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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百六十四話 緊急処置と帰還

 ――俺達が出来る事は全て終えた。

 彩が帰還し、よく知る三人の指揮官が集まったテントの中で俺は既に荷物を纏めている。傍には護衛役としての二人が居て、無言のまま彼女が帰って来るのを待っていた。

 あの戦いによって俺達は最早軍に睨まれる事は避けられない。彩があの装備の他に更に別種の新装備を見せた事で、素直に吉崎指揮官が与える情報を信じなくなっただろう。

 それ自体は最初から予測出来ていた。けれども、彼女が俺の為に行った戦闘は決して良い方向にだけ傾いた訳では無い。

 嵐の中心に居るようなものだ。彩という存在を中心として世界は回り始め、どのような手段を使ってでも彼女の技術を入手しようと接触する者達が出てくるだろう。


 話し合いであればまだ良い。良識のある人間であれば相応の対価を払うと言ってくれる筈だ。

 けれども、悪行を働く輩が出ないなんて考えられない。その為の防衛手段を考えねばならず、これからは余計に一人での行動は出来なくなってくる。

 だが、俺には約束したことがあるのだ。それを果たさねば逃げ続けるという選択を再度選ぶことは出来ない。

 テントの外からブースターの音が聞こえてくる。直後、テントの中に入って来た彩はそのまま俺の胸に飛び込んだ。

 皆が見ている前でこれまでも愛情表現を見せる場面はあったが、今回もまた唐突である。

 嫌ではないものの、その突然の行動には目を丸くさせられた。

 だが、その理由が思い付かない訳が無い。小型端末で聞かせられた以上、気付かない方がおかしいくらいだ。


「お疲れ……本当に」


「――はい」


 周りのデウスと指揮官達は彩に対して同情的だ。彼女がデウスであるとはいえ、それでも男性の執着は醜いと言われている。

 女性もそれは同じだというが、実際に被害に合った者以外はそれは解らない。SNSでも羨ましいと言われるだけであり、同情的な視線は全体に比べて非常に少ないのである。 

 より人間的な思考をするようになった彩が愛しの人物に向かうのは必然であるが、断じて彼女はV1995という存在に対してメンタルダメージを負った訳では無い。

 その証拠に、胸元に目を向ければ彼女は一切泣いていなかった。震えてもおらず、その目には相手への憎悪が浮かんでいる。

 もしもこの抱擁を止めてしまえば、彼女は暴走するかもしれない。そう思ってしまえば、俺は彼女の行為を咎める事は出来なかった。

 

「此方はこれで失礼します。 早い内に離脱し、暫くは関係を断つべきでしょう」


「そうだな。 彩の武装については柴田研究所の新兵装で押し通す。 疑問視されるだろうが、俺と柴田研究所の博士が言えば表立ってはそれで通用する筈だ」


「頼みます。 それでは急ぎますのでこれで」


「ああ、無事でいてくれよ」


 彩の武器、及び盾を含めた全ての兵装の理由付けとしては強引極まりないが、今の所俺達で打てる手段はそれしかない。

 成果そのものは出したのだ。それを欲しいと言われても、未だ試験段階だと押し通す事は取り敢えず出来る。

 抱き着いたままの彩とワシズとシミズを連れ立って、一先ずは外へ。予定ではヘリを使うつもりだったが、急いでいる以上はヘリを使うことは出来ない。

 代わりに彩に頼んで全員が乗れる程度の車を出してもらい、ワシズが運転席に座った。

 助手席にはシミズが座り、後部座席には俺と彩の二人が乗り込んで急発進をしてもらう。彩謹製の車だけに速度は折り紙付きであり、暴走車も比較にならないスピードを出すこれを操作出来るのはデウスだけだ。

 周りの風景が全て形として認識出来なくなる速度で走り、時折車体が浮いて身体が左右に揺れる。おまけに身体を動かそうとしても物理的な重圧によってまるで動けない。

 命を握るのはワシズのみ。あまり経験の無い彼女が爆走するその様は、控え目に言って恐怖だった。

 

「そういや、あの新武器をどうするんだ? 軍には渡さないんだろ?」


「ええ、既に自己崩壊の信号を送りました。 今頃は全て溶解していると思いますよ」


 なんてこともないように彼女は答える。

 その行為は俺も頭の片隅で考えていたことだ。彼女ならばその程度やっても不思議ではないと考え、故に驚きは無い。あるのはやっぱりかといったものが精々である。

 それ以上を出す事も無く、無言で俺は彩の頭を撫でた。その行為を彼女は目を細めながら受け、口元は緩んでいる。

 直後、車体が急激に揺さぶられる。再度バランスを崩し、今は動くべきではないと大人しく座席に着いた。

 彩の抱擁ももう十分だろう。彼女に限って失敗をするとは思わないが、間違いは誰にでも起こるもの。

 決して急激に気恥ずかしくなった訳では無く、彼女の抱擁を解除して右端へと無理矢理引き摺って移動した。その行動に彼女は僅かに頬を膨らませて不満を露にするも、俺が太股を数回叩くと意図を理解して喜色に変わる。

 

「目的地に着くまでな?」


「はい……ふぅ」


 艶やかな吐息を零しつつ、彼女は身動ぎもせずに目を閉じる。

 彼女は何とも思っていないだろうが、それでも何かをしなければならないと思った。この行動で彼女が満足してくれるかどうかは解らないが、日頃の感謝も込めて奉仕するのは自然だろう。

 バックミラーからは強烈な視線が向けられているが、それを今は納得してくれと目だけで訴える。

 目的地までは遠い。これだけ速くても到達までは数時間掛かるだろう。

 その間の燃料については彩も想定している筈だ。でなければ、ここまで彼女が落ち着いている筈も無い。


「……立役者、だ、が」


「なーんか、納得いかないよね?」


「我慢してくれよ。 元の場所に到着したら何かしてやるから」


「んー、じゃあキスして?」


「――駄目だ」


 子供達の戯れ、と言い切るには少々二人は本気だった。

 ワシズは朗らかに言ってくれたが、その目は一切笑っていない。本気で欲しいと願っているのが伝わってくるものの、直後に目を閉じている彩が口を挟んだ。

 一応は本人も加減を間違わなければ構わないと考えていたようだが、そこは彩の傍に居た二人だ。

 常識なんて最初から捨てている構えには最早笑う他に無い。これから更に時間が過ぎれば、もっと二人は彩に近い精神性を獲得していくだろう。

 それが良いものである、とは俺には言えない。常識的に見て、もっと普通の人物の方が誰だって過ごし易いだろう。

 それでも俺はこの関係に満足していた。崩れる事を許さないと思うくらいには独占欲も抱えている。

 

「ハグは?」


「三分」


「時間制限、狡い……」


「じゃあ膝枕! それなら構わないでしょ?」


「……良いですか?」


 彩の確認の声に、思わず笑いが噴出した。

 彩が決定権を持っていると思ったが、どうやら俺がまだ決定権を握っていたらしい。彩がそれで良いと思ったなら構わないよと軽く返し、ワシズ達は大きく歓声をあげた。

 街に戻ってからはまた忙しくなるだろう。そうなる前に甘えさせるくらいはせねばなるまい。

 吉崎指揮官の協力もどうやって頼むか考える必要が出てくるが、全ては明日の俺が解決してくれるだろう。今は先ず、デウス達を優先させるべきだ。

 戻ってきたら春日達はどんな反応を見せるのだろうか。また蹴り飛ばされるか、皮肉を吐かれるか――浮かんでくる選択肢に碌なものがない。

 それでも、戻りたいと思うくらいの愛着はあった。そこにはきっと、僅かながらにせよ人々の生活を支える事が出来たという充足感があるからだろう。


 自分はヒーローではない。なれるだけの実力も知識も無い以上、使える手札で勝負をしていくしかない。

 今はまだ彩という最大の存在が居てくれている。それで全てが上手く回っていると言える程に、俺は彼女に依存しなければ生きてはいけない。

 それでも、誰かを助けられたのならば自分にも価値があると思える。実際は無価値も同然だとしても、俺の決定で動き出して成果を出せたのならば俺の物だと言い張れる。

 その意識は必要だ。少しでも彼女に並ぶ存在になれるように、俺は日進月歩で前を進まなければならない。 

 前進を忘れた者に良い未来はやってこないのだ。――――彩達との生活を守る為に、俺は躊躇しない。

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