第百七十二話 SAS1
『京都と東京の指揮官達は彩が残した実績に非常に興味をお持ちになりました。 その為、早期による接触を望まれておられます』
「その為の戦力提供という訳ですか」
『はい。 貴方達がお困りであるのは解っておりますので、接触の理由作りの為に利用したいとのことです』
――此方の調査は進んでいる訳か。
SAS1の話を聞きながら、浮かび上がる選択肢のどちらを選ぶべきかを考える。
此処で大人しく受ければ、滋賀からの指揮官の妨害は無くなるだろう。如何なる県の指揮官とはいえ、流石に京都と東京の二大拠点を指揮する人間には逆らいたいとは思うまい。
寧ろ逆に媚を売りに来るかもしれないが、そうする時間を二人の指揮官は与えないだろう。俺が此処で頷いた直後に戦力を回すくらいは容易に想像出来る。
このSAS1も戦場に出向くのだろう。彩と再会したいかは兎も角、その機会であるのは間違いない。
そして、逆を選べばそのままだ。相手は何も気にする事無く攻めれるし、撃破するには自分達の戦力を使うしかない。
東京・京都側が俺達の排斥に動く可能性も発生する。
そう考えると、決してSAS1の提案は悪いものではない。
だが、そうするには今回の接触方法は印象において最悪だ。既に此方の事をある程度探っていたのは良いにしても、それを使っての接触の仕方は正直に言って怪しいにも程がある。
顔を知らないのも理由になるだろう。彩の姿までは双方共に知っているが、俺はその指揮官達の姿を知らない。
常に相手の方が手は上だ。そうなってしまう以上、本格的な接触をしても不利になるのは自明の理。
それでも有利に立ち振る舞う事も出来る者には出来るのだろう。だが、生憎と俺にはそんな場所で有利に振る舞う術を知らない。
少なくとも、不利も不利の場所で行動をし続けるのは客観的にも死にかねないだろう。
「そちらの提案は解りました。 ……魅力的でありますし、出来ることならばそちらの提案を是非受けたいのですが、やはり貴方達は信用出来ません」
周り全員が俺の決断を待っていた。
頼るか、頼らないか。街の状況や傭兵団達の状況を鑑みて、俺が出したのは拒否だった。
信用出来ない。その言葉はこの世界において何よりも重く、そして容易に崩れるものだ。それが構築されていなければ誰も何も頼まないし、この世界で生きていくのは出来ない。
昔よりも必要性が高まった分、それを重視しない人間は諸共に死んだ。残るのは多少なりとて必要だと思った人間だけだ。
そして、その観点から見ればSAS1の誘いは悪手も悪手である。寧ろどうしてその選択をしたのかと指摘したくなる程に、彼女の言葉には安心感が欠如していた。
『……そうですか、非常に残念極まりません。 ちなみにですが、どのような方法で滋賀からの侵攻を抑えるつもりですか?』
「力になってくれる方々が居ります。 尤も、それでも危険な事に変わりはありません。 そちらの戦力に頼らない以上は安定とは無縁になるでしょう」
『全て解った上で頼らないとお決めになるのですね。 ――良いでしょう、此処から先は我々十席同盟からの提案です』
東京と京都。双方の指揮官からの提案を蹴った時点で話は終了だ。
後は皮肉か嫌味でも吐かれて通話が切れると思っていたが、どうやら他にも提案があるらしい。
相手は十席同盟。SAS1個人からの提案ではないのならば、それは総意によるものなのだろう。彩の突き刺さる視線を受けながら、耳を傾ける。
今この瞬間において、全ての決定権を握っているのは俺だ。街の復興に関しては春日にも権限があるものの、こと軍に関係する全てにおいての決定は俺が担っている。
間違えないようにと気を尖らせているが、自分の選んだ行動がどんな結末を引き寄せるのかは解らない。だが、それで迷って二の足を踏むようでは誰の期待も応えられないだろう。
『正直に言いますと、我々一同もこの提案については断られると予想がついておりました。 指揮官達はそうでもなかったみたいですが、その点は我々だけが共有している情報があったからでしょう。 一部は猛反対でしたが、我々は多数決を重んじる同盟ですので』
「情報と聞きますと、マキナ周りですかね?」
『そうですね。 他にもございますが、少なくとも貴方様の番号やアドレス以外の個人情報は調べてはおりませんよ?』
番号やアドレスも調べてはいけないのだが、常識的な部分を気にしていても仕様がない。
指摘したい気持ちを抑え付けて、そのまま彼女からの次の言葉を促す。そして彼女が話し始めた内容は、端的に言って予想外も予想外なものだった。
内容そのものは戦力提供だ。京都と東京の部隊は一切協力しない事には別に疑問は無い。
問題なのは提供される戦力の質だ。京都や東京の部隊も練度としては日本一だったが、SAS1が提供する部隊の中には十席同盟の半分が参加していた。
その中にはPM9やZ44といった見知った相手も含まれているものの、それ以外は初対面。他の部隊員に人間は含まれず、その全てがデウスで統一されていた。
一切の人間が混ざらず、ただデウスだけを派遣する。北海道での出来事が落ち着いてきたからこそ出来るのだろうが、だからといってこの街に向けるには質が高過ぎる。
だが、彩と接触する以上は可能な限り軍の人間は居ない方が良い。
勿論十席同盟の誰かであっても気不味いのは避けられないが、それでも人間と比べればマシだ。戦闘になる可能性を限りなく零に出来るのなら、その方がずっと良い。
俺としても下手に人間と関わり合いになるよりはデウスとの方が万倍マシだ。戦力としてもそちらの方がずっと強いだろう。
けれども、十席同盟との繋がりは非常に危険だ。他者からの注目を集め易い集団と繋がるということは、自分にも集中が発生しやすい。
既に今更ではあるものの、それでもこれ以上懇意にする場所を増やすのは個人的に宜しくない。ましてや、十席同盟の中には俺を殺そうと考える者も存在している。
思い出すのはあの青年だ。
昔の彩に憧れ、憧憬だけで席についた努力のデウス。使用装備はPM9と同じハンドガンであり、努力を続けた力は決して生易しい類のものではない。
SAS1の話ではその青年も今回出撃者の中に存在していた。そんな危険なデウスが常に傍に居るようになるのは、はっきりと言うのであれば問題だろう。
俺が襲われるのもそうだが、それを感知した彩が暴れる事が一番の問題だ。
この街での彩の立ち位置は何でも屋といった面が強い。一番の仕事は護衛役であるものの、それ以外にも様々な作業現場で陣頭指揮を執る事も多くなった。
最早彼女はこの街において必要不可欠の存在だ。
それだけ街の人々からも信頼され、彼女の気難しい性格も笑って流せるようになってくれたのだ。その信頼を一回の暴動によって崩壊させる訳にはいかない。
それに壊した物を元通りにするのは時間が掛かる。滋賀基地からの攻撃よりも街内部からの攻撃の方が被害が大きいなど洒落にもならない。
『どうでしょうか?』
「……申し訳ないのですが、そちらもお断りさせていただきます。 我々は我々の力でもって敵を退くので」
『――出来るのですか?』
「出来ますとも。 この場に居る者達は、皆総じて信頼出来ますから」
不安はある。恐れもある。
だが、信頼があるのも事実。感情論で語るべきではないとしても、此処は相手を黙らせる即答が必要だ。
皆の顔にも笑みが浮かぶ。互いの信頼関係だけは軍にも決して負けはしないだろう。
不足している部分を互いに補う。俺達が生きていく為に必要な力こそが、即ち今現在の生存に繋がっていた。
この場において、人間だとかデウスだとかは一切関係無い。壁そのものを取り払い、人とデウスが協力し合う関係こそが最上の世界を目指す道になるのではないだろうか。
酷使する世界に未来は無い。それは通話先のデウスだって解っている筈だ。
軍と協力しないという意味では俺のやっている事は間違っているだろう。だが、そもそも軍に協力する気があるとは思えない。
ただ情報を得たいだけのように見えるのは、恐らく俺だけではないだろう。
「これから先、戦力提供のお話は全てお断りさせていただきます。 今のお話を聞く限りでは、ただ彩の情報を知りたいだけだとしか考えられません。 もしも彼女を道具のようにお考えでしたら、此方は断固として協力などするつもりは有りませんので――では」
相手の返事を待たず、通話を切った。
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