第十七話 名前
外に出てから余計に解ることだが、やはり今の時代において街灯が存在しないのは辛い。
田舎であれば昔も無かったものの、此処の周辺は田舎とは思えない程に建造物が多く存在していた。瓦礫によって潰された街灯もあったし、半ばで折れた街灯らしき何かもあったのだ。
それらがあれば俺も移動しやすいものを、此処を攻撃した怪物達によって見事に滅茶苦茶にされてしまった。
人間にとって明りは必要だ。それが無いというのは酷く不安を感じてしまう。
だから今回もZO-1は一番先頭を進んでいた。瞳に備えられた暗視機能を使い、何も見えない道を何でもないように簡単に進んでいく。
その背後を俺は進み、続いて小さいデウス達が続いた。
この中で一番何も見えていないのは俺だ。デウス組には標準で暗視機能があるようで、小さなデウス達もそれはついている。ただし精度自体はZO-1の方が上らしく、遠くの場所を確かめられるのはZO-1だけだ。
「一先ず何か近付いてくる音はしないな」
「そうですね。センサー及び視認範囲内にも異常はありません。どうやら軍が来るまでにまだ時間が掛かるようですね」
「よっし。それならこのままさっさと目的の街まで行こう。幸い全員の服装にそこまでの違和感は無い。強いて言えばこの子達の髪と目だが、案はある」
俺とZO-1に関してはそこまで日本人離れをした風貌をしていない。
だが小さいデウス組は髪と目が外人かと思う程に日本人離れを起こしている。それを解決しなければ早々に買い物は出来ないし、周囲から奇異の眼を向けられてしまうだろう。
だが何も案が無い訳では無い。昔から遺伝子異常による大病があったように、今の時代から始まった遺伝子異常もまた発生している。それは生まれた段階で心臓が無いにも関わらず三日間生きている者であったり、何かしらの超能力を有している者が生まれたりなど様々だ。
大体の場合は先天性のもので、その異常は人体にとって害になる。しかし超能力の中では有用なモノが存在していたり、酷く顔が美形になった者などといったケースも少数ながらあるのだ。
そして日本人はこの遺伝子異常がよほど害にでもならない限りは優遇しがちだ。
それは恐らく使えるモノなら何でも使う精神故なのだろうが、結果として能力だけで生活出来ている者が居るのも事実。ならばこの子達を疑似的にそういう扱いにしてしまおうということである。
彼女達の姿は完全に双子だ。似たような顔立ちに似たような背格好をしているからこそ、姉妹として成り立たせる事も十分に可能。
それに見た目が次元違いの美形であるのも好意的に見られる要因になる。同世代の男なら思わず悪戯したくなるくらいの美少女なのは俺が保証しよう。
同時にそれはZO-1にも適応される。彼女の場合は男なら誰もが付き合いたくなる容姿だ。結婚に興味の無かった俺が少しだけ結婚式の風景を想像してしまったのは誰にも話せぬ秘密である。
「問題としてはその結果として目立ってしまう事だ。その手の遺伝子異常者――世間一般で言うpsychicerは都市部の専門の学校に通う場合が多い。こんな場所じゃあまり見かけないだろう」
「ですが、絶対ではないのですよね?」
「ああ。地方に居るってタイプの話も少ないながらも聞いてるから、難民設定で切り抜こうとすれば不可能じゃない」
しかし、それが難しい事は俺自身がよく解っている。
psychicerはそもそも生まれる確率が極端に低い。全体においての千分の一くらいだった筈だ。
人口三千人の街に三人居れば良いくらいで、そういった者達は早い段階で軍にも勧誘され易い。頭脳タイプの者は兵器開発に従事する割合が多く、肉体強化タイプは兵士として大きな活躍をする割合が多いのも真実である。
容姿だって軍のイメージアップの為に活用される事はある。綺麗な男女が未来に希望を抱いている様なんて有り触れていても有効なのだ。
故に軍がpsychicerを調べているのも確定事項だ。今此処に居る者達の幼い頃を知らなかったと思う事も無いだろう。だからこそ、これが出来るのは通過の時だけだ。
滞在になれば真っ先に勘付かれ、捕縛の未来が待っている。少しの危険も回避する為には、少しだけの滞在に留めてさっさと街から抜けた方が良い。
本来ならこれは言うべきことだ。だが俺は必要以上に言葉を出さなかった。
ZO-1だけならまだ話していたかもしれない。彼女は彼女で人間の闇に触れてしまったのだから。
だがこの子達は。現時点ではまだ純粋なこの子達には、俺はそこまで人間の闇に触れさせたくなかった。それが悪足搔きに過ぎないとしても、それでも可能な限り希望はあるのだと思わせたかったのだ。
もしかすればそんな俺の気遣いはZO-1にはお見通しなのかもしれない。あまり隠し事をした経験は無いから、もしもそうなら彼女の良心に賭ける他に無い。――そういえばと、悪い癖を思い出して苦笑した。
「あー、今更なんだけどさ。君達の名前を聞かせてもらっても?」
「CIZ-1です」
「CIZ-3です」
他人の名前を極端に聞かない自分を思い出して二人のデウスに尋ねたのだが、彼女達は同時に淀み無く答えた。
しかしそれはモデル名のようなものだ。それを名前とするのは些か不適当だと言わざるを得ない。一番素知らぬ顔をしているZO-1もそうだ。
歩きながら少しだけ考える。どんな名前が良いだろうかと。
出来れば何か繋がりがある言葉が良い。別に名前に意味を持たせる必要性は無いのかもしれないが、なんというか俺はそういう方面で名前を決めてしまう性分だ。
CIZ――シズか。だが両方共に同じでは苗字として使用は出来ても名前としては使えない。
番号から繋げられないだろうか。いち、ワン、アイン、アルファ……ワシズ?
此処で生まれた事にしなければならない以上名前は日本的にしなければ不味いと思えば、ワシズは鷲巣と書ける。
なら3は何だ。さん、スリー、ドライ……み?
ミシズじゃ何だか違和感がある。並べ替えて作れるとしたら、シミズか。漢字にしたら清水になる。
良いな、ついでに苗字は俺のにしておこう。親戚として使う時にいけそうだ。
「よっし、君達の名前はそれぞれワシズとシミズだ。1がワシズで3がシミズ」
「私がワシズ」
「私がシミズ」
「そ。後ZO-1もそのままじゃ流石に不味いから名前を作るぞ」
「私もですか!?」
「当たり前だ」
そもそもその状態でどうやって今後過ごしていくんだ。
俺の言葉に、彼女は羞恥で頬を赤く染めた。美少女のそんな顔は成人している身としては酷くダメージがでかい。
努めて視線を逸らしつつ、彼女の名前を考えていく。同時に彼女にも希望の名前があれば言ってくれと告げ、二人の子共達に向かって顔だけ振り返る。
赤いジャンパーのワシズに紺のジャンパーのシミズ。どちらも初めて他の名前を与えられて少々ばかりの困惑を顔に浮かべていた。
どうやら感情が無いという事は無いようだ。その事実に一先ずの安堵を漏らし、何となく今の俺達の姿を想像した。
俺が一番年を食っているから父親で、ZO-1が長女。ワシズとシミズはZO-1の双子の妹か。
何とも頼りない親だと吹き出しそうになりつつも、個人的に少し嬉しいのも事実だ。こんな事を知られたらドン引きものだが、妄想くらいは許してほしい。
「あの、じゃあ一個思い出したものがあるのでそれを……」
「お、なんだなんだ」
「彩です。以前潜入任務で使った名前なんですけど……どうでしょうか?」
「潜入任務って……いや、OKだ。これからはそう呼ぶよ」
彼女も彼女で過去はある。その過去に必要以上に踏み込んではならないと途中で言葉を切った。
軍の足音は未だにしない。どれだけ耳を澄ませても、どれだけ彩がスキャンを展開し続けても、何の反応も拾い上げることはなかった。
よろしければ評価お願い致します。




