第十六話 違法の乙女
ポッド自体は既に活動を完全に停止していた。
元より電気が来ていないのでそれは承知済みであるも、それは何らかの問題に繋がるのではないかというのが個人的な疑問だ。起こす事に専用の作業が必要であるならば途端に難易度は上がるし、他に薬剤でも注入する必要があれば専門知識の無い俺達はまったくの無力である。
故に湧き上がっている不安はあるのが、それを言葉にする前に彼女はポッドに手を伸ばした。
白に近い円筒形のポッドは横になったまま沈黙を貫いているも、一度そこに誰かが居ると解った時点で奇妙な緊張感もまたある。基本的に力技で扉等は開けるしかないので、俺は周辺を警戒する方に意識を向けた。
開けるのは彼女だ。そして彼女は口に手榴弾のピンを据えながらポッドに力を込めた。
両手が塞がっているからこそ彼女はそれを選択したのだろうが、やっている事は危険そのものだ。
もしも誤ってピンが外れでもしたら少なくない被害を此方は受ける。大急ぎで出口まで走って隠れられれば最良であるものの、そんな瞬発力を俺は有しているだろうか。
火事場の何とやらを信じるしかない。その手榴弾が特別製ではない事を祈りつつ、目と耳は他の物音に意識を向ける。その間に彼女はポッドの開閉扉の取っ手を両手で掴み、木の皮を引き剥がすが如く全力で扉を剥がし飛ばした。
突然の騒音に耳は少々痛むも、壁に当たって更に拉げた扉に口の端が僅かに震える。
喧嘩になれば間違いなく彼女には勝てない。此方の言う事を聞いてくれるだとか命令に忠実だから大丈夫だとかの話ではなく、本能で俺は彼女に白旗を上げる他無かった。
「ふぅ。取り敢えずは一つ開きました。……中は、やはりデウスです」
「解った。君は二つ目を頼む」
警戒をとだけ言葉を残し、彼女は隣のポッドへと向かう。
同時に俺は開いた扉の先に居る存在に目を向け、そのあまりの幼さに目を見開いた。
見かけ上の年齢は小学六年から、最大でも中学一年程度。銀糸が如き髪は無造作に広がり、長さは足に届く程だ。
瞳は閉じられている事によって不明のまま。黒のレギンスにデニムの短パン、無地の白シャツに赤いジャンパーといった格好は正に普通の学生にしか見えない。
服装に関しては作った者の趣味だろうか。活発的な印象に銀の髪と幼い顔は、なんというかミスマッチだ。
武器らしき姿は存在せず、もしもあるとしたら内部領域に格納しているのだろうか。
目覚める気配は――――ある。
というよりかは、最初からある程度は覚醒していたのだろう。数十秒程度で彼女は目を開き、その金色の瞳と目が合った。
「……」
「……」
想像よりも遥かに早い覚醒に、何を言えば良いのか纏まっていないというのが本音だ。
大丈夫かは違うだろう。そもそも彼女は自分が置かれている状況を正確に理解しているとも言い切れない。
彼女は俺を見つめながら、明らかに腰に力を入れていないにも関わらず上半身を僅かに起き上がらせる。その動作は機械そのものだ。人間であるならば床に手を置いて起き上がるか勢いをつけて起き上がるものなのに、彼女はデウスらしく何の力も込めていない。
しかも突然の行動だ。何も身構えていなかった俺と彼女の距離はほぼ零となり、後少しでも接近すれば唇が接触していた。
内心の驚愕は最大だ。彼女の突然の行動に飛び上がらなかっただけ奇跡的だろう。
静かに離れ、咳払いを一つ。横ではもう一つのポッドを破壊する音が響き、その音に目の前に居る彼女は頭を横に向けた。
俺もつられて顔を動かし、ZO-1が横抱きに持ち上げた少女を見る。
二人目の少女もまた、どういう訳か見た目の年齢が随分と幼い姿だった。それに共通している部分も多い。
銀の髪にその長さ。瞳に背格好。服装は真っ白のワンピースに黒のジャンパーと色違いながらも上着に共通点がある。そちらは何故か此方に視線を向けていて、しかも目を見開いていた。
目の前で横抱きで持ち上げているZO-1が居るというのに、どうしてか少女は此方を見つめ続けるのだ。
疑問符が湧くのは当然で、この疑問を解決するには直接訪ねるしかないだろう。
だが俺の目の前にはもう一人の少女が居る。迂闊に離れられても此方が困るだけだから、訪ねるならば彼女だろう。
「君達は人間かい?」
「いいえ。研究者の方々の言葉に合わせれば、デウスと呼称される存在です」
「あー、もっと砕けた言葉で構わないぞ?」
「貴方様は人間です。守護者として失礼な真似は許可されていません」
成程。俺は彼女の言葉でどうして此方を見ていたのかを察した。
大方此処の施設は自分達にとって都合の良いデウスを作り出そうとしていたのだろう。結果的にそれは成功し、見事なまでに従順なデウスが誕生した。
五人居る内の二体がこうして生きている限り、他の二つも生きていた可能性が高い。
そういった子達は此処を襲った者達に保護されたのかもしれないが、今はそれを知る術が無いのでどうしようもない。それにどうしてこの子達だけが残されているのかも疑問だ。
一先ず、この状態は何とか直さなければならないだろう。デウスとはいえ見た目が幼子の所為で俺の罪悪感を強く刺激させられる。
軍関係だから上下関係の区別を付けていたのだろうが、今この状況でそれは不要なだけだ。
「もう君達にそれを命令をした人間は死んだ。許可なんて気にしないで良いし、俺に対して崩してもらっても構わない」
「ですが、私はこの話し方しかインプットされていません。他の話し方とは、一体どのようなものなのでしょうか?」
「え?あ、あぁ、それは」
何とも難しい質問が投げかけられて、思わず変な声が出た。
どんな話し方があるかという質問はかなり漠然としたものだ。そういったものは生きていれば自然と形成されるもので、誰かに教わって覚える類のものではない。
だからその質問は非常に困ってしまうのだが、だからといって何も言わないのは無しだろう。
この子がどれだけの一般常識という情報をインプットされていても、それでも子供なのに変わりは無い。教えてくれる親のような存在が必要不可欠だ。
声の調子を元に戻して、今一度彼女の目と向き合う。純粋無垢に輝く金の瞳に悪意は無い。
デウスなのだから見えようが無いのであるが、それでも俺には無いように見えた。
「そうだな……私はそのままでも良いから、ですます調を無くしてみるのはどうかな?」
「ですます調……こう?」
「お、良い感じ良い感じ。そうそう」
小首を傾げながら訪ねる言葉は俺の求めていたものだ。ただ単にですます部分を取り除いた結果なのだろうが、それでも中々に今の彼女の見た目年齢とマッチしている。
これをもう一人にも適応出来ればある程度は良しだ。ついでにZO-1ももう少し言葉を崩してくれないかと顔を彼女に向けるが、意図を察したZO-1は苦笑しつつ無理ですねと言われてしまった。
他に言い方の解らなかったこの子達ならいざ知らず、ZO-1は今まで多数の人間と接してきた筈だ。その上でそれしか使わないと決めているのなら、それはもう直せないのと一緒である。
それに俺自身慣れたと言えば慣れた。彼女はこのままで良いのだと自分に言い聞かせ、屈めた腰を上げる。
「よっし、それじゃあ出るか。君達も一緒にどうだい?」
「それがご命令だと仰るのならば」
「命令じゃないよ。ま、現状を説明しながら一緒に行こう」
命令ならばと告げる少女の顔は無表情のまま。まるで感情の色が見えない。
これがデウスの常なのか、それとも特殊な生まれ方をした結果なのか。プライベートなだけに迂闊にZO-1に聞けはしない。
ともかく、時間は有限だ。この子達を保護出来たし、欲しい物資もそれなりに集まった。
リュックの中は限界に近い状態だ。これ以上入れれば何処かが破けるかもしれないので、もう集めるのは止めとする。――ならば後は脱出するのみだ。
どれだけ軍が近付いているのかも解らないままなのも確かだ。俺達は早めに抜けようと速足で出口に向かった。
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