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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百七十四話 生活安全取扱書

 生活に必要なのは衣食住であるが、それを保証するのは並大抵のものではない。

 特にこの街ではその保証が容易に崩れ落ちるもので、それは彼等も理解している。食料に関しては一番問題であり、今現在の居住者を支える畑は俺達の食における生命線と言えるだろう。

 その畑も拡張が急速に進められ、三桁単位で漸く作業が安定するようになっている。だが、今回の戦いによってそれが消失する懸念は残っていた。

 彩によって特別に壁を一から構築してもらったものの、不安は残る。誰かが侵入して毒薬でも撒けば、途端にその畑は使い物にならなくなるだろう。

 今、俺と彩はその畑の傍に居る。新しく修復したビルには既に入居者が入り始め、自分だけのスペースを作り始めているのだ。

 

 それをするだけの時間が残されているのかと言われるだろうが、何事においても戦争には準備が必要となる。

 ましてや、向こうの相手が想定する最大戦力は彩だ。まともに準備しなければ崩されるのは当然であり、故に時間を掛けて準備をすると此方は見ている。

 既に間諜を放つ準備を村中殿はしているだろう。誰を選出するのかは不明だが、まったく経験の無い人間を使うとは考え難い。

 相手が準備をしているのならば、此方にも当然準備を進める時間を得る。

 彼女が修復したビルには他よりも遥かに頑丈になっていた。その中に居た方が外よりも安全な程に、そのビル群は全て小規模な要塞のようになっている。

 優先的に住まわせているのは女性や子供だ。男性陣の分はまだ後回しで、始まるのはこの戦争が終わってからになるだろう。

 一先ずではあるものの、一区画分のビルは建った。これで避難だけなら可能となり、押し込めば二倍か三倍程度にはビルに人を収容出来るだろう。

 

「畑の防壁は最大限にしています。 デウスによる攻撃も防げますが、急激に環境を変化させている影響で食物が育たない可能性があります」


「勝負は最短で収めたいと?」


「可能であれば。 備蓄も潤沢とは言えないこの状況で、勝負を長引かせるのは悪手です」


「それは解ってるんだ。 このままであれば、良くて一ヶ月程度しか現状を維持出来ない」


 一ヶ月。それは食料の全てを、後を考えずに使用した場合だ。

 そうなる前に勝負を決めること。それが俺達にとって最良の勝利になるだろう。

 彩も首肯し、歩き出す。俺も一緒に歩き、畑の横を通り過ぎる。

 向かう先は特に決めてはいない。気分転換を兼ねた散歩のようなものであり、彩は単純に俺に付き合っているだけ。

 本当ならば彼女は更にビルの修復を行う筈なのだが、俺の様子に何かを感じ取ったのかもしれない。そうであれば、彼女の元に来たのは間違いだっただろう。

 作業の中断はそのまま遅れに繋がる。彼女に作業に戻るよう口を開け、戻るように言う前に先に彼女が言葉を紡いだ。


「基地の強襲。 私達だけの頃ならそれを選択しましたよね?」


「……まぁ、ね。 俺達だけの頃なら容赦無く基地を襲撃していただろうさ。 悪いのはそちらだと突き付けてたかもしれない。 何なら、基地の占拠とかを考えたかもな」


「軍をそのまま敵に回す行為ですね。 私の存在が周囲に知られていなければ、多数のデウスが敵に回ったことでしょう。 貴方の最も嫌う展開です」


 最も嫌う展開。

 その言葉にそうだなと呟く。適当な瓦礫を椅子にして座り込み、袋に入れていた缶詰達を瓦礫の上に置いた。

 既に見飽きた缶詰の蓋を開き、割り箸で食べる。味噌煮の魚は濃く、少ない量でも俺の腹を満たしてくれた。

 食べながら考える。現状の流れは自分の自業自得とはいえ、決して良くは無い。

 だが、自身の我を通す為には相応の力が必要になる。軍はその力の最高位であり、あの力の一部でも自分の力として行使すれば身の安全は高まるだろう。

 勿論、街の安全度も高まるのは必然だ。犯罪率が五年前よりも高まっている現在において、デウスが警備をしている街の安全度は高い。

 そして、軍の中では俺――正確には彩に協力的なデウスがそれなりに居る。

 

 何かの切っ掛け一つで内部で暴れさせるくらいには彩の人気は高く、PM9も条件次第では乗り気だろう。

 SAS1はまた別案件だが、此方に関心があるのは間違いない。少なくとも、彩があれを発現出来ている理由が判明するまでは関心を引き続けるのは確実だ。

 そして、此方はそれを一切渡すつもりはない。それに例え、情報を渡したとしてもあれを発現出来るのは僅かとなるだろう。

 十席同盟も新しいメンバーになるかもしれない。だが、その時は今ではないのだ。

 

「今はまだ、波は完全に消えた訳じゃない。 利用出来る限り、軍は利用するつもりだ」


「賛成です。 あれそのものは嫌悪しますが、物にまで当たるつもりはありません。 活用出来るのでしたらこれ以上無い素材となるでしょう」


 彩の言葉には軍という組織を生き物とは認識していない。

 精々が物程度。壊れようと壊れまいとどちらでも構わないとする態度は相変わらずだ。

 そう言い切れる彼女の強さに羨望を覚えるが、同時にその姿勢は孤立を招きかねない。その証拠に、彼女は軍では一人狼を貫いていた。

 故にこそ、愛着なんて彼女には無いのだ。きっと彼女にとっては大事だと思える仲間も居ないのだろう。

 それが俺が会う前の彼女の気質で、今なおその根本は消えてはいない。俺がどれだけ直せと言っても、彼女のそれは表面的な部分に留まる。

 それは確定された未来で、それを愛すると決めたのが俺である。


「……出来るのでしたら、この街など捨ててほしいと私は願っています。 この街に対する施しなど本来ならするべきではなく、ただワシズの行いが正しいものに変えたかっただけではないですか」


「ワシズが落ち込む姿を見たくないんだ。 皆には悪いと思う」


「私達の事など考えなくとも良いのです。 極論、捨てられたとて文句など言うつもりはありません」


 彩も隣の瓦礫に腰掛けて、言葉を投げ掛ける。

 そうだ、最初はワシズの暴走からだった。そこから彼女の暴走が絶対に間違ったものではないのだとワシズに示す為に協力などを行い、結果として俺の領分を超える組織の上に立つ事になった。

 彩も解っているのだろう。明らかに俺がやれる範疇を超えていることを。

 心配気な眼差しを送る目には俺しか映らず、真実彼女の心に鮮明に映る影は俺だけなのだ。それだけ俺を愛してくれているからこそ、全てを捨てて逃げる事も容認している。

 最悪の場合はこの街を捨て、逃げ延びてくれと。別れるのは辛いが、生きていてくれることが最上なのだと。

 ワシズもシミズも同じ言葉を述べてくれる。確認を取ったことは無いものの、それは俺にも解ってしまう。

 ――だからこそ、此処で引く真似は自分には出来なかった。


「俺がデウスを捨てられる人間だと思うか?」


「その言葉だけでも嬉しいです。 ですが、命を最重要視してください。 生きてさえいれば、きっと何処かで平穏に暮らせると思いますから」


 

「命、命か……」


 生きてさえいれば。その言葉がどれだけの苦しみを生むのかを、彼女は理解しているようで理解していない。

 彩だって解っている筈だ。生きているだけで全てが満たされる訳ではないことを。

 最後の缶詰を食べ終えて、袋の中に全て捨てる。溜息を吐いた今の俺の顔は、恐らくかなりの呆れ顔だろう。

 

「生きているだけで平穏に暮らせるものか。 俺が俺として生きられないなら、死ぬだけだよ」


「……ッ、!」


「彩だってそうだろう? 違うなら、そう言ってくれ」


 彼女は言葉としてそれを表さなかった。ただ静かに、気落ちしながら頷くだけだ。

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