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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百五十六話 無慈悲の撃鉄

 数十のボートの上には四人ずつ男女が座っている。

 手に持つは普段と変わらない武器。しかしその内部には超高温の破壊者が解き放たれる瞬間を今か今かとばかりに待ち続け、初めて持つその武装に殆どの者達が意識の数割を持っていかれている。

 正体不明、アンノウン。武器の解析をどれほど行っても、元の武器と九割以上一致することはない。

 完全に一致しないその理由を知っている者は少数だ。その者達にも指揮官直々に緘口令が敷かれ、如何なる状況であっても開示する事は出来なくなっていた。

 それを開示するには直接彼等を捕まえて解析する以外に方法は無いのだが、それをするデウスは一人も居ない。

 他の基地であれば可能性はあったものの、此処に居るデウス達は皆が家族だと思っている。虐げられた者達による結束ではなく、指揮官を含めて彼等は共に居たいと願う結束力を持っていた。


 特にその傾向は静岡基地に所属する者が強い。

 一度は不遇の扱いをされ、最終的にはスクラップ寸前にまで酷使された個体が居る。戦いたくはないと思いつつ、それでも仲間達の未来の為に銃を手に取った者達が居る。

 救われなければならない。それは吉崎指揮官も同じ気持ちであり、故にこそ他者に命令されない力を持つ必要があった。

 その為の更なる過程として、多少の無理は承知の上で吉崎指揮官は先発を決めたのだ。

 此処で新種の怪物を撃破し、殲滅作戦に自身の名前を載せる。県の解放の立役者となれれば、嫌でも階級は駆け上がっていくものだ。

 

 最終的に将官クラスにまで地位を向上させれば、もうどの派閥も吉崎指揮官を無視することは出来ない。

 それが良いにしろ悪いにしろ、明確な形として権力を持っていれば派閥の優勢も変えられるだろう。この結果を誰かに渡すつもりなどは無く、それは岸波指揮官や伊藤指揮官に対しても同じである。

 二人もその事には薄々ながら気付いていた。確証がある訳ではないが、二名に頼らずに単独で只野と話をつけにいく時点で手柄の占領を狙っているのは間違いない。

 ではそれを妨害するのかと言えば、答えは否。邪魔をする道理は無いし、仮に邪魔をしてもメリットはまるで無い。

 階級がどれだけ変わっても、この三名は一種の運命共同体のようなものだ。

 誰か一人でも崩れれば、その時点で二名の情報を掴まれてしまう。互いが互いに助け合い、そこに階級による壁は一切存在しない。

 

「目的地にまで残り百八十秒」


『到着と同時に上部警戒。 新種が出現と同時に攻撃を開始せよ』


「了解」


 自身の指揮官に報告を飛ばし、与えられた命令通りに武器を構える。

 目標の土地は目の前。海中ではこれまでの戦闘のお蔭で襲われる事は無く、全員がほぼ無傷なまま、やがて北海道の土地に足を踏み込む事に成功する。

 新種の怪物の出現条件は不明であるが、一定以上踏み込めば確実に相手は反応するだろう。

 透明化しているとはいえ、上陸の過程で既に接触はしているようなものだ。相手が気付かない道理は無いし、誰もがそれを理解して新装備の銃に力を入れた。

 ゆっくりと確実に。多少の時間を掛けつつも前へと進み、対象の変化に気を配る。

 今回上陸する者達の中に人間は居ない。それ故に全体の数も少なく、一万程度しか現在は来ていない。

 しかし、一万もの人数が上陸すればどんな者でも警戒するものだ。人間がそうであったように、まったく未知の侵略者相手に攻撃を仕掛けてくる獣が出てきても不思議ではない。


「――隊長、前方二㎞から反応。 数は三百」


「手始めといったところか。 長野側に通達、あの装備は使うなよ」


 早速の出現にPM9が指示を飛ばす。

 先発を担当するだけあり、彼女に渡された権限は高い。最初に進むデウスの部隊は岸波指揮官の所であり、そちらに連絡を飛ばして囮兼第一の矢として前に進んでもらう。

 長野基地からの部隊のみが前進し、反応のあった敵生体をデータベース内に存在する者と比較して的確に潰していく。そうなれば北海道中の殆どの怪物達も当然反応する。

 時には空から、時には地中から、未だ上陸している最中のデウス達を狙って北海道周辺の海に生息している敵が一斉に牙を剥いた。

 一気に騒がしくなっていく戦場。無数の獣の雄叫びや、それを塗り潰す銃声は次第に数を増していく。

 囮として活動する長野基地は新種の敵生体が出現するまで、ほぼ誰の援護も受けずも前に進む。その為に弾の消耗や自身のエネルギー消費が加速していくが、それを見越して内部に存在する予備の装備は少ない。

 通常であれば四つか五つ程度のメイン武装を持ち、サブとしての武装も同数所持している。それを各々二つずつにまで減らし、その分を弾薬や爆発物に変えている。

 

 継戦能力そのものは上がっているが、その代わり武器の破損による余裕は遥かに無くなっていた。

 敵の動きを見極め、データベース通りに弱点を撃ち抜く。環境によって多少の違いがあるので弱点を撃ち抜いてもそこが弱点ではない場合もあるものの、その事は既に誰もが想定している。

 特殊な個体が居たとしても冷静に。極めて感情を廃し、事務的に対象を弾薬の続く限り潰していく。

 そして――――唐突に彼女達の頭上が暗くなり始める。PM9達の頭上では透明化を行っていた怪物が姿を現し始め、今にもガスを吐き出そうと蛸の口部分が不穏な動きを始めていた。

 PM9の口角が吊り上がる。何もかも予定調和だと、徐々に暗くなっていく世界に対して狂暴さを隠しもせずに己の部隊に指示を下した。


「静岡基地に所属する者達に命令。 ――目標に向かって百人ごとに異なる部位を撃ち抜け」


『了解』


 機械的に、されど興奮を忘れずに。

 新装備には既に熱が入っていた。これまで通りに銃弾を装填し、百人という区切りで狙う箇所を変える。

 球体上に覆う足を、ガスを吐こうとする口を、足と足の間にある被膜のような壁を、各々がポイントを決めて銃口を向けた。

 新しい武器に違和感は無い。普段使っている装備よりも若干軽い程度で、それだけならばオプションパーツを全て取り払っただけと言われれば納得するだろう。

 無骨な長身のアサルトライフル。デウス達が持つ慣れた装備の一つであり、安全性は非常に高い。

 それがどのように変化したのか、PM9は若干の警戒も込めて短く告げた。


 ――撃て。


 これまでと同じように一斉に鳴り響いた普段使いの装備は、しかし放たれた直後から明確に違う姿を見せている。

 ただ弾頭となって対象を撃ち抜くだけではない。圧縮された焔が弾という形となって吐き出され、それが着弾と同時に広範囲にまで燃え広がる。

 燃焼範囲の拡大に必要な要素はただ一つ。それは空気でも油でも無く、相手を憎むその心。

 己の求める未来の為に死ね。これを生み出した彩の憎悪は、武器という形に変わって猛威を振るい始める。

 その威力は強大無比。これまでの武器が何だったのかというレベルで攻撃の勢いは増し続け、あまりにも燃やされ続けて怪物は重い悲鳴をあげる。

 外側に付いていた四方の小さな四つの目玉は常に別の箇所へと視線を移し続け、放つ筈だったガスは痛みによって上空で漏れ出ているままだ。

 

 身体は不自然に痙攣している。走り続ける激痛に悶えているのは明白であり、緑の苔が生えた灰色の身体は憎悪の炎によって徐々に炭へと姿を変えていく。

 この勢いを止める事は出来ない。何故ならそれは、彩が憎悪する事を止める筈が無いのだから。

 その真意に辿り着けたのは僅か数名。PM9とZ44と、そして長野基地で彩の事を姫と呼ぶF12のみ。

 敵対する全てが消えてなくなれば良い。此処に居るのは己と彼だけで良いのだから、それ以外は全て塵芥に過ぎない。

 業火の如き感情が弾には籠っている。そして、これはまだまだ序の口なのだろうと気付いた者達は直ぐに察した。

 限界を超え、人間と同等に感情を自由に出せる権利を獲得したからこそ、この武器は武器として成立している。

 もしも彩に憎悪が無ければ、この武器は武器としてまったく活躍しなかっただろう。それは彩も自覚していて、だからこそ一つ目の安全装置(・・・・・・・・)として採用した。


「おーおー、たーまやーってか」


 ぼそりと、PM9が呟く。

 気楽な言葉とは裏腹に、感情に喜びの色は無い。ただただ、彼女は彩に対して思いを馳せていた。

 ――なぁ、お前はそれで元気なのか。それで本当に満足なのか。……何がそこまで憎いのか、私は教えてほしいよ。

 愛を知らぬ少女は、彩の想いを理解出来ない。

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