第百五十四話 枷付きの暴力
千丁の銃というのはそれだけで圧巻を胸に抱かせる。
一丁一丁が人の使う範疇を超えた威力を持ち、その全てが俺に向いていれば即死は免れない。そんな武器が更なる改造を施され、今正に木箱にどんどん入れられていった。
彩は最初、一丁一丁を丁寧に作っていた。それは彼女なりに初めての作業だからだと思っていたのだが、途中からは五十丁くらいを一度に改造するという手段に出ていた。
慣れたのか、或いは丁寧にする必要等無いと思ったからか。兎に角彼女は途中から銃を一掴みにして、一気に内部メモリに流し込むような真似をし始めたのである。
その時の9Sの表情は非情に面白かった。人類逆転の装備がまったく時間を掛けずに量産されているのだ。
口を開けっぱなしにして彼女を見つめていて、その頬をシミズが指で突いていた。
ワシズは逆に9Sに近く、掃除機で塵を吸い込むかのような彩の作業方法に引いている。俺も初めて彼女が非常識な行動を此処で見せていたらドン引きしていただろうが、こういう事を彼女は当たり前に行う。
見た目の体裁だとかは彼女には関係が無いのだ。効率的に手早く終わるのであればそれを彼女は選択し、現に木箱は直ぐに満杯になっていく。
それを二人に指示して満杯になった木箱を移動させ、新しく空になった木箱に武器を置いて行った。
俺が出来るのは空の木箱を置くだけだ。大量の銃器の入った木箱を移動させられるのはワシズ達のみであり、俺が指示をしなければ彼女達はあまり動こうとしない。
「大食い?」
「その表現はどうかと思うが……解らないでもない」
ワシズの例えに、何処でその知識を手にしたのかと思いつつも一応の納得を示す。
大量に食らい続けている様は他のデウスにとっても異様に見えるだろう。本来であれば内部メモリはただの収納スペースでしかなく、そこから武器を取り出すか仕舞うかの二択しかない。
それを高速で行い続けているのだ。流石に異常だと誰もが思うのだろうが、短時間で作業を終わらせようと尽力する彼女には甚だ失礼極まりないとも感じる。
結局この作業は僅かな期間で終了してしまった。新しい彼女の異常性を垣間見る事になったが、終わった後の彼女曰くこれもまた肉体が変化したからこそ出来た芸当だという。
本人も大部分が進化したとは言っていたが、処理機能にも大分変化が生じていたという訳だ。
お蔭で吉崎指揮官を驚かす事に成功したし、報酬に色を付けてくれる事も確約してくれた。口頭なので嘘の線も考えられるが、此方には自動ボイスレコーダーである彩達が居るので言い逃れは不可能である。
「千丁もの銃をよくもまぁ短時間で終わらせたものだ。 はっきり言って異常だぞ」
「彩ですからね。 その辺はもう考えるだけ無駄ですよ」
「まったく、我々の所属であればもっと好待遇を与えただろうに……」
「ははは、それを本人の顔を見ながら言ってみませんか?」
指揮官用のテントの中で吉崎指揮官は珍しく呆れた眼差しを向けている。
待遇云々について漏らしているのは彼の本音だろう。今回の一件が彼にとって非常に喜ばしいのは真実であり、出来れば手元に置いておきたいと考えるのは自然だ。
自然であるが、その発言は失言でもある。今も背後では殺意満載の視線が俺を巻き込む形で吉崎指揮官に向けられており、元凶である指揮官はそれは御免被ると即座に話題を変えてくれた。
空気そのものは決して悪くはない。高いハードルを更に高く飛び越えてくれたお蔭で吉崎指揮官本人の機嫌も悪くはない。
一緒に来ていた9Sに至っては興奮している。これがあれば逆転も可能であると確信していた顔は、思い出すだけで頬を緩ませた。
「よし、では早速これを全デウスに支給しよう。 向けるべき相手を限定させ、極端に姿を見せないように此方も配慮する。 本部からは打診が来るだろうが、その時には柴田研究所の職員と共に対処しよう」
「外にあれを渡す予定はありますか?」
「無いとは言い切れんな。 誰だってあの装備の威力を見れば欲しがるのは解っている。 多少強引な手段を取ろうとも本部も欲しがる筈だ。 だが、それは此方にとって状況を変化させるカードとなる」
言いたい事は解る。
件の武器は人類にとって新しい牙となるだろう。それを使えばこの基地の優位性は高まるし、柴田研究所が優先的に装備を提供していたということで皆の目も良くも悪くも変化する。
そして、本部はデウスに対して差別的な思考を持っている者が多い。この明確な差を埋める為に強引な手段を用いてでも武器を手にし、何とか量産しようと画策する筈だ。
そして、その生産は不可能である。法則無視のメリット全盛り装備を人類の手で製作するなど不可能であり、その方法を求めて無数に話し合いが起きるのは明白だ。
もしも武力を持って脅そうとしても、PM9が居る。他の十席同盟が出張って来ても、根本にデウスの差別が含まれているのであればまともな戦いを選択しないだろう。
「もしもの場合には武器の放棄も検討しておこう。 あれが危険物であるのは言うまでもないからな」
「柴田研究所からの発表は何時頃になる予定で?」
「この奪還が終了した頃を見計らって行う。 あそこは何時も発表を遅らせているからな、その所為で何時も何時も此方は対応に追われてばかりで……」
「司令官、愚痴は今はよしましょうって」
中々に研究所に対して鬱憤が溜まっているのだろう。
思わず出てきた愚痴に、9Sは即座にフォローを出した。あまり愚痴を聞くのは俺達も嬉しいものではないし、本人も吐いている様を見せたくはないだろう。
おっとすまんと吉崎指揮官は謝罪を入れ、そのまま互いに予定の調整に入った。
武器そのものは用意した。後は結果を出してしまえば、状況は否が応でも勝手に進む。開始時には四日後と決められていた日数はもう直ぐそこにまで接近していただけに、坂道を転がり落ちる程急速だ。
吉崎指揮官が保有する全デウスに彩の施した強化専用装備を持たせ、第一の条件として巨大な怪物を撃破する。
最初にそれを破壊しなければ再度の上陸も不可能となっているのだ。前提条件として存在する化け物を打倒し、静岡基地にとって優位に動かす。
「よし、現時点で君達の仕事はこれで終わりだ。 出来ればこのまま元の場所にまで送りたいが、今は無数のヘリが物資を運んでいる。 これが終わるのは作戦開始直後まで」
「つまり、俺達はこのまま作戦を見ていろと?」
「そうなるな。 なに、出撃命令は出さないさ」
一ヶ所に物資を集中させている以上、一台でも方向が違うヘリが居れば事故の元になりかねない。
普段であればもっと警戒もしていただろうが、今の彼等に余裕と呼ばれるものは皆無だ。危険な真似をしてでも、作戦開始時にまで準備を終わらせておきたいのだろう。
俺達は此処から動けない。であれば、大人しく後方で待つだけだ。
このまま徒歩で離れようとすれば別の基地の者に止められるだろう。俺達は一応は正式に此処に入っているが、なるべく面倒には関わりたくない。
了解とだけ告げ、そのままテントを出る。
「――全て上手くいきますかね」
「どうだろうな。 上手くいけばそれで良いし、上手くいかなきゃ別に考える必要が出てくる。 だが、彩は静岡基地の一人勝ちにするつもりは無いんだろう?」
俺の質問に彩は少女のように微笑みを向ける。
その顔にある肯定の意志に、背筋に寒いモノを感じた。
「このまま私が素直に武器を渡す訳が無いじゃないですか。 軍の誰かが勝つ? 私の武器を使って? ……有り得ませんよ」
「だろうなぁ。 お前がそんな事をしたら偽物だと直ぐに確信するよ」
これまで吉崎指揮官とは詳しく言葉を交わさなかったが、武器を譲渡する事について彩が容赦をする筈も無い。
彩ならば誰にとっても得をしない結果に終わるのは目に見えている。研究所ですら、彼女は手を抜かないだろう。
彩は新たに複数の装備を出現させた。その二つをワシズとシミズに投げ渡し、二人はそれを素直に受け取る。
視線には何故という二文字。彩がそれをする筈が無いと思っているからこそ向ける眼差しに、当の本人は珍しく口笛を吹く。
「一応の保険です。 二人にも相応の武器を持たせておけばいざという場面で活躍するでしょう? 勿論、それにも安全装置は付いていますが」
「……相変わらずだな。 もう少し二人を信用しても良いんじゃないか?」
「信用してますよ? これでも、二人には期待していますから」
でなければ途中で処分しています。
まったく悪びれもせずに言い切る彩は何時も通りだ。ワシズとシミズも慣れているのでそこには一切反論せず、件の武器を内部メモリに押し込んだ。
事態はこれで加速するだろう。それがどうなるかは、彩の安全装置の内容次第だ。
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