第百七十九話 開戦
ーー開戦の攻撃は唐突だった。
共に敵同士。時間を合わせる必要など無く、二十四時間を守っただけでもこの戦いは他とは違う。
壁に到達しなかったとはいえ、地面に向かって一斉に爆裂した。
罠を狙った攻撃であるのは必然。隠された落とし穴は露出し、目視でも簡単に回避出来るだろう。
だが、穴の大きさは跳び跳ねても届かない程に広い。そもそも露見されるのは遅かれ早かれ起きるのだから、必要なのはルートの限定だろう。
双眼鏡から確認出来るヘリの数は約五十。同時に地面を走る土煙の姿も確認出来るが、その数事態は想像よりも少ない。
ヘリに乗っているのが人間で、土煙をあげながら向かっているのはデウス達だろう。
明らかに悪魔の軍団めいているものの、解っていたことだ。
ヘリ群が落とし穴の群れを通過する前に先ずは全て落とす。
此方に戦闘用の大型兵器は一切無い。なので誘導式の携行ミサイルで落とすしかなく、傭兵団が新しく購入した武器を後先考えずに発射した。
数にしては二十とヘリと比較すると少ない。それが外れるのも考慮の上だということだろうが、実際はデウス達が撃ち落とそうとするだろう。
だからそうなる前に引き付ける必要がある。その筆頭は彩達三人のデウスであり、先ずは一撃とばかりに壁の上から彩は既にチャージの終わった武器を敵に向けていた。
今回の彼女も気合いは十分だ。
作成された武器も既存の状態から進化し、ただでさえ酷い火力の物がますます酷くなっている。
『チャージは済んでいますが、割合は二でいきます』
『了解。 攻撃と同時にシミズとワシズは左右に展開し、出来る限り遠距離からデウス達を威嚇しろ』
『ワシズ、了解! コアを避けて撃ちまーす!!』
『シミズ、了解。 火力は二割でいきます』
相手に脅威を与えつつ、かつ過剰にならない火力となると二割が限界だ。
それ以上を使う場合は俺の許可を貰うしかないのだが、許可を貰う時間が果たしてあるものか。
最悪は自己の判断で使う事も認めているものの、彼女達は絶対に許可を求めるだろう。
絞りに絞った一撃はこれまで見てきた彼女の炎の中で一番小さい。
だが、その火力を凝縮してレーザーのように放つお陰で威力そのものはまったく見劣りしていないのだ。更に彩の場合はそのレーザーをチャージ分全て使いきるつもりで撃っているので横一線に銃器を振るい、さながら空間を切るようにレーザーは空中を舞った。
被害は甚大だ。横一文字に放たれた攻撃の先はヘリであり、人が乗っているのを承知の上で上下に分割されていた。
それと同時に次はシミズとワシズの映像が端末に映る。
あちらは左右に展開し、デウスに向かって彩から渡された武器のトリガーを押していた。此方はリアルタイムで彩が弄れないので、最初から設定出来された範囲内で武器を使っているのである。
熱く紅蓮に染まった弾がデウスに殺到する。
彼等は弾丸を目視する力を有しているが、そんな事は軍において常識だ。
ましてや彩が対策していない筈も無く、両者の網膜には傷を負ったデウス達の姿が見えていた。
既存のあらゆる法則を無視して、求める結果を形にする。
それがどれだけ常識外で、他者にとって恐怖を与えるかは解っているつもりだ。
現にワシズからは敵の動きに変化が出たと報告が来た。
一部は撃墜したヘリの救助に向かい、未だ空中を飛んでいたヘリ達も各々地面へと着陸を開始している。
その隙を狙うのも良いが、届くのは彩だけだ。まだまだ傭兵達も射程外であり、人間同士が激突するのはもう暫く後だろう。
「彩、救助に向かったデウスの手足を出来る限り狙ってくれ」
『了解』
追加の命令は実に悪逆非道だ。
撃墜したヘリの中に居る人間の中には脱出出来ずに瀕死状態となっている者も居る。あの攻撃によって腕の一本や二本程度切断されていても不思議ではない。
脱出の為に誰かの手を借りねばならない状況で、熱さをものともせずに救助出来るのは防火対策を施した兵士かデウスだけ。
普通ならば彩の特性が露見した時点で防火対策を施すべきだが、デウスを戻した以上はそれをしていないのだろう。
彩の力を過小評価したか。あれだけのものを出すのに大規模な準備が必要と判断し、速攻で攻撃すれば大丈夫だと思っているのかもしれない。
だが準備期間が長く取れた事実を加味すれば、そう認識するのは普通は不可能だ。
やはり破壊工作が効いたと考えるべきか。
一体何処の誰がやってくれたのかは解らないが、今は有難い限りである。
彩の無慈悲なスナイプによってデウスの救助活動は悉く妨害されていた。
実際は兵士そのものを狙った方が効率が良いのかもしれないが、此方に意識を向けるデウスの数を限りなく少なくするにはデウスを狙うしかない。
兵士の声にすら強制命令が発動する以上、生きる事を最上にした人間は必ずデウスに助けを求める。
なまじっか強さを日頃から感じていたのが裏目に出た。無数の救いの声にデウス達は無視出来ず、それが不味い事だと理解していても動いてしまう。
結果的にデウスは相手に背を向ける形となり、それを彩は狙い撃つだけだ。
無事だった人間は装備をヘリの中から引き摺り出して前進するだろう。他の場所からの襲撃に備えて人員はある程度分散されているが、現在は報告が入っていない。
まだ始まったばかりだ。気を抜ける場所は何処にもない。
『此方春日、随分とまぁ酷い被害だな。 まだこっちはまったく撃っちゃいないぞ』
『此方村中。 誘導兵器は当初の目論見よりも良い成果を出しましたな。 ヘリに被害を与える事は不可能だと思っておりましたが、彩様の攻撃に意識を向け過ぎて此方への意識が疎かになっております。 お陰で十数台のヘリに命中したのは万々歳ですぞ』
「ああ、間違いなくこの戦場の中で今一番警戒されているのは彩だ。 彼女にはそのまま全体の脅威となってもらいつつ、此方は自由に動き回るぞ。 後は別動隊が結果を出してくれるのを祈るだけだ」
了解、と傭兵団と俺達三人だけが持っている通信機で会話をする。
通信端末を皆が持っていればもっと手軽に指示を出せるのだが、傭兵団でも全員分を用意するのは困難らしい。
よって、俺が持っている通信機も借り物だ。
リーダークラスの人間だけが持ち、誰もが彩達とは連絡が取れない。取れるのは俺が持っている小型端末だけ。
彼女達はそれ以外を受け付けないだろうから、最初から繋げることを止めていた。
二人と会話をしながらも目はシミズ達が送る視覚情報から離れない。
ヘリが落下してから僅か五分程度。彼女達の耳からも未だ兵士達が助けを求める声が聞こえるが、指揮官による直接の指示によってかデウス達は前進を再開した。
だがその顔はどれも苦し気だ。元々の存在意義を無視しているのもそうだが、決してこの戦いそのものが本位ではないのだ。
本当にやる気に満ち溢れていれば、その顔はもっと真剣だろう。
動き一つだって変化はある筈だ。真に友好関係を築いていれば誰かが彩のようになっていたかもしれない。
結局のところ、この戦いの要は愛があるかどうか。それがあったからこそ俺達は優位に動けて、あちらは終止不利になっているのだろう。
後は、向こうが此方を侮り過ぎた。破壊工作の成果があったにしても、これで十分と妥協した時点で突破される事をまったく考えていない。
しかし、俺達は突破を目的としているのではない。するのは防衛と、出来ればデウスの勧誘である。
その目的を忘れなければ調子に乗ることもないだろう。
『現状を維持。 肝心要はやはりデウスだ。 味方に引き込むぞ』
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