第百五十八話 極寒の紅蓮
勝利と呼べる程の状況を整えるのは難しい。
戦争であれば特にそれは顕著だ。互いが自国の利益の考え、如何に消耗を少なく収めながら敵を倒すのか。
それを構築するまでに無数の戦術家が生まれ、無数の技術が誕生した。中には戦争目的ではない理由で生まれた技術ですら、それが有用であるとして戦争に使われた。
勝利とは、相手が倒れるまでに自分がどれだけ余力を残していられるかだ。死力と死力を尽くし合い、欠片程度でも余力の残った人間が最後には勝利を掴む事が出来る。
そして、勝利した者は栄光を手にするのだ。それは本人が栄光だと思う事もあるし、周りが栄光だと思う事もある。
最終的な結果から勝利者を分析する者も存在し、それが歴史書に載ることもあるだろう。
「――あああああああ! まったく減らん! 無限に戦力でもあるのか!?」
「9様! 弾薬が四割を切りました!!」
「知るか! 少しでも節約なんて真似をすればこっちが食い破られるぞ!! 全部叩き込むつもりでいけ!!」
『了解!!』
無数の声を掻き消すように弾が弾幕のように空を飛んでいる。
一発一発の攻撃は敵を倒すには十分な威力であり、しかし数が多過ぎる故に倒した先から敵が湧き出す。
それが獣だけであればまだ良かった。機敏な動きをしながらも、そのパターンはあまりにも少ない。デウスであれば即座に見抜いて撃ち、最悪拳であっても潰せただろう。
しかし、現状相手にしている怪物達は一種類ではない。鳥も居れば、虫も存在し、果てはファンタジックな植物が蔓を伸ばして殺しに向かっていた。
それら全てに対応する動きを行おうとすれば、必要な処理速度は尋常の範囲では収まらない。
故に距離を取り、撃ち抜くという単純な行為で全てを終わらせているのが現状だ。可能な限り敵の心臓部を破壊する事で節約を心掛けようとしているが、そもそもの数が多過ぎる所為でその心臓部を正確に破壊出来ない。
よって弾幕を展開し、無理矢理敵を磨り潰す事で対応していた。
だがそれでも、まだ足りていない。
追われ続ける敵の猛攻はデウス達の摩耗を加速させ、次第にボディを崩壊へと導いていく。
人間と比較すれば即死の可能性は低いものの、デウス達にも致命傷となる場所がある限り死亡する事は十分に有り得た。記憶や性格等は生き残らせることが出来ても、ボディは新しく製造出来ない。
つまるところ、此処でのボディの喪失は前線離脱と同義だ。
だからこそ負けられない。十席同盟も、一般のデウス達もそう思って戦い続け――――だが、その時はやってくる。
最初の被害はPM9が纏めていた場所だった。
相手は獣型が五割を占め、その背後には土で構築されたゴーレムとでも呼ぶべき存在がゆっくりと迫っている。
その数、目に見える範囲で百体。
「チィ……! ただでさえ弾を消費したくないのにッ」
PM9は舌打ちをしながらも拳とハンドガンで敵を倒す。
その顔には好戦的な興奮の色はあるが、僅かに焦燥の色も混ざっていた。
ゴーレム型の特徴は極めて単純だ。体長五mを誇る体格は拠点破壊に向き、同時に怪物達の壁としての役割も果たす。
今は敵も慌てている為かゴーレム型を壁として使ってはいないが、ゆっくりと迫り来る姿はそれだけで感情に恐怖を与えてくる。特にこの状況下では最悪の一言。
ゴーレム型の身体は頑強であり、専用装備でもその装甲を突破するのは難しい。
勿論、破壊出来ない訳では無い。人型の形をしているゴーレム型の弱点は関節だ。特に足の関節を破壊すれば移動は不可能となり、他に特殊な能力を持たない以上何も出来ない。
しかし、それでも関節が他と比べて特別脆い程ではない。怪物である以上は破壊は難しく、数発は撃ち込まねば完全な破壊は不可能だ。
その数が百も集まり、一塊となって進む様は威圧感を与えてくる。
防衛線を崩壊させない為には前に出るしかない。直ぐに結論を出したPM9達の部隊は飛び出し、獣の波へと突撃した。一直線に進み、例え噛まれようとも無視してゴーレム型へと意識を向ける。
移動を妨げる足への攻撃には対応するが、腕への攻撃には逆に食われたままの状態で獣を盾として活用した。
そして、ゴーレム型の背後へと移動し、その背後にある足の関節に銃を撃ち込み続ける。刃物の類は総じて弾かれてしまう為に、この攻撃によってでしか破壊は出来ない。
最前列に居たゴーレム型はその攻撃によって次への一歩を踏み出す前に崩れ落ちる。その行動を後続のゴーレム型は回避出来ず、倒れたゴーレムに引っ掛かる形で倒れていった。
弾の節約を考える以上、この方法で足を止めるしか他に方法が無い。
一気に敵を倒す彩の武器は今も新種の怪物を攻撃していて、その怪物はガスを吐き出す余裕を作り出せていない。
損害は決して低いものではないが、かといって戦闘が出来ない程度ではなかった。このまま狼達に無残に食われる前に移動しようとし――飛び出そうとした足を何かに掴まれる。
目を足に向けると、そこには黒い手が一本。土の中から出てきた黒い腕はデウスの必死の振り払いにも離す気配を見せず、結局弾を撃ち込むことで漸く腕は離された。
足を止めた時間は僅かに十秒。しかし、その十秒こそが生死を決めた。
他が無事に脱出している最中故に、そのデウスは他とは切り離される形となっている。獣達はそのデウスへと狙いを変え、一斉に攻撃を行った。
「X99!」
PM9が叫ぶ。
戻って来ようとしている者達の中で一人だけ遅れている事をPM9は直ぐに理解した。
同時に、一部の獣の波が引いたのも即座に見抜く。件のデウスを食いに行っているのだと悟りつつ、しかしPM9は現場を纏める存在であるので動けない。
他に動ける者を探すが、誰もが必死の形相で戦いを行い続けていた。
即ち、救助は不可能。生き残るには自身の力だけで行うしかなく、されどそうするにはあまりにも絶望的だった。
痛みは無い。だが腕が、足が、胴体が、頭が、食われ続ける感覚にデウスは焦りを覚える。
無数の狼の牙によって仮初の肉を剥がされ、鳥によって髪を無理矢理引き抜かれた。手を数匹の狼に噛み砕かれることで武器が落ち、攻撃の手が完全に止んでしまう。
そうなれば最早助かる事は無い。最後にせめてと内部メモリに残していた大量の爆薬をばら撒き、最後にこれまでの情報を本部に送ってデウスの意識はブラックアウトした。
突如として発生する爆発。デウスですらもただでは済まないと想像させる規模の威力は並のものではなく、その部分一帯が一時的に空白の土地へと化した。
決して死んだ訳では無い。だがしかし、この場に復帰するのはもう不可能だ。
自爆を行ったデウスは最後に結果を残した。だが、その結果は酷く小さな範囲のものでしかない。
その空白地帯も数分もすれば再度埋め尽くされるだろう。その無情さに、しかし世界は見捨てなかった。
「背後から反応!? ――――これは」
背後から高速で迫る反応を殆どのデウスが拾った。
そして、その反応の正体を一番近くに居たZ44が気付く。直後として設定されていないデウスからの通話許可が入り、迷いなくZ44はそれを許可した。
『どうしたんだい。 君は今回参加しないと思っていたんだが』
『ああ、そのつもりだった。 用が済めば勝手に消えるさ』
『用とは――って聞いても教えてくれないか』
高熱源反応。
数は三百。少なくとも目の前で戦う相手よりは遥かに脅威に感じる圧倒的熱量に、Z44に遅れて全員が気付いた。
そして、全員が気付いた直後に件の熱源は一斉に戦場へと殺到する。それが新種の怪物に対して向けていた武器と同種の物であると気付いたのは、僅かに数名だけだった。
天高くから戦場を横断するように飛んでいた物体は、怪物達の真上に到達した瞬間に真下へと移動を変える。
着地点にはゴーレムや植物達が犇めき、その熱源に気付いたとしても逃げられる余裕は無い。
デウス達は見た。デウス達は感じた。その小さいながらも破滅的な――小型の太陽を思わせる弾丸を。
爆音がデウス達の音声認識機能を狂わせる。叩きつける衝撃がセンサーも狂わせ、熱波に肌が一部溶けた。
全てが終わり、センサーも元に戻り始める。全ての感覚情報が完全に元に戻った時、デウス達は先程の空白地帯に居る存在を認識した。
『彩、無理をするなとは言わない。 だが、リミットはこの状況を脱するまでだ』
『了解しました。 貴方の名前に賭けて、それを達成しましょう』
紅蓮の弾を込めた白亜のアサルトライフル。空中を舞う三つの盾。
普段と変わらぬノースリーブに短パンの恰好をした彼女は、地獄のような世界に足を付けた。
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