第百六十八話 狂信者
広場は異様な雰囲気に包まれていた。
俺達を含めた最初からこの街に居た者達は皆困惑し、俺に向かって全員が視線を向けている。訳を話せと目は語っているのだが、俺だって明確にあの連中について知っている部分は無い。
一方、俺達の困惑の対象となっている者達は俺や彩に向かって跪いていた。今時宗教なんて流行りもしないものだが、彼等の様は正しく宗教にのめり込む信者そのもの。
祈りを捧げる事は無いものの、もしも俺がそれを望めば彼等は何の躊躇も無く祈り始めるだろう。
言ってしまえば狂信者じみている。故に、下手な言葉は彼等の期待を裏切ることに繋がる。
彩とワシズとシミズは静観の構えだ。普段であれば敵意を剥き出しにする彩が静観の構えをしているところに、どうにも彼女らしさというものを感じて仕方がない。
「一先ず全員跪くのは止めてくれ。 俺は皆にそこまで思われるような存在ではないんだ」
「そんな事は御座いません」
「いいから」
期待を裏切る真似は危険だ。だが、危険だからと彼等の望むような振舞いをしては疲れてしまうのは事実。
悪いとは思うものの、俺は俺のままで彼等で接触する事を選んだ。その方が彼等も俺の事を確りと見てくれるだろうし、次第に敬られなくなるだろう。
そう思っての発言は、やはり即座に老人によって却下された。
俺がどれだけの否を突き付けても目の前の老人は即座に否定の言葉を送る。貴方は素晴らしい人間なのだと、他に類を見ない人間なのだと、異常な程に持ち上げるのだ。
その言葉の数々は古めかしく、まるで物語の語り部の如きイメージを抱かせた。
だが、その言葉のどれを聞いても真実とはまるで違う。噂に尾鰭が付いた程度では済まさず、背鰭や腹鰭なんてものまで付いて拡散されていた。
「全員何を聞かされたのかは解らないけど、俺は皆が思うような人間じゃない。 褒め称えるべきはこれまで俺の事を支えてくれた彩やシミズ、ワシズだ」
「承知しております。 これまでのデウスの皆様方の活躍は、世界中に居る傭兵達が存じております。 彼女達こそが真の英雄との呼び声が高く、軍の人間よりも信用に値すると噂が流れておりました」
「その辺の言葉はまったくの同意だ。 彼女達はこれまでも難しい状況を突破している」
「ええ。 故に、軍はデウスの事をまるで理解していないのではないかと我々は考えました」
俺達の噂については傭兵の界隈において有名らしい。
同時に、彼等の軍に対する推測も決して間違いではないと内心で首肯した。一般人とはまた違う方向から軍を見れば、デウスの扱いについて多少なりとて酷い部分があるのではないかと考えるのも有り得るだろう。
ここから更に噂が広まっていけば、何れは軍のデウスに対する扱いについて改善の声があがる筈。そうなれば一回や二回程度は封殺出来るかもしれないが、不満が溜まった事による不信や嫌悪によって軍への協力は減っていく。
そうなれば流石の軍でも検討せざるを得ないだろう。長い話になってしまうものの、今はまだトップが明確にデウスの差別を推奨していない。
止めようとする気配が残り続ける限り、彼等の待遇が永遠に最悪にはならない。希望的な言葉に過ぎないが、そうでも言っていなければ何も出来ないだろう。
「それについては明言しない。 が、此処に居る彩は脱走したデウスだ。 それである程度は理解してくれ」
「――成程、承知致しました」
「さて、何時までも雑談している訳にはいかない。 此方はそちらを知らない以上、吉崎指揮官との繋がりを明確にしてくれ」
「畏まりました。 では先ずは自己紹介から始めさせていただきたく」
立ち上がった老人は一度咳払いをした。
胸を張り、堂々と前を見据えた様は俺の知るどの老人にも当て嵌まらない。頭髪の一つも無く、白い髭を僅かに生やした男の相貌は、歴戦の勇士として俺の目には映る。
目の前の老人は傭兵の界隈について詳しかった。であれば、少なからず表の人間ではないのだろうと予測を付ける事は出来る。
「私の名前は村中・猪野と申します。 この傭兵団、百傑を率いる頭であり、吉崎指揮官とは仕事の中で出会いました。 内容については守秘義務に抵触しますので、御理解くだされ」
「傭兵団……。 主な活動を聞いても?」
「勿論ですとも。 我等の仕事は戦闘と護衛ですが、他にも物資の運搬等も行います。 その過程において幾つもの傭兵達とも繋がりを持ちましてな。 それなりに広域の情報を拾う事が出来るのです」
活動内容そのものは俺の傭兵のイメージと然程変化はない。
だが、特筆すべきは広い範囲で情報収集を行えることだ。情報の入手が速ければ速い程、それは力となる。
その力をこの傭兵団は持っていて、同時に発信する力も備えているのだ。力が無いとはとてもではないが言えないだろう。
だが、そんな彼等でもデウスについての情報は殆ど持っていない。
軍での出来事も彼等は正確に知っている訳では無いのだ。これについては軍の隠蔽力が高いと言う以外に無い。
それに俺と少数でしか知り得ない情報もある。マキナ関連なんて正にそれだ。もしも彼等がそれを知っていれば、俺は問答無用で敵対関係になっていただろう。
「では、村中殿。 怪物との交戦経験は持っているか」
「いいえ、そもそも情報が出た時点で我々は避けておりました。 あの敵はデウス以外では撃破出来ないとのことなので」
「そうか、なら今の内に逃げた方が良いかもしれないな」
「……もしや、近くに怪物が?」
「いや。 だがそれと同格の敵が今後来ると思うぞ」
確定情報ではない。だが彩の技術欲しさに軍がデウスを差し向けるのは想像に易い。
唯一無二の彼女が欲しくて、此処が主戦場となっていくのは自然だ。話し合いだけの指揮官にならないと解っているからこそ、今後はより一層の街の発展が必要となってくる。
それでも傭兵団が此処に居着くのか。彼女の事実そのものを伏せて訪ねれば、老人は何も考えいないかの如くゆっくりと頷いた。
この人物は物事の決断を付けるのが速過ぎる。彼の部下達はそれで良いのかと視線を向けるも、誰も彼もが反対の声をあげなかった。
傭兵団という存在に会うのはこれが初めてだ。だから、この関係が普通のものであるかどうかは解らない。
されど、この傭兵団はとても戦いに生きる人間とは思えなかった。さながら家族のようで、その関係は俺と彩達に通じるものを感じる。
「春日、構わないか?」
「もう決めたのかと思ってたぜ。 勿論歓迎だ。 俺達は少しでも多くの味方が欲しい。 それが傭兵であろうともだ」
「この街はあの謎の勢力によって破壊されておられる。 ならば、我々が復興の支援をしましょう」
「それは有難い限りだ。 よろしく頼む、村中殿」
「殿は居りませんぞ、春日殿」
二人も両者に対して悪い感情は無いみたいだ。
ならば、一切問題にはならないだろう。何かあってもその都度解決していけば良いと彼等を歓迎し、早速第一の仕事とばかりに傭兵団達は吉崎指揮官からの物資を運び始めた。
新しい戦力が加わった事は俺にとって非常に喜ばしいことだ。今はまだ吉崎指揮官との接触が出来ないので尋ねる事も出来ないが、時期を見て連絡の手筈を整えよう。
静観の構えをしていた彩達が武器を消す。今回は一言も話さなかったが、武器を消した時点で問題にはならないと判断したのだろう。
「……ところで、只野様」
「ん、何だ?」
「デウスと共同生活をしているとの事ですが、ご結婚はなさらないので?」
訂正。問題があるにはあるようだ。
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