第百五十五話 戦力集中
当日。
誰も彼もが顔に緊張の色を乗せ、戦場へと足を向ける。
相手は海を越えた先に居る巨大生命体。その物体はタコに形が近く、今は透明化によって姿を見せていない。
実験として敵に近い位置にまでボートで接近して攻撃を仕掛けたが、その弾は敵を通り過ぎて空へと消えている。さながら最初からそこには何も居ないと言わんばかりに攻撃の無効化が行われ、一部の指揮官達はその敵に以前情報に挙げられていたパワードスーツ達を想起させた。
それがあったからだろう。警戒に警戒を重ね、下手に手を出す事は絶対にしてはならないと総指揮を担当する本部の人間が命令し、そのお蔭か今日まで敵は静観を続けていた。
再度相手が動くとすれば、それは此方が敵の土地に上陸した時だけだ。
攻撃が失敗した時点で上層部側は侃々諤々に意見を発言し、特に誰が先発を務めるのかについては押し付けが発生していた。誰もが自分の基地の戦力を消耗させたくないと遠回しに拒否の態度を見せ続け、それはどちらの派閥においてもまるで変わらない。
デウスの消耗は、それ即ち権力の低下に繋がる。数は少ないものの再生産も可能であり、その力は最早言わずもがな。中でも誰もが知るような有力なデウスが消失する事態になれば、指揮官達のヒエラルキーの最下層に転がり落ちるだろう。
誰とて手にした権力を手放したくはない。相手が単純に数で押せるタイプであれば問題は起きなかったのだが、単体で撃破が難しいのであればむざむざデウスを出したくはない。
求めているのは勝率の高い策か、あの怪物に対しても一切引けを取らないデウスだ。
それがあれば迷いはしても人は選ぶ。僅かに残る希望に縋って、彼等は決死の殲滅戦に進むのだ。
必要なのは切っ掛けだけ。誰かが始めれば、その者に多くの責任を背負わせて追従するのみ。そんな都合の良い存在が出てくるものかと誰もが考えていた――――しかし、その渦中に飛び込む人間が居たのだ。
殆ど全ての指揮官が揃ったテントの中で、吉崎指揮官は静かに手を挙げる。その手に全員の視線を集め、岐阜や長野の指揮官は目を見開いて吉崎指揮官に顔を向けていた。
彼の顔は他のどの指揮官とも違い、自信に溢れている。先発として進んでも成功を掴んで見せると、彼は真実の部分を告げずに話を始めた。
内容は以前から只野と決めていた通り。
新兵器の情報と、その提供者が柴田研究所であること。今回は時間が無かった事で偶然目に入った吉崎指揮官に個人的に話が舞い込み、緊急的な発表になったと説明した。
本部の人間達はまたかと頭を抱えつつ、同時にその内容に希望を感じた。
時間は掛かるだろうが、それでも改造の施された件の武器を使えば対象を破壊出来る。当然抵抗も起きるだろうが、その点は最初から想定済みだ。
降って湧いた話だが、柴田研究所からであれば大多数は納得した。そう思われるだけの実績もあるからこそ、然程怪しまれる事も無く先発に決定された。
中にはそれでも無謀だと思う人間も居たが、デウスを差別する者達からすれば此処で反対派閥の人間が一人減っても喜ばしい以外に無い。結果を出されてしまえば少々不味いが、そうなるとも思い難いのが現状だ。
「吉崎殿! 今の話……」
その後の出撃順を決めて解散し、各々元のテントに戻ろうとする吉崎指揮官に岸波指揮官と伊藤指揮官が声を掛ける。
少々ばかり大きな声をしているのは、二人も解っているからだ。今回のこの先発決めについて、間違いなく柴田研究所は関わってはいないと。
武器の性能からそれの出処は一瞬で解った。彼等は皆、その性能を紙面や動画で実際に見ている。
だが何処で誰が耳を立てているかも解らない。吉崎指揮官は二人が確信を含んだ言葉を放つ前に、静止を込めて首を左右に振った。
その動作に二名は口から出そうな言葉を飲み込み、そのまま横一列になって歩く。
「どういうことですか」
「どうしたもこうしたもない。 研究所から話が舞い込んでな、私はそれを素直に受け入れただけだ」
「成程な……大体は理解した。 なら、囮としては此方の部隊を使おう。 時間を稼ぐならZ44の十八番だ」
「でしたら周辺の殲滅は私の部隊も参加させます。 相手派閥も反対はしてこないでしょうし、多少強引に入り込んでも問題は無いでしょう」
少なくとも、この吉崎指揮官の積極的な行動に関して只野が関わっているのは間違いない。
今あのメンバーが何処に居るのかは兎も角、一度は此処に来ているのは確実だ。そして今回の戦闘に対し、只野は参加しない。
参加するのであれば吉崎指揮官は他二名にも連絡を飛ばす筈だ。可能な限り成果を自身達の物として隠蔽する為にも、複数人での協力は避けられない。
それを最初から隠してでも話をしない時点で只野が参加しないのは明白だ。
故に、戦闘そのものに彼等の姿は無い。自分達が保有している戦力だけで占拠を完了せねばならず、目下最大の戦力は十席同盟だろう。
装備の質そのものは吉崎指揮官が持っている物が最高であれど、デウスの全てがそれで歴戦の戦士になれる訳では無い。単純な技量勝負に持ち込まれれば、流石に十席同盟の方が上だ。
「今回参加する十席同盟は確か七人でしたよね」
「ああ。 その内、前に出るのは五人だ」
「PM9とZ44に――後はあの三人。 大物を撃破出来れば、後の処理は比較的楽に進むと上は考えているだろうな」
十人中の七人が参加し、これは吉崎指揮官のみしか知らないが彩も居る。
つまるところ全体の八割のメンバーが参加し、その内の五人が今回一番最初に戦闘に参加する事になるのだ。
メンバー全員が各々役割を持ちながらも、その実力は高い。全員が参加出来ないのは沖縄や安全を確保出来ない海に対する備えだ。
そんなメンバーが揃っているからこそ、上層部も比較的楽観視しているところがある。
これまでの奪還でも最大で十席同盟が五名は参加していた。今回は一度退く事になったとはいえ、数は増加して八名である。
後続を安全に運ぶ為にも五名を投下して橋頭堡を作り上げ、残りの部隊で完全な殲滅を行う事で彼等は何とかなると考えているのだ。
あまりにも楽観的な思考であるが、実際に数で押し切れたのは事実。
これからもこの行動が成功するとは思えないものの、かといってそれで負ける事は許されない。軍のイメージ回復の為にも、沖縄を除いた全ての県を解放して世界に期待されねばならないのだ。
「……ここから先は俺の管轄エリアだ。 もう話をしても良いだろう」
「漸くか。 で、奴は何処に居る?」
小さく息を吐く吉崎指揮官に対して、素早く伊藤指揮官が質問を投げ掛ける。最も体躯の大きい人物からの重量を感じる視線に、吉崎指揮官は視線を前に向きながら狼の如く眦を細めた。
気になっているのは岸波指揮官も一緒だ。彼も前に出ると決めた以上、このまま何も聞かずに無関係を貫くつもりは一切無い。
ましてや、皆が皆只野達に期待を抱いている。総じてその動向を気にしてしまうのは当然だ。
「今は他の指揮官達が寝泊まるテントの中だ。 ヘリが今も物資を運んでいる所為で元の場所にまで戻せないからな。 この戦いが終わるまで、彼等にはそこで待機してもらうつもりだ」
「成程、戦力として頼るつもりはないのですね」
「頼ろうとしたら即座に彼女に殲滅されるだろうよ。 俺達が今も只野と繋がっていられるのはあくまでも彩が何もしてこないからだ。 只野が本気で拒否の姿勢をとれば、彩が黙っている筈が無い」
「あの娘の執着は尋常ではないですからね。 流石に自分ではあそこまで誰かを愛せませんよ」
人が人を愛する事は何ら不思議なものではない。
しかし、人とデウスが愛し合うのは難しい。岸波指揮官の場所でも、良くて友好関係を構築しているくらいだ。
共に飯を食い合う事はあっても、愛を語らう事は無い。それが出来てしまう彩と只野の関係は異端であり、異常であり、不可思議として映るものだ。
既に捨て去った感情の一つ。それがここまでの変革を見せ、新たな可能性を出現させた。
今の彼女を凌駕出来る存在が居るのかは解らない。単純な話、基礎の部分から何もかもが変わっているのだ。全体的なスペックが向上され、それだけでも既に全てのデウスを超えている。
「出来れば彩も出てもらいたいがなぁ。 ま、その辺は直接話してみるか」
「期待はしないぞ。 お前は既に彩からブラックリスト入りされているだろうしな」
「ブラックリスト入りは軍に入っていれば全員が入っているだろうよ。 そんな事を気にしても仕様がない」
皮肉交じりに告げる吉崎指揮官に、豪快な笑みを見せながら伊藤指揮官は返した。
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