の子供組とも一緒に食事を摂りたいものだが、彼女達はそもそも食事を必要としない。

 

 過酷な環境で戦い続ける為に排泄機能や食事機能の一切を排除し、内部のエネルギー源は一般にも公開されていないブラックボックスだ。

 最初に食事をする際に彼女が酷く恐縮していたのは、ただ単にそれが無駄であると考えていたから。実際に食事そのものは出来ない訳では無く、その場合食べた物は全て予備エネルギー扱いとなって貯蔵されるらしい。

 なら食べておけばいざという時良いのではないかと考えるものだが、彼女曰くそれをすると内部パーツの劣化が早まるそうだ。

 デウスのボディは大部分が生体パーツで構成されているものの、確かに内部に機械的部品もある。

 それが劣化を起こすのも自然であり、故に何時かはパーツの取り換えもしなければならない。普段であればデウスのメンテナンスが五年に一度あるので大丈夫だったものの、今ではそれは絶望的だ。


 昼食である缶詰は十分もしない内に食べ終わる。醤油が欲しくなるラインナップであるものの、そんな物は此処には無い。何処か物足りなさを感じつつ、俺は缶詰をそこら辺に引っかかっていた袋に入れた。

 ポイ捨てが厳禁なんてのも今は昔。最早環境云々を訴える者は殆ど居なくなり、都市の美化清掃の意味は本当に表を綺麗にするだけのものでしかない。

 裏側は相も変わらずスラムの如く汚いままで、それは路地裏を少し覗いただけでも解るものだ。


「……で、取り敢えずどうだった?」


「やはり来ていたようです。貴方が就寝した午前八時頃に多数の熱源を感知しました。その中にはデウスも数体確認されています」


 俺が寝ている間の出来事を訪ねると、彼女は淡々と説明してくれた。

 その内容は本来焦るべき情報なのだが、此方側としては当の昔に解っていたこと。何も焦る事は無く、そうかとだけ彼女に返す。彼女も彼女でそんな俺に別段驚いた様子は見せなかった。

 軍が動くのは確定事項。寧ろ動かなければまったく別の可能性を考えねばならず、逆に焦っていた可能性もある。

 無事に動いてくれたのは有難い限りだ。これで鉢合わせになる事も無いだろう。

 

「今はもう撤退済み?」


「いえ。推測の域を出ませんが、恐らくは調査が難航しているのか未だ滞在中のようです。……移動しますか?」


「ああ、さっさとこの場からは離れたいからね」


 荷物は最初から纏まっている。彩も普段の服装から戦闘用の装備に変わっているし、子供組も俺達の発言に何も言う気は無いらしく無言だ。

 相手の調査が突如として終わって元の基地に帰る可能性はある。デウスの存在もあるのだ。本来ならば居ない存在を確認したということは、発見された場合襲撃は避けられない。

 しかし触らぬ神に何とやら。相手があの施設に釘付けになっている間に移動を開始した方が多少は警戒網も緩いままだと俺は思っている。

 相手から一定の距離を取る形での移動を彩にお願いし、彼女は俺の携帯端末からルートを決めていく。

 そこには隠れる目的の道も存在し、第二第三の変更用ルートも指定していった。そこに異論を挟むつもりは無く、五分程度で決まったそれで俺達は移動を開始する。


 まだ二日目。目的の街に到達することは出来ない。

 無理をしないように、しかし確実に目的の場所まで到達するように警戒感を高めて進み続ける。まるで指名手配犯の真似事じみた移動に内心は肝が冷える思いだが、さりとてしなければ両手に手錠だ。 

 どうしてこんな風になってしまったのか。不意に湧いたその思いに、しかし即座に選んだのはお前だと返す。

 無視すれば良かった事に首を突っ込んだのは俺で、この逃走を選んだのも俺だ。今更文句を言うなと本音でもって内心を叩き潰し、動物の死骸が転がる裏路地を進む。

 腐敗臭が漂うこの道は比較的最近までは何者かが居たのだろう。周囲を見れば腐った死骸の中に食べられた痕も見え、しかして何かが生きている気配は微塵も感じられない。


 此処で人は生きていけない。それは誰もが解っている事だ。

 解っていて、同時に悲しい事だとも思う。何せ五年前までは此処も人が確かに居たのだから。

 営みがあって、人々が何気ない日常に飽きていた生活があった。破壊痕もまるで見ず、そんなものはテレビの中の世界だと思っていて――だから五年前の初動は極めて遅かった。

 人々を守る自衛隊が出動するタイミングも遅く、発見して最初の被害が恐らく一番のものだっただろう。

 それを非難する人々は最早誰も生きていない。そもそもあの頃に生きていた政治家だって今どれだけ生きているのかも定かではないのだから。

 デウスが居るからこそ俺達は今生きている。その感謝は忘れてはならないものだ。

 しかし今のデウスは軍にとっては兵器の一つとしか認識されてはいない。どれだけ一般人に神のように思われていたとしても、それをデウスが知らなければ意味など無いのである。


 五年。短いようで長い年月は人を確かに変えた。

 それが良いか悪いかは誰にも解らない。もしも全てを決めるとしたら、それはデウスなのかもしれない。

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