第百五十九話 自我は見せる
行方不明扱いされていたデウスの中でも最も警戒ランクの高かった存在が戦場に居る。
その姿をモニター越しに見た全ての指揮官が息を呑み、同時に何故という疑問符が浮かび上がった。
彼女の姿は失踪当時と変わらない。何時もの服装のまま、しかして空を飛ぶという有り得ない方法でこの戦場にまでやってきている。
手には新兵器と言われるアサルトライフル。それに加え、空中を舞う謎の物質。
疑問に思うなという方が無理だった。明らかにただ逃げ出しただけではない痕跡が目立ち、故にその装備の発生源を疑うのは当然の流れだろう。
吉崎指揮官はデウスを差別しない擁護側だ。失踪したばかりの彼女を保護し、この瞬間まで軍から隠していたとしても不思議ではない。
だが、吉崎指揮官には明確なメリットが存在しない。
物事全てを損得勘定で考える人間は居ないが、彼女の失踪には重要な意味を持つ。世界最強の十席の一人が居なくなった事実はデウス達を騒がせ、一部では同じ様に失踪を行おうとした集団が居た。
それを抑えるのは難しくはなかったが、担当の指揮官が憔悴したのは事実だ。厄介な真似をしてくれたと当時の苦い記憶を思い出す指揮官も存在し、だからこそ彩に対して肯定的な人間は殆ど居なかった。
そんな彼女の出現を、しかし都合が良いと思う者も居る。北海道は今も地獄の様相で、デウス達は明確に押されているから、例え此処で彼女が現れても押し切られてしまうだろうと。
何故か未だに残っている十席同盟の一席。他の九人の過半数が彼女の在籍を許し、トップである元帥もそれを認めている。
十席同盟も元帥も彼女が戻って来ると考えていたのは明白だ。
それをデウス差別派は愚かと断じ、例え戻っても居場所は無いと決めていた。何処かの基地に身を寄せていたとしても、東京や京都の基地に所属する指揮官が責めてしまえば何処の指揮官でも負けるだろう。
東京や京都は権力の集中し易い場所だ。強力な戦力も存在し、それ故に他の基地が反逆したとしても即座に鎮圧されるのが関の山である。
孤立を急速に深め、最後には解雇通告をされるだけだろう。此処に彼女が現れた時点で、静岡基地の処遇は決まったようなものである。
そして、それを吉崎指揮官が気付かない筈が無い。
ならば彩の独断専行か、解った上で切らねばならないと覚悟を決めたか。
「――至急、本部に連絡を」
「元帥殿にも伝えておけ。 この奪還が終了次第会議を始めるぞ」
今北海道に居る者達は死ぬだろう。
性格や記憶のデータは生き残らせるが、肉体を復活させるかどうかは本部が決めることだ。彩の身体の復活を認めなければ、その為の資材を用意する事は不可能である。
問題としてあるとすれば、他の十席同盟がこの事態にどう動くか。後は十席同盟の決定に何の否も突きつけなかった元帥の行動だ。
不安材料はある。しかし、たかが一人増えただけで状況は早々変わらない。
出現時の最初の一撃で全力だろう。後は新兵器によって弾が続く限り暴れる以外に無く、そしてそのままでは何れ食われてしまうだろう。
だが、暴れた後は弱った怪物しか残らない。
その後に本体である残りの戦力を出撃させれば、功績を総取りされる事は無いだろう。逆に愚かにも突撃したと悪評を流して功績を取り消させる事も不可能ではない。
今後の出来事に口の端を歪め、一部の指揮官は現状を見つめる。
突撃の指示を下すのは総指揮官だ。その指示に今は素直に従おうと決め、デウス達には何時でも出撃出来るように命令を向けていた。
「良いのかい、只野。 彩を向けさせて」
ところ変わり、静岡基地のテント内では数人の指揮官が集まって只野に視線を向けている。
言葉を投げ掛けたのは伊藤指揮官だ。彩を出さないと決めていたにも関わらず、その本人である彩が出撃の提案を行い只野は了承した。
確かに武器よりも本人が向かってほしいとは思っていた。もっと良ければ武器と本人が両方揃ってくれればと、テント内の指揮官の全てがそれを考えていたのは嘘ではない。
それが出来ないと解っていたからこそ武器だけを大量に用意したのであり、危機に追い込まれたとしても彩が手伝わないと認識もしていた。それはシミズやワシズも一緒だ。
只野の元に集まったデウスは只野の意志にしか従わない。本来のデウスとしての本能を捨て去り、彼女達は自身が決めた存在に対してのみ忠誠を誓うのだ。
それ以外の存在は塵芥。身分も人間性も関係無く、故に彩が動いたのもまた只野の事を思ってであるのは間違いない。
理由としては、只野がデウスを純粋に好いていることだろう。今にも死にそうなデウス達を見て、その心を痛めているのは吉崎指揮官も理解している。
只野は怒りを抱いていた。人間の勝手な振舞いに普段の口調を出してしまい、それが起爆剤となってしまったのだ。
最初に彩が声を掛けた時点で全ての指揮官が嫌な予感を抱いていた。何が飛び出してくるのかと身構え、それが結果的に指揮官達に良い方向になったと言えるだろう。
しかし、それに待ったをかけたのは只野だ。彩の意志を尊重する為とはいえ、場所は激戦地も激戦地。
普通は良しと言える筈も無いし、只野が否定するのは当然だ。――しかし、彼女はその言葉に反論した。
『このままでは貴方の望む結果にはなりません。 それで良いのですか?』
デウスには自由にしてほしい。
その通りに彩は只野の為に我を通し、条件付きでの出撃が決定された。しかし、そのまま出撃しては彼女が海を泳ぐだけだ。
その為にも飛行ユニットを使わねばならず、けれどもその飛行ユニットの数が足りていない。
殆どが本部の者達が占有し、他が持っている数は限られている。それも予備として使わないよう指示を下され、彩本人だけが使用するのは現状において不可能だ。
だが、彩ならば関係が無い。壊れた武器を内部メモリに入れ、それを材料に飛行ユニットを新たに構築させる。
具体的な設計図は彩が数々の兵器の図面から新規に作成し、完成された装備は新兵器として提供された物と同様に現実では実現不可能となっている。
足の装甲ブーツに取り付けられた筒状のロケットブースター。それでは人体を持ち上げるのも不可能であるが、それを支える炎の供給源は彩本人だ。
許可が下りたと同時に内部に収納していた分割状態の盾を出し、空を飛んでアサルトライフルに火を入れる。
リロードの必要性は本来であれば無い。それでもマガジンをセットし、弾を撃つ。着地点を先程自爆を行ったデウスの居た場所に定め、そのまま降り立った。
着地寸前で通信を入れているので誰も手を出さず、彼女は無数の視線を感じながらも無事に到着する事が出来た。
リミットはこの状況が改善されるまで。それ以上の尽力は許可されておらず、彩としてもその判断に否は無い。
『で? どうやってこの数を仕留める気なんだよ』
『相手は小物が多い。 攻撃そのものは通り易く、堅牢な身体を持っているのは現状ゴーレム型のみ。 ――ならば、数を用意すれば良い』
白亜の銃に熱が籠る。警戒していた怪物達は彼女の行動にさせるものかとばかりに殺到を再開させた。
足を止めている彼女の姿は餌になろうとしているとしか見えないが、先の結果を誰もが知っているからこそ立ち止まる事に意味があるのを解っている。
今、全ての敵は彩に集中していた。狼も、鳥も、虫も、ゴーレムも、彼女だけを潰す事に意識を傾けている。
彩の眼前にまで牙が迫っていた。誰かが援護の為に撃っても、倒した先から次が来る。
だがこれで十分。味方が援護をするのは解っていて、だからこそ彩は一切身動きしなかった。それが彼女なりのデウスへの信頼であるのは、恐らくはこの場の誰もが解らなかっただろう。
――工程完了。距離五㎞における全ての敵をロック。
彼女の視界は全てがロックの色に染まっている。本来であれば不可能である超多重ロック機能で赤く染まり、外の風景が一切見えない。
そして、そのまま正面に向かって銃の引き金を押した。
銃身など一気に溶け落ちる紅蓮が一塊となって走り、そのまま敵の数に合わせて細かく分裂していく。
最初は十、次は百。千、万、兆、億と膨大な球形の火が火の粉へと変わり、そのまま誰かの身体に優しく触れた。
途端に始まる爆発の連鎖。一発一発を確殺出来る程度にまで留めただけに威力そのものは驚異的ではない。
しかし無限かの如く爆音が流れ続け、同時にデウス達の観測している敵戦力が一気に消えていく様を見せ付けられていた。
此処に人間が居れば鼓膜など破れていただろう。爆風によって髪は常に乱れ、目は一度だって開けることは出来なかった筈だ。
だが、デウスはその全てを見た。彩が居た場所から前方は全て爆発に呑まれ、その背後だけが緑を保っている。
やがて消えた後には、最初の攻撃と同じ状況が広がっていた。――いや、それよりも被害の度合いは大きい。
一面が焼け野原だった。コンクリートのあった部分も全て無くなり、その下にある地面が露出している。
全てを一掃するその攻撃に、されど武器は未だ健在だ。白亜には炭の一片も付着せず、その美麗さを保ち続けている。
「十席同盟……いや、今は無所属か。 貴殿らの助太刀を我等が主人より命じられた。 これより、この場が問題無しと判断されるまで手を貸そう」
全体通信を通して、その声は全てのデウスに伝わった。
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