第百五十七話 殲滅兵装
灼熱の色が北海道を覆い尽くしていく。
今はまだ全体の中でも四割程度であるが、それも徐々に拡大していくだろう。最終的には怪物の身体の全てが炎上し、他の生物同様に炭へと変わっていくのは誰の目にも明らかだ。
その様子を見ていた本部の者達は椅子を倒す勢いで立ち上がる。彼等は状況がここまで圧倒的に変わるとは思わず、もしも変わるにしても数日は掛かるだろうと考えていた。
そもそも範囲は北海道全域だ。それを全て奪還するとなれば数日程度ではあまりにも足りない。
その上、新種の出現によって更に日数が必要となっていた。だというのに、古いモニター画面には新種を食い尽くす勢いで炎が走り続けている。
更に言うのであれば、その炎は生物の如く対象に食らいついていた。
二度と離すものかと痙攣する身体に牙を突き立て、その身体を捕食しているのである。
正直に言うのであれば、あまりにも現実離れな光景だ。さながらファンタジー作品に出てきたような炎に、夢と現実が曖昧になっていくような感覚すら彼等は覚えた。
しかし此処は現実だ。モニターの情報に間違いは無く、新種の張っていた蛸の足が巡らせる壁を破壊出来た以上、残った部隊を突撃させる事も十分に可能となる。
懸念事項としてはガスだが、そちらも現地に居る者からの報告で既に潰されていた。
今は口の付近に残滓が漂うのみであり、それが大地に発射される気配は無い。少なくとも、怪物にガスを新しく作り出す余裕は無いと見て良いだろう。
「全部隊の出撃を準備させろ。 開始は現在時刻より二時間後を予定」
「了解しました」
総司令の男が傍に居る軍人に命令を下す。
その言葉を聞いた人間は通信機を片手に次々と命令を送り続け、それに合わせて全体も動き始める。
北海道の現状は誰もが観測していた。送られてくるリアルタイムの情報に兵士達は勝利の可能性を抱き、にわかに騒がしくなっていく。
隊長や指揮官が一喝して準備を急がせるものの、全体に広がる勝利ムードは隠せない。
それは只野達が居る静岡基地のテントでも一緒だ。テントの外では騒がしい声が聞こえ、吉崎指揮官はそれに対して一切注意を与えない。
それを行う人間は既に居る。それに自身が出てきてもこの騒がしさは鎮火しないだろうという諦めも含まれていた。
一度はその巨体によって攻略の難易度が高まっていたが、それも二回目の攻撃によって完全に突破された形となる。
人類側の絶望の深度は浅く、故に未だ余裕がある。兵士の一人一人が笑みを浮かべるくらいには気持ちを持ち直しているものの、それで北海道奪還があっさり終わるとは吉崎指揮官を含めた一部の指揮官は考えない。
今はまだ最初の一枚目が砕けただけ。まだ残り何枚の壁が存在するかは誰も解らないのだ。
にも関わらずに喜んでいるのは、あれが最大の壁だと思っているからだ。巨体はそれだけで脅威となるし、吐き出すガスは人類の天敵も同然。時間を掛ければ技術力の進歩によって克服するかもしれないが、それを待ってくれる相手ではないだろう。
間違いなく新兵器が出現するまでは勝てるかどうかは定かではなかった。
通常の兵器は軒並み弾かれ、デウス達の専用装備でも完全な破壊は不可能。攻撃をしている間に北海道に生息している怪物達が押し寄せてくるのは明白であり、人間が完全に消えればやがて押し切られた筈である。
「只野。 彩が提供した装備は流石だな。 あんな物、今の人類じゃ逆立ちしても開発不可能だ」
「ええ、私もそう思いますよ。 彩には感謝してもしきれない」
「まったくだ。 少なくとも進行の為の第一歩は踏めた。 後は物資との勝負となるか、新手の怪物がまた現れて前線が停滞するかのどちらかだ」
北海道全域を覆っていた壁が無くなったお蔭で攻め込めるとはいえ、それでも海中には依然として怪物が居る。
海を渡るだけでも困難であるのは言うまでもなく、道中で戦死する者も出てくるだろう。現状において真剣になるべきは兵士達であり、橋頭堡を早く作らねばならないデウス達は通達を聞いて焦りながら作業に既に入っている。
敵を薙ぎ払って安全地帯を構築しつつ、海中にも意識を配る。デウス達に乗せられている負担はこの中で最も大きく、そして失敗は許されない。
無残な扱いを受けていても命令を受けねばならないデウス達に、その通達は残酷に過ぎた。
普段の事であるとはいえ、それはあまりにも無茶が過ぎるというもの。現にこの通達を聞いている間も敵の攻撃が続き、一部では数だけは完全に超えられていた。
どれだけの規模の敵が居るかは不明のまま。それでも結果を残さねば、守るべき人類に潰される。
「やってらんねぇなぁ! オイ!?」
狼型の怪物の顔面を殴り、直接脳を破壊。
右腕で投げ捨て、直後迫る一頭の頭部に空いていた左手が握っていた銃の引き金を押す。吐き出された弾丸は寸分違わず脳を撃ち抜き、弾は貫通して同種の怪物の胴体に食い付いた。
悲鳴をあげる狼の身体を蹴りで破壊し、次の獲物は何処かとPM9は意識を尖らせる。同時に、数割程度は周辺へと意識を向けていた。
彼女は戦闘要員とはいえ、静岡基地のデウス達のリーダーでもある。
戦いだけが彼女の仕事ではない。それに苛立ちを覚えながらも、仕事だからと同じ十席同盟のZ44に通信を繋げた。
『もう六百くらい潰したぞ! そっちはどうなってる!!』
『もうじき千に届く! だが此方も弾薬の消耗が顕著だ。 何処かで一度君達の武器を使ってくれ!!』
『あいよ! 周辺に注意喚起! F12の所の連中も下がらせろ!!』
『了解しました! 直ぐに通達します!!』
既に各々の基地のリーダー格とは通信のラインを確立させているものの、その殆どは怒号の連続だ。
基本的にPM9が通信でも現実でも叫んでいる状態で、一番通信を使わないのはF12だ。この場所限定で十席同盟もF12も同格扱いなのだが、それでもF12は控えている。
勿論必要な情報であれば即座に伝えるものの、それ以外は皆無だ。何よりも自身の事を考えている余裕が無い。
現場のマップはあるものの、それは五年前のまだ平和だった頃のものである。この五年の間に地形がどれだけ変わっているかも不明であり、敵の反応を掴んでそれをリアルタイムで地図と照らし合わせて場所の把握を行っていた。
だが、それで指示を下す前に敵の大群が来ている。まるで津波の如く夥しい数の敵が現れ、デウス達を飲み込もうと押し寄せていた。
橋頭堡を作る余裕が無い。
海中に意識を向ける事も出来ず、怒涛の勢いに防衛を行う事で精一杯だ。
何時かはそれも収まるかもしれない。だがその何時かがあまりにも遠く、そして絶望的である。
故にこの状況を改善する為にも一気に範囲攻撃を行う。その為に静岡基地以外の者達が下がり、各々のエリアに散開させていた静岡基地所属のデウス達が敵に向かって弾をばら撒く。
一撃一撃が致命の攻撃は怪物達にも有効だ。津波に対して津波をぶつけるように、彩の憎悪が籠った炎は例外無く怪物を燃やし尽くしていく。
それをもって一時的に空白地帯を生み出す事に成功するものの、しかし数分もすれば埋め尽くされるだろう。
静岡基地の仕事である新種の怪物討伐は未だ終わってはいない。時間を掛けねばならない程の巨体である以上、長い間敵の殲滅に意識を向けられない。
「時間も弾もまるで足りてないッ。 このままだと押し切られますよ!」
只野が静岡基地のテントの中でモニターを睨みながら声を荒げる。
素人目にも状況は悪い。例え新種の怪物を撃破したとしても、そもそもの敵の数が異常だ。北海道が誰の手にも渡っていなかった影響で数が増えているとは予測が立っていたものの、その数が普通ではない。
この一瞬で全てを消費し切る。そう言わんばかりの狂った全力疾走振りは、明確に戦場の優位性を握っていた。
「落ち着け。 確かに数こそあちらが上だが、ああまで苛烈なのは余裕が無いからだ。 連中にとってあの新種の怪物こそが最大の壁だろう」
「どうしてそうだと?」
「囮として最初に出た時、相手はこれほどまで苛烈に攻め立てはしなかった。 奴等の行動に変化が出たのはあの怪物が追い詰められたからこそだ」
実際、囮として前に出ていた者達はデータベースを参照する程度の余裕を持っていた。
しかしあの大型の怪物が苦悶の状態を見せた事で一気に敵が姿を見せ、まるでこれ以上の被害は起こさせんとばかりに動きを加速させた。
それが今の状況であれば、確かに敵は余力をかなぐり捨てて攻めていると取る事も可能だ。
「だがよ、このままじゃ間違いなく弾薬が不足するぜ。 載せている分を計算したとして、もって一時間程度だ」
「伊藤指揮官、今回の戦いに関しては長期戦が予想されると事前に決められていた。 あの大型の怪物が倒れない限り、迂闊に人間は上陸出来ない。 そして、此方がどれだけ要請したとしても上は手助けしないだろうさ。 乗せられる弾薬を全て乗せ、新兵器も用意出来るだけ用意した。 後はもう、結果が良くなる事を願うのみ」
「――派閥争いをこんな場所でも起こすつもりですか」
「此方は起こすつもりはない。 相手側が最初から起こしてもらいたがっているのだよ」
テント内には他に伊藤指揮官と岸波指揮官の姿もある。
その全てがデウスの差別撤廃を求める派閥だ。此処で潰されれば、相手派閥にとっては非常に有益となるのは間違いない。
現状は限界手前で維持されているが、何れその維持も限界を迎えるだろう。他の十席同盟が必死に戦っても、やはり覆せる総量には限界がある。
差別派にはまたとないチャンスだ。擦り減った敵を叩き、戦果を占領する。
最優秀の座は取れないまでも、長期的に見れば相手側にとってプラスになるのは間違いない。その事実に只野は不快を覚え、同時に現在の軍という形に嫌悪を覚える。
重要な戦いにすら、人の悪意が渦巻いている。一歩間違えば破滅へと転がり落ちるというのに、それでも人間は己の利益を求めて身内で争い続けるのだ。
「クソッタレ……」
内に隠そうとしていた只野の本音が隠せず漏れる。許容していた怒りのラインを飛び越え、指揮官達の前でも普段の口調を出してしまった。
それに触れる人間は居ない。此処で礼儀について指摘したとしても何も意味は無いのだから。
――ただ一人、彩を除いて。
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