第百六十四話 変わった街と変わらない者
爆速で飛ばし続け、およそ半日を掛けて元の街の近くに到着した。
これ以上進めば街の住人に要らぬ警戒を抱かせるだけだと降り、後は徒歩で街の内部へと入る。以前出た際はヘリを利用したので、今回はまったく異なる入り方だ。
方向としては被災者達の居る区画では無く、彼等を隔離した者達が集まっている場所である。
顔見知りとなっている人間は皆無であり、故に彼等が俺を見ていても特に気にせず前に進んでいく。仮に話し掛けられたとしても現状において、彼等と俺達は何時敵対関係になったとしてもおかしくはない。
そのまま被災者達の居る区画にまで行き、崩壊した建物ばかりが目立つようになってきてから漸く心に落ち着きが訪れていた。
実際は此処に戻っても明確に安心出来る要素は無いのだが、一から元に戻そうと活動するのは存外楽しいものがある。
チャレンジ精神というか、何か奇妙な意欲が燃えているのかもしれない。
そんな変化はこれまでの中で無かったもので、自分の中にそれがあったという事実に嬉しさがある。
自分もまた一人の人間。精神の壊れたサイコパスではないのだと再認識し、何かを運んでいる子供達と偶然遭遇した。
子供達の顔は最初怪しんでいたが、直ぐに顔を輝かせて此方に走り寄ってきた。
僅かな時間ではあれど、あの生活は彼等にとって刺激的なものになったのだろう。完全に生活の糧としての活動ばかりだが、子供達からすればあの生活も一部遊びとして認識していたのかもしれない。
「よ、数日振り」
「おう、数日振りだな。 意外に早いお帰りじゃねぇか」
子供達と一緒に皆が集まる広場に向かうと、複数の男連中に混ざって春日が居た。
なのでまた殴られるのを覚悟で軽く話し掛けると、向こうも想像よりは軽い返事を送ってきている。その返事に少々意外な顔をしてしまったのだろう。
春日は何だよと笑いながら訪ねてきていたが、そうしているのがそもそも不可思議だ。
僅か数日の中で何があったというのだろうか。後々聞かねばならないが、今は先ず食事を摂りたい気持ちの方が強い。
試しに缶詰以外に何かないかと聞いてみると、野生動物を狩ってきたので肉があるそうだ。
久し振りのまったく加工されていない自然な肉に、自然と涎が口内に溢れてくる。それを飲み込み、是非いただきたいと頼めば少し待っていろと近くの女性に声を掛けて用意してもらった。
「どうやって狩ったんだ?」
「いやな、この五年で自然も大分広がっただろ? この街の周りも自然だらけで、お蔭で動物もわんさか増えた。 畑を作る上で荒らされる確率も高まっているからな。 女達が自然と罠を作るようになったのさ」
「成程、罠に引っ掛かった動物を狩って自分達の食料にしている訳だ」
「そういうことだ。 お蔭で皆の余裕も格段に増したし、最近なんて野生化した牛を見つけたんだぜ? 放牧するだけの土地も有り余っているし、繁殖させるのも悪くないだろ」
ほんの僅かな時間の中でも、生きようと思えば幾らでも人間は生きる術を見つけていく。
便利な技術を活用する事は今は出来なくても、何れこの街が再興すれば使えるようになってくるだろう。その時に自分が何歳になっているかは考えたくないが、そこに関われたのは素直に喜ばしかった。
使われる罠は頑丈な紐を輪にするよく聞く物だ。本を読みながらその罠を作り、結果的に兎や鹿を捕まえる事に成功している。
中でも最大なのは猪のようで、引っ掛かった直後に発見していなければ罠を破壊されていたらしい。
罠を作っていた女性達はより強い罠か新しい素材を使った別種の罠を模索しているそうで、少し先の未来なら猪を捕まえる事も可能になっていくのだろう。
「で、物資は何時来る予定だ?」
「ああ、今はまだ向こうの用事が片付いていない。 終わるには数週間掛かるだろうな」
「ってことは、まだまだこの生活が変わる予定は無いってことか。 ま、しゃあねぇ」
此処から離れる時、俺は仮面を被らずに素の口調で話した。
だから此処でも俺は態と普段通りに話してみたのだが、春日も他の者達もまったく気にしていない。
口調などどうでも良いのだろう。彼等が求めているのは結果と、それを実行するだけの行動力だ。何かを成して生活が潤うのなら、誰だって力を貸してくれる。
俺の口調は最初だけで良かったのだ。それ以外では普段通りでも、彼等は気にしなかった。
その後も春日と二人で俺が居ない間の話を聞き、その間に焼かれた肉も美味しくいただいて解散することに。
後は実際に自分の目で見た方が良いと言われ、散歩がてら周辺を巡り始めた。
「畑は随分大きいな。 全員分を賄う為とはいえ、これを管理するのは並ではないだろうな」
「罠、囲むようにある」
「ああ、あの灰色のがそうだろうな。 一応、俺達もこの罠については気にしておこう。 見つけたら一発で仕留めてくれ。 その方が作業も捗るだろうし」
「解った」
どれだけの長さがあるかは不明だが、街から若干はみ出る程に畑は大きい。
そこに植えられているのが何かは不明なままだ。時間の掛かる作物を植えているのか、或いは短い期間で育つ作物を植えているのか。土しか見えない現時点ではまったく解らない。
今は新しく二つ目の畑を作っている真っ最中だ。子供や女性達が土を耕している光景を見て、なんだか時代が逆行しているような錯覚を覚える。
次に向かったのは物資の貯蔵庫だ。飲食関係は飲み物や缶詰を除いて既に腐っているので、此処の大部分を占有しているのは主に雑貨である。
図書館の本も無造作に積み上げられ、前はその本が一番面積をとっていた。
だが、それに追いつくような形で様々な物品が集まってきている。小さい物であれば子供の遊び道具があり、大きい物で農具や作業用工具も順調に数を増やしていた。
後は技術者が必要だが、経験は無くとも彩達がサポートする事は出来る。
現に車は既にあるのだ。あれを使って何処かへと買い物をする事は可能であり、綺麗な服装で水場で身体を洗えば隔離している者達のスーパーに紛れ込むのも不可能ではあるまい。
逆にスーパーで数十人単位で買い物を行い、在庫の枯渇を狙うのも一つの手である。
卑怯の塊であるが、容赦しないならばその選択も有りだ。だが、共食いも同然であるということを忘れてはならない。
兎に角今は施設を充実させていくしかない。そして、施設を充実させて営みを豊かにしてから新しい道を模索していくのが将来的に近道となっていくだろう。
「これ、最終的に街から大分はみ出るんじゃないか?」
「見境無く続ければそうでしょうね。 重機も無しに建物を破壊するのは人間には難しいでしょう。 となれば、空いている外の土地を開発していくのは必然です」
「出来れば街の形はそのままにしてほしいもんだが、必要なら広げる勇気も居るよなぁ……」
「更に広げるなら住民を別々に分けた方が良いでしょうね。 警備の巡回ルートも変更しなければなりませんし、より多くの警備用の人間が必要になります」
未来予想図がどうなるかは解らない。
計画的に行っている訳ではないし、今はまだ誰も頭に描いてはいないだろう。急速な発展を行いたい気持ちを抑えながら、頭の中では明日から何をしようかと優先順位を変え続ける。
作物は任せてしまった方が良い。素人が手を出すよりも、経験者達が集まって研究し合う方がずっと効率的だ。
報酬についても北海道奪還が落ち着くまでは連絡すべきではない。
なら、先ずは街で放置された物を活用して電気の確保をしよう。それがあるだけでも出来る事は格段に広がる。
問題は必要なパーツが揃うか否かだけだ。それを確保する為に、また彩達に頼る事になるだろう。
「んじゃ、此処から先もよろしく頼むよ」
「任せてください。 何でも聞きますよ」
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