第百六十五話 接近者
昔ではまったく考えられないが、廃墟の中で寝るという生活は存外に嬉しいものがある。
外で寝る機会が非常に多かっただけに、室内で寝るという行為は幸福的だ。自分の中の幸せのラインが低くなっているからこそこんな程度でも幸福に感じているのだろうが、正直に語ればこれ以上の幸せというものが俺にはまるで浮かばない。
好いた者を幸せにしたいという欲は勿論ある。彩が不自由しない生活を送らせてあげたいのは山々で、しかし当の本人がそんな生活を望んでいないように感じるのだ。
それを特に感じるのは起床時。毎日ではないものの、時折俺の枕が酷く柔らかい時がある。
その時に目を開くと大抵の場合彩と目が合い、その時に膝枕をしてくれたんだなと気付くのだ。
その時の彼女の表情は本当に幸せそうで、敵に向ける時の冷ややかな相貌が嘘のようにも感じてしまう。
そのまま起きて、朝食を食べ、朝には軽い射撃訓練を行い、春日達の元へ向かうのだ。その時になれば残りの二人とも合流し、歩きながら夜間に起きていた出来事を聞くことになる。
此処に戻ってから早一週間。肉は未だ供給が安定せず、野菜や缶詰が中心となっている。
この街そのものは大き過ぎず、小さ過ぎない。故に人口も然程多くは無く、更に事件当日に大量に死者が発生した所為でその数は大きく激減していた。
どう足掻いても、あのままでは被災者達は息絶えていただろう。
五百人に届ない人口はかなり少ない。本来ならば数千数万規模が居る現状に、けれども俺は深く安堵していた。
助けられる人数には限りがある。まして、これまで集めた物資の殆どは潰れた店の中から発見されたものだ。
数が大量にある訳では無いし、何れはその缶詰が全て無くなってしまうだろう。まだまだ倒壊した場所からの発掘作業は続いているものの、あまりにも直ぐに崩れてしまう場所に関しては彩達が行う事になっていた。
一日に集められる量は多ければ数ヶ月分にも上るが、逆に少なければ全員にも行き渡らない程。範囲を拡大し、隔離された者とそうでない者との間にまで行かねば集まらない事もザラだ。
そうなった時、隔離した者達は此方を見下したような表情で見つめてくる。その顔に子供達が怒りを露にするが、大人達が理性的に止めてくれるお蔭で暴力沙汰にまでは発展していない。
「そういや電気の方はどうだ?」
「んー、中々良い感じだぜ。 あれを発電所とは言えないがな」
昼食である焼肉と御飯を食べながら、一緒に物資漁りをしていた屈強な男を会話する。
俺が戻ってきた次の日から電気については取り組みを開始していた。この街には小さいながらも発電所があり、それを隔離した者達が現在活用している形だ。
配給先の決定権を持っている者も隔離した連中であり、つまり俺達が無理矢理強奪するのは難しい。
それに例え配給先を変えられたとしても、此処まで電気を供給させる手段が無いのである。電線は軒並み切られているし、それを直す技術も材料も此処には無い。
故に、俺達は独自の方法で電気を獲得しなければならなかった。
「手回し発電機の自動化なんて、まぁまぁ普通の発電方法じゃねぇよな」
「見つけた中で一番手軽だったのがそれだったんだよ。 後は店にあったモーターやギアを使って即席の自動発電。 まぁ、全員分にまではまるで届かないけどな」
「だが、そもそも此処には電気なんて一切存在しなかったんだ。 それを考えりゃ、僅かでもあるってのは良いもんだぜ?」
「まぁな。 ……目標は全員への安定供給だ。 他の方法も今試しているから、それが上手くいったらその辺り施設も作るぞ」
任せな!
そう言って豪快に笑う三十台の男に、俺も笑みを送る。
仕組みそのものは単純だ。モーターとギア、後は専用の接続パーツを彩に作ってもらって手回し発電機に全て接続する。
電気を消耗しての発電なので、結局最終的に集まる電気量は微々たるものだ。それを配ろうとしても全員には行き渡らず、結局不足したままとなってしまう。
彩の能力は余程追い詰められた場合を除いて使用は厳禁している。今回は接続パーツが存在しなかったので頼んだが、それ以外ではパーツが存在するので一切頼らなかった。
彼女を人として扱わなければ、そのまま生産工房として使う手もあっただろう。だが、そんな人権をまるで無視したような真似を俺が選択する筈もない。
馬鹿な真似だと笑いたければ笑えば良い。効率を考えるだけだなんて、それを人間などと呼ぶつもりは一切ない。
今はそれ以外の選択肢が無かった。火力発電だとか風力発電だとかも考えたが、どれもこれも材料を揃える時点で難航するのは目に見えていた。
残る手段は太陽光発電。そして、丁度良いことに此処には無数の捨て置かれた車がある。
彩の知識と俺の持つ小型端末をフルで使い、車のパネルを使って一気に発電するのだ。そうすれば電池を充電する事も可能となり、懐中電灯や手持ちの電池式ランタンなどを使えるようになる。
一応、何が駄目で何がいけるのかは女性陣や手の空いた男性陣に調査してもらっている。現時点ではコンセント系は全般的に不可能であり、今の所動くのは充電式の物ばかり。
大物を動かすのも今はまだ無理だ。バッテリーに充電し続けても最近の重機すら満足に動けない。
食事を終えてからは再度太陽光パネルを集める作業だ。
車を探し、彩達三人に状態を見てもらい、問題が無ければそのまま保管庫に運ばれる。
全員分を賄うのに必要な数は約百枚。これはコンセント系を使わない事を想定した枚数であり、建物などの復旧が完了するようであれば更に枚数を集める必要がある。
気を遣う必要があるこの作業は大変だ。重量もそれなりにあるので余程力自慢のある女性以外は男性が運び、同時に配線関係や土地等も用意する必要がある。
施設を一度作るという行為は極めて大変だ。一個人で出来る筈も無く、何百人もの人間が時間を掛けて行うものだ。
故に、この発電が上手くいくとしたら暫く後になるだろう。
現状ではまだ手回し発電機による非効率な方法でも十分だ。夜間に電気を使う以外に目的が無い為、昼間にゆっくりと電池を充電していけば量を用意するのは難しくない。
まだまだモーターやギア等もある。女性陣が組み立てて動かせば動かすだけ、総量が増えて備えることも出来るだろう。
「――信次さん、街の外より反応を掴みました」
「種類は?」
一週間が過ぎたのだ。その間が平和で居られたのは奇跡でしかない。
ワシズが全速力で此方に向かい、伝えてきた内容に今更驚きは無かった。何時かはそうなるだろうと見越して、俺は覚悟の上でこれまで通りに動いただけである。
新しく来るのは敵か味方か。果たして中立を担うのか。
まず確実に言えるのは、関りのある三人の指揮官ではないことだろう。事前に連絡を入れないこともあるが、ワシズが第一声でデウスと言わない時点で軍関係であるとは思えない。
立ち止まった彼女の目にも焦りは無かった。ただ此方に急いで伝えようと走っていただけであり、つまり反応の正体そのものは然程問題にはならない。
「生体反応と金属反応を両方掴んだよ。 高確率で武器を持った人間だと思う」
「まだ目視で見れる範囲じゃないんだよな?」
「うん。 相手もゆっくり来ているみたいで、此処に来るまでに後一日くらいは掛かりそう」
「よし、それなら広場にシミズと春日を呼んでくれ。 俺も彩に連絡を入れて広場に向かう」
「解った! んじゃね!!」
頭の片隅にへと先程までの考えを押し込み、小型端末に手を出した。
だが、此方が彩に連絡を取る前にコールが鳴る。彩からのものであるのは一目瞭然だった。
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