第百五十一話 一人の値打ち
『突然そちらにPM9を送った事については謝罪しよう。 だが、此方にも相応の理由があると理解してもらいたい』
「それはPM9に直接聞きましたので構いません」
ヘリの周囲を兵士で固めさせ、基地に居た頃のように俺達とPM9は廃墟の一室に入った。
入る瞬間に遠目から見えた難民達の表情は非常に複雑だ。俺達は軍に属していないと言っていたにも関わらず、突如として軍用のヘリが姿を現した。
それだけで俺達の信用が低下したのは言うまでも無い。そして、その嘘を今から払拭する手段も無い。
先ずは目先の問題だ。全員に他に接近する者が居れば追い払ってくれと告げ、手早く小型端末を起動させる。番号はPM9が提供したものを使い、早速通話を開始した。
吉崎指揮官からの言葉は俺にも解る。現状において、デウスの新しい可能性を付与させたのは認識出来る範囲内で俺達だけだ。
探せば他に居るかもしれないと考えても、その確率があまりにも低ければ探す手間がかかり過ぎる。
そうするくらいならば既に解っている者と接触するのが一番であり、故に長い建前は今は一切必要無い。
だが、それでも俺達には俺達の用事がある。特に今は初動も初動だ。此処から方向性を決める時でもあるので、そこを邪魔されるのは俺にとって非常によろしくはない。
ならばさっさと断るべきなのだが、そうする訳にもいかないのが切実な現実である。
通話先の相手もまた、俺達に資金を提供をしてくれた相手なのだ。所謂スポンサーめいた存在であり、勿論それだけではない。
その証拠に、吉崎指揮官の言葉には弱気が無かった。
この話が確実に通るとまでは流石に思っていないようだが、同時に不味い結末にもならないとも思っている。
「話そのものは聞きましたが、我々は少数ですよ。 例え参加したとして、それが一体何の力になるというのですか」
『まず一番に頼りたいのは彩の力だ。 単体としての力量に加え、やはりあの炎は強力に過ぎる。 超能力をまるで意に介さずに対象を燃やし尽くしたその能力は、我々の技術力を遥かに超えていると言えるだろう』
「確かに、その点については納得出来ます。 ではそれで対象が死ぬまで燃やすおつもりで?」
『まさか。相手が大人しく燃えてくれるとは流石に思わんよ』
彩の能力によって、既存の法則を無視して対象をのみを破壊する事は出来ないでもないだろう。
本人に無言で視線を送れば頷きで返してくれたし、相手が何もしないのであれば時間は掛かるだろうが対象を殺し切ることは出来る。
だが、相手は人類にとって新種だ。他にどんな攻撃を取るかも解らず、故に吉崎指揮官が純粋に彼女の攻撃力だけを頼っている訳では無いのは解った。
『俺が求めているのは彩の強化装備だ。 あの武器は確かに最初は彼女の専用装備であった筈なのに、今は単純な専用装備としての形では無くなっている。 あれは出撃時には無かった装備だろう? 修理時にその辺もチェックしていたそうだからな』
「……ええ、その通りです」
苦々し気に彩が言葉を返す。
スピーカーモードなので全員が話を聞いており、誰もそのことについて口を挟まない。
修理は岐阜基地で行われた。その時の情報は伊藤指揮官が聞かなければ解らないものであり、つまり今回の件には多少なりとて伊藤指揮官も絡んでいる。
そして、修理時に確認した内容には一切含まれていない装備が突如として戦闘の場に姿を見せれば、件の能力を調べている者は無数の情報から推測を立てるだろう。
既存の技術では再現は不可能。彩だけが特異な現象を発生させている。
こうなれば、例えそれが荒唐無稽なものであっても一度は考えてしまう。――それが何処から出現したのかと。
『彩、君は恐らく内部に取り込んだ物体を自身の望む形に再構築する事が出来る。 荒唐無稽な話ではあるが、俺にはそういう風に見えてしまった。 これが間違いであるならば今直ぐに言ってくれ』
「――――いえ、間違いではありません」
確認の声に彩は隠す気配も見せずに応と答えた。
これを敢えて隠す事は出来る。しかし、隠したところで資料や映像としては確り残ってしまっている。
下手な嘘など無駄だ。ならば真実として話してしまった方が円滑に進める事が出来る。そして、相手がそれを確認してきた時点で何を言いたいのかは理解出来た。
強化装備はあの戦いから一切姿を見せていない。過剰な武器だと思うし、本人もそれを見せる相手は選んでいる。
無闇に見せびらかす性格はしていないので隠れて出していたということも無いだろう。
故に、正確な装備の質を俺は知らない。現地に居たワシズとシミズとPM9の方がもっと知っていると思っている。
『俺が求めているのはその能力だ。 彩のメモリ限界にまで装備を詰め込み、新種の生物に対抗出来る物を開発する』
「それを表に出した場合、彼女の存在については言うつもりで?」
『出来る限りの隠蔽は施すつもりだ。 その件も兼ねてデウスの素体や装備を開発している柴田研究所にも既に接触を図った。 ……あちらは秘密主義だからな。 デウスに関係する重要事項はどんなものであっても必ず隠し通す』
「では、そっちも彩の異常に関しては把握しているのですね」
『ああ。 見解を尋ねてみたが、可能性の一つとしてはやはりコアだそうだ。 あれに関しては研究所の職員の誰もが解明出来ていない。 完全なブラックボックスであるならば、そういった機能を柴田博士が仕込んでいたとしても不思議ではないそうだ――――君達だけがその内容を知っている訳になるな』
最後の部分には僅かに恨みが募っているが、それを無難にスルーしておく。
話の合わせ方としては彩が作り出し、それを吉崎指揮官が配り、理由を研究所が作る形だろう。理由説明の追求も研究所の人間であれば幾らでも作れそうだ。
一番の問題は何故それをもっと早く用意しなかったのかだが、実験兵器として配れば表上の違和感は無い。
尤も、流石にこんなタイミングだ。現場の人間も都合が良過ぎると訝しむのは想像に難くはない。だが、然程深く考えずにその武器を使うだろう。
選り好みをしている時間は無いのだ。どれだけ時間を掛けても解決の糸口が浮かばないのであれば、多少の時間的余裕を確保していても無いも同然である。
『彼女を戦闘に出すつもりは無い。 それはお前の望む事ではないだろうし、彩の望む事でもないだろう。 だから、最小の協力で最大の利益を得る。 その為に手を貸して欲しい』
「…………」
吉崎指揮官の協力内容は決して俺達にとって悪い話ではない。
だが俺が決めるべき立場に居ないのは確かだ。実際にやるのは彩で、俺はただ彼女がそこに居る理由となるだけ。
彼女が否と首を横に振るようであれば残念ながら決裂だ。妥協案を互いに探り合うことになるだろう。
彩も暫くの間悩んでいるのか、立ったまま目を閉じている。
普段であれば瞬き一つもしていなかったその姿に、彼女の真剣さが見えた。その武器を提供することのメリットとデメリットを天秤に乗せ、彼女は更に自身の感情を乗せて傾く方向を決めている。
これが感情だけを優先すれば、彩は間違いなく否に傾く。それはこの場に居る全員が解っていることであるし、彩に対してだけ軍が提案をしても却下したことだろう。
それだけの嫌悪がある以上、彼女が感情だけで決めるべきではない理由を作る必要が出る。
『そちらが協力してくれるのならば、事前に只野が伝えていた援助を行おう。 軍としてもまったく救済をしないというのは不味いからな。 通報を受けたとして滋賀基地に話を通せば文句は出まい』
「……良いでしょう。 ですが、条件を付けさせてもらいます」
『ふっ、お前は本当に只野の事を好いているな』
「無論です。 この想いは、きっと他の人との間にはもう芽生えないでしょうから」
彩の重く、純粋な言葉に電話先からは再度笑い声が聞こえた。
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