第百七十六話 協力者の影
闇というのは、一般的には悪意に塗れたものを指している。
世の中には綺麗な闇という単語も存在するものの、それでも常識的な意味では誰も良い想像を抱けないだろう。
代表的な存在と言えば、デウス撲滅を謳うマキナ。人間を犠牲に捧げたより高度な戦闘用人形の開発を目指し、その為に今現在も無数の人体実験が行われ続けている。
彼等の存在は一般的に受け入れ難く、軍も発見すれば即座に破壊する事が推奨されていた。
今は相手も特別大きな動きを見せていない。あの戦いによって弱体化したのは明白であり、更に追加で発見された基地を潰したことで軍の誰もが行動を遅らせているだろうと予測している。
故に、軍はマキナという存在を特別危険視していない。
逆に、現在において特別視しているのは、やはりデウスの新しい可能性だ。
観測機器によって彩と呼ばれたデウスの潜在能力を遠くで調べたものの、数字は全て未知数を表示。最大でも一から九百九十九までの力のラインを調べられるのだが、あらゆる数値を彼女は上回った。
製造場所である研究所からの発表によると、彼女自身には特別な措置は行われていない。他のデウスと同じく、彼女もまた量産品のように作られた存在の内の一体である。
そんな彼女が他の誰もを超えるような戦力を手にした以上、他で出来ない筈も無い。
本部では稼働前のデウスを調べて未知の機能を再度調査したものの、やはり現在の技術力では限界がある。デウスの構成するパーツの全ては軍でも知っている物ばかりであり、やはり調べるべきはブラックボックスだろう。
「失礼します」
長野基地・執務室。
F12が資料を持ちながら執務室内にノックの音と共に入る。中に居るのは年若い岸波指揮官のみであり、今も書類を相手に悪戦苦闘の日々を過ごしていた。
入室したF12に岸波指揮官は目を向け、柔和な笑みを見せる。
それに対してF12も同様に返し、数枚の書類を机の上に置く。内容は備蓄状況や破損したデウスの修復状況等、軍であれば最早日常となっている書類の数々である。
それを受け取り、不審な点が存在しないかを暫く眺めて判子を押した。
このご時勢でも確認の判は常に判子だ。電子的手段も無いではないが、それを活用する者は酷く少ない。
原因は極めて単純だ。上層部の年齢層が高く、新しい確認方法を受け入れられなかっただけである。
「全部パソコンで終われば良いんだけどな……」
「気持ちは解りますが、電子媒体による管理の方法は他に覗かれる懸念がありますから」
「そう言ってくれたら納得も出来るんだが、上は全員扱い方が難しいから原始的な方法に頼っているだけなんだよ」
「ふふ、解っております。 ただ意見を述べたまでですわ」
小さく笑い声を漏らすF12につられて岸波指揮官も笑う。
組織というものは極めて面倒だ。上が採用した技術をたとえ使い難くとも使い続けなければならず、中々新しい方法は採用されない。
だが、組織にはそんなデメリットを考慮してなお上回るメリットが存在する。
そして、組織という大多数の中に紛れれば多少の怪しい動きは発見され辛い。日夜監視されていれば別であるが、少なくとも何の怪しさも存在しない者に監視を付けはしないだろう。
岸波指揮官は、その監視されない者として確たる信用を築いている。
彼の場合は派閥の双方において、援助が可能な指揮官に対して援助をしていた。怪しい部分の残る者に対しては一切の援助をしないものの、善良な指揮官にだけは助けを向けている。
軍は戦力の回復中だ。それ故に彼の助けは非常に効果的で、信用を集め易い。
この状況を利用しない手は無いと、彼は一番最初に動いた。そのお蔭で今彼には貸しがある程度溜まっている。
それを回収するのは今ではない。更に後の、もっと軍全体の戦力が潤った時に返済を求めるだろう。
「――で、滋賀基地の様子は?」
「順調、と言わせていただきますわ。 あんまりにも簡単過ぎて呆気ないと連絡が入っております」
「それは良い。 悪い報告を聞くのに比べれば、退屈なんて言葉は最良だ。 追加の支援は必要かい?」
「必要無いでしょう。 最初に渡した分で十分に成功します」
滋賀基地には他の基地から戦力を援助してもらっている。
その中には岸波指揮官が助けた指揮官に配属しているデウスも存在し、今回はその縁を利用してデウスを紛れ込ませていた。
理由なんて些細なもので良い。特に今回の相手は悪い噂の絶えない相手だ。
戦力を提供することを決めた指揮官は同派閥に属する中将から命令された事で戦力を提供し、その事実に不満を溜め込んでいる。それを利用して潜り込ませ、破壊工作を続けさせていた。
同じ派閥に属しても、良い人間かそうでない人間かは存在する。平和になった世界でデウスは不要とする理由でデウスの差別派に入っている人間も存在するのだ。
「俺達は暫くの間、彼に協力することは出来ない。 表立っても、秘密裏にもだ。 だが、手助け出来ない訳じゃない」
「皆の注意は彩様と、あの方達を匿っていると思われる吉崎指揮官に向いている。 今ならば我々が秘密裏に動いたとしても何も不思議ではありません」
「一時期は怪しまれたものだが、偶然吉崎指揮官が彼に依頼したことで巻き込まれた者として認識してくれた。 慎重な指揮官は今も俺達を警戒しているけどな」
「ですが、我関せずを貫いています。 争いに関与したくないのでしょう」
「その気持ちは解るよ。 俺だって純粋に怪物共の相手をしていた方が気楽だ」
どうしてこんな一歩間違えば破滅する寸前の国で身内争いを繰り広げなければならないのか。
溜息を吐く岸波指揮官に、F12は苦笑するだけだ。その思いはデウスの方が余程強く、常にそんな争いを無駄の一言で切り捨てている。
デウスから見れば、軍での争いは全て下らないものだ。人類を護る為に活躍する筈が、時には人類を殺す為に銃の引き金を押すこともある。
何度も自問した自身の誕生理由は、常に最後には道具で終わるのだ。人間は自分達を道具としてでしか活用せず、使えなくなれば即座に捨てるのだと答えをつけ続けるのである。
「私も軍を抜けたいですわ。 そして、あの理想郷で生を謳歌したいものです」
「理想郷というには随分ボロボロだけどな」
「あら、あの方が居ますもの。 それなら、あの場所は理想郷ですわ。 それにあそこは人とデウスが協力しているそうですから」
「……そうだな。 確かに、そういう意味でなら理想郷だ」
人とデウスが協力する街。
その言葉の何と甘美なことか。可能であるならば、F12も軍を抜けてあの街を目指しただろう。
そして、そんな想いを抱くのは彼女だけではない。噂となって日本中を駆け巡り、やがて遠くない内にあの街にはデウスが集まってくるだろう。
加え、デウスを一目見ようと人も集まってくる。世界で初めて一般人とデウスが触れ合える場所が完成されれば、企業すらあの街に意識を向けるだろう。
復興は間違いなく加速する。それはきっと、様々な人間の予想を超える速度でもって発展し続けるのだ。
その芽を摘ませる訳にはいかない。新しい希望の種を護り続けるのだ。
「大丈夫だとは思うが、動向は注意しておけ。 それと、お前の個人的な趣味で覗きはするなよ。 同じ部隊から報告は入っているからな?」
「あらあらあら」
最後に呆れ混じりの目で軽く岸波指揮官は咎め、F12は悪びれずに手で口元を隠して笑った。
彼女は彩の狂信者、こんな注意で止めるとは彼もまったく考えてはいない。それでも注意をするのは、ただのふざけ合いだった。
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