第百七十七話 延命
――これより、二十四時間後に貴様達を殲滅する。二十四時間以内に投降する場合、デウスを差し出せば無関係の市民を攻撃しないことを軍の名に賭けて誓おう。
「下らん」
最後通告の手紙が早朝に送られた。
渡してきたのはこれまでも手紙を持ってきていた軍人達であり、俺達が最初に立ち寄った際に居たやる気の一切無い者達だ。
今回もやる気の欠片も見せず、気怠く此方に手紙を渡してからはさっさと基地へと戻ってしまった。
無理も無い。彼等が来る場合は大抵の場合、複数の武装した者達に囲まれている。常に一触即発の雰囲気を纏った者達が傍に居れば、落ち着くなんてのは無理な話だ。
中世の騎士同士の決闘めいた手紙はこれが最後。次に軍人の姿が見えるのは戦闘開始の頃だろう。
分かり合えるなんて事は最初から放棄していたので、戦う事に否は無い。寧ろこれを好機と考える人間も一定数存在している。
その筆頭は村中殿だ。彼は間諜を放ち、手に入れた情報を選別した上で此方にとって益になる話を持ち込んでくれた。
『滋賀基地の士気は低く、市民の生活も決して明るいものではないようです』
日本の税率は常に政府が決める。軍が口を出せる道理は存在せず、ましてや流通に手を出すのは論外だ。
滋賀基地の指揮官は、その流通と税に手を出していた。足を付かないように間に買収した役人を立て、市民の給料の中から不正に吸い取っていたのである。
ただし、その額そのものは決して多くは無い。気にしていない人間ならばまるで気付かない程度の小金であるが、それでも街の人間全員から集めればその額は決して小さくはないのである。
間諜達の話す内容から予想される金額は約八百万であり、今もなおそれは続いているだろう。
更に、外部から商品を仕入れる際には品質管理も含めて軍がチェックしていた。商品は一般的な価格よりも二倍で売られ、それが市民の懐を切迫させたのである。
こんな状態が長い間続いていれば流石に誰かが気付くであろうが、気付いた市民は早々に脅迫されて何も真実を言えないでいた。
こうして情報を手に出来たのもこの基地が壊されると嘘の情報を流したからであり、そうでなければ今頃この情報すらまともに集められなかっただろう。
滋賀基地の指揮官が外道であるのは最早言うまでもない。密告も同派閥の指揮官によって遮られるのは明白であり、末端兵士達も現状を変える事が出来ないでいた。
そんな奴を相手に大人しく降参するつもりはない。苦しい戦いとなるのは解った上で、それでも俺達は徹底的に相手を叩かねばならないのである。
それに運が良いことに相手の準備期間は非常に長かった。当初は残り二ヶ月か三ヶ月後に始まると予想されていたのであるが、半年にまで伸びてくれたのである。
原因は解っていた。といっても、正確に誰が何をしたのかまでは解っていない。
だが、滋賀基地の存在が疎い別の基地の人間が動いたのは間違いないだろう。基地内部から無数の破壊工作を行うなど、身内でなければ不可能だ。
『お蔭で壁の構築は終わった。 加えて、市民達の命中精度もそれなりに向上している。 今なら集団に向かって撃てば高確率で当たるだろうさ』
『良き速さですな。 我々も追加の弾薬や爆発物を揃えられました。 それに、どうやら彩様の武勇伝によって滋賀基地のデウス達の中に寝返る気配があるとか』
彩の北海道での行動も俺達に有利に働いている。
あの行動そのものは彼女の突発的なものだったが、それがこうして此処に影響するなど誰にも予想出来ない。
彩の存在はデウスにも大きな波紋を生んだだろう。他の誰もを圧倒するあの力を前に、何の策も無しに突撃を命令するだろう指揮官を信用なんて出来る筈も無い。
離反は自然な流れだ。そして、この機会を利用しない手はない。
今欲しいのは他者を圧倒出来るだけの力だ。俺達に歯向かっても勝てないと思わせる武力が必要不可欠であり、離反するデウスを保護すればその武力も大分増えるだろう。
だが、それをすればますます軍に目を付けられるのは間違いない。今はまだ彩の力を巡って議論を重ねてくれてるが、それも何れは排除に傾く可能性は否定出来なかった。
加え、軍のデウスには重大な問題がある。
『保護するのは構いません。 ですが、軍人の命令にデウスが逆らえないのは事実。 それをどうします?』
それは軍の人間ならば誰もが使える強制命令。
一度発すればデウスは逆らえず、総じて従い行動する。そこに感情の余地は一切入らず、彼等は苦しみながらその命令を遂行していくのだ。
これを解決せねば保護をしたとしても安心なんて出来ない。態と保護させて内部から食い潰すなんて真似をされれば、流石に厄介が過ぎる。
それを村中殿も解っていた。大きく頷き、懐から折り畳まれた粗い紙を取り出して机に広げる。
書かれている内容は建物の見取り図だ。それもかなり大きく、占拠しようと思えば大人数を用意しなければならない。
『これは滋賀基地の見取り図です。 仕事をしない軍の人間を一人捕まえ、簡易的な物ではありますが内部地図を作製しました。 デウスに対してかなり下劣な命令を行っていたので、地図完成後は処理させていただきました』
『此方はそれを知らないぞ。 殺人の有無は事前に此方にも通達してくれ。 ――まぁ、今回は外道だったから俺は何も言わないが』
『誠に申し訳ございません。 何分ここまで時間が延びるとは思っていなかったものでして、早急に作業を進めておりました。 次回は如何なる状況であれ判断を仰ぎましょう』
春日の文句の声に、村中殿は腰を折って真摯に謝罪した。
春日は文句を言っていたが、それは組織の長の一人としての言葉だ。実際は彼も軍人の処遇に関しては文句等無く、それが解っているから村中殿も不満を感じずに口角を吊り上げて笑みを見せている。
俺に関しては言わずもがなだ。デウスに鬼畜の行動を強いている時点で救いなど与えるつもりはない。
全ての人間が死んで良いとは思わないが、少なくとも協力的ではない人間を生かす道理は何処にもないだろう。
俺は殺人者であるが、最早そんな称号に意味は無い。倫理が形だけのものであると、世界の誰もが理解していた。
だが、報告を入れておくのは大事だ。双方が把握していれば、人員の管理も楽になる。
さて、村中殿が提示した解決策は非常に簡単ではあるものの、同時に難しいと言わざるを得ない。
彩によって漸く強制命令を行わせる仕組みが理解出来たのだが、どうやら内部に他とは別の制御パーツとそれを最優先に動かすというプログラムが入力されているようだ。
物理的に制御パーツを破壊すればどれだけ命令されても自分の意思で動けるものの、そのパーツは彼等にとって生命線にもなりえる。
通常の駆動に、制御パーツを使った補助も合わさった超過駆動。デウス達がこれまで勝利出来たのは、間違いなくその制御パーツが関わっていた。
彩も修理されるまではその制御パーツが壊れている状態だったらしく、あの力を入手してからは自前でプログラムを全て破壊したらしい。通常は特別な階級の人間でなければ弄れないのだが、その点は彼女であれば一発だ。
故に、壊すべきはプログラムの方である。これは彩が特製のプログラムを使い、ワシズとシミズが協力して保護したデウス達に一体一体に流し込むのだ。
拡散させるのはやるべきではない。一斉にデウスの反乱が始まれば、流石に此方もただでは済まないからな。
そのプログラムまでは流石に彩も一気に作るのは難しく、現在は別室で一歩も動かずにスリープモードの状態で作成に集中していた。
傍にはシミズもおり、どうやらリソースの拡張や試験も同時に行っているらしい。
後はそのプログラムを流し込み、その間に命令されないようにすること。具体的に言えば権力の大きい順から対象の口を封じる必要がある。
その為に地図を用意し、そして村中殿は既に潜入させる人員を決めているのだろう。まったく容赦するつもりの無い御老人の行動に、内心戦々恐々だ。
とにかく、俺達人間側が用意出来る物は全て揃えた。足を止めるトラップも、籠城用の食料も、市民の武器の扱いも、出来るだけの全てを用意したつもりである。
残るは彩のプログラム。それが完成次第、実際に逃げ出したデウス達を保護して仲間に加えていくつもりだ。
残り時間は僅か。その間に最後のチェックを命令した俺は、今は何時もの廃墟の中に居た。
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