第百五十話 心を覆う闇
一台の黒いヘリが俺達が掃除した広い道路に着陸する。
ヘリの側面には確りと日の丸のマークが描かれ、その姿に俺達以外の全員が警戒するのは当然だ。
特にこの場において纏め役である春日に至っては既に角材を構えている。相手が話をまともに聞こうとしない軍属であればと考えて武器を用意したのだろうが、中から最初に出てきたのはPM9だ。
その後に普通の兵士が姿を見せていき、俺達の前に横一列で並ぶ。武器は持っているものの、その銃口は今は此方に向けられてはいない。
嫌な事を知ると、立て続けにそれが連鎖する。俺達が積極的に関りたくない事情ばかりがやってきて、最終的には深く関与することになるのだ。
ワシズもシミズもヘリの音を聞いて一目散に此方に来てくれていた。武器まで出して警戒するその姿は、明らかに友好的とは言えない。
「よ、暫く振り。 元気にしてたか!」
「ぼちぼちって感じだ。 で、どうして事前に連絡を入れなかった?」
相手が此処に来るのは百歩譲って良い。
だが吉崎指揮官は俺の連絡先を知っている。もしも忘れてしまったとしても岸波指揮官経由で予定を伝えれば良い。
こんなのは常識的な話の筈だが、流石に彼女達も解っているだろう。それでもこうして急遽来たのは、もしかすれば俺達がこうして活動している事を何処かから掴んだのかもしれない。
しかし、件の彼女は現在北海道に居る筈だ。此処に居るとは到底思えず、だからこそその辺をぼかしてPM9に尋ねた。
彼女もその点は直ぐに解ってくれたのか、頬を掻きながら訳を語る。
「北海道の奪還に失敗したってのはもうニュースになってるだろ? 新種の奴が出てきて撲滅に失敗したっていうあれ」
「ああ、さっきまでその話をしていたところだ。 連日放送されているが、そっちは大丈夫なのか?」
「――正直に言うなら、ちょいと不味い」
俺の心配の声に彼女は視線を逸らしながらも正直に答えてくれた。
彼女が何も隠さずにそう言ったということは、即ちそれだけ追い詰められているということだろう。
件の北海道奪還に到達するまで様々な出来事が起きた。勿論それは俺達の主観が多く入っているが、中には軍も無視出来ない事件も起きていたのだ。
一番の事件と言えば直近のパワードスーツ達による街への攻撃だろう。加え、マキナ関連の施設破壊などを軍は行ってきただけに本来回せる分の戦力が明らかに不足している。
二回目を想定していた分、今はまだ大丈夫だろう。しかし、時間経過によって彼等も選択を迫られる。
前進するか、それとも後退するか。――どちらを選ぶかは、今の情勢を考えれば言うまでも無い。
PM9の表情には普段の力強い笑みが無かった。瞳も真剣そのもので、彼女が此処に来たのは緊急なのだろう。
連絡を入れる余裕は最初から無かった。半ば押し掛けるような形で此処に来たのは、そうしなければ俺達がまともに動かないと考えたのかもしれない。
それを指示したのは吉崎指揮官だろう。彼であれば俺の考えている事を解っているだろうし、最初の時点で基本的に誰かに対して提案をする事は基本的に無かった。
位置についても、吉崎指揮官ならば知っていて当然だ。
そうなるようにしたのは俺であり、半分くらいは自業自得である。
「損害そのものは別に良いんだ。 いや、実際は良くはないんだが……損害そのものは軍もあまり重要視していない。 上が気にしているのは怪物の討伐方法だ」
「何故だ、以前にも大規模な戦闘はあっただろうに……。 何か進行不可能な要因が発生しているのか?」
「撃破だけなら出来る。 透明化によって見えなくなっているとはいえ、適当に餌をちらつかせば奴は簡単に釣れるのは判明しているからな。 問題なのは、奴の散布する毒だ」
「毒?」
「――奴の毒は散布した後もその地点に留まり続ける。 濃度も変わらず、少なくともここ一週間の中で減衰する気配は一度として無かった」
彼女の話を聞き、思わず顔が強張った。
情報通りであれば件の毒は人間を容易に死に至らしめる。一度でもその毒を体内に吸引してしまえば手遅れであるのは言うまでも無く、ガスマスクを使ってもフィルターには限界があるだろう。
かといって酸素ボンベを担いで活動をし続ける訳にもいかない。酸素の容量がそのまま活動限界となる以上、どうしたとしても北海道にそのまま滞在するのは不可能だ。
デウスだけで活動をするという案はある。衣服や肌等に毒が付着するだろうが、その点はパーツを全面的に交換すれば問題は無い。
しかし、それもまた否だ。
「デウスだけで活動するのは無しだよな。 物資を運ぶ担当も無く、現地で応急処置を行う為の手も無い。 加えて周りが怪物だらけの中でデウスの数割が手当てに向かえばその時点で戦力の低下は避けられない」
デウスが戦い、敵を撃滅する。
それが軍や俺達が望む理想の形で進めばそれで構わない。そのまま動き、ゆっくりとではあるが徐々に北海道を元に戻していけば良いだろう。
だが、そんなのは理想も理想。現実は確実にそうはならない。既に一度理想とは異なる形になってしまった時点で、そんな楽観的な思考は誰も出来ない筈だ。
それでも有効な手を考えず、今もなお行けると言うのならばそれは無能の烙印を押されるだろう。
俺は指揮官でも何でもないが、出来るのならばゆっくりとした行動が求められる。だが、PM9が此処に来たのならばゆっくりとはしていられないのだろう。
「俺達……いや、彩に解決してもらおうと?」
「いや、全員だ。 悪いとは思うが、指揮官からの指示だ。 私としてもこのまま停滞する状況はよろしくない。 情報の開示を行う為にも北海道にまで来てくれないか」
PM9の何も隠さない口調に、普段とは違う色を感じた。
常日頃であればもっと口調が悪くなるものだが、その辺が一切無い。砕けた言葉でありながらも、これが彼女なりの仕事モードなのだろう。
デウスである以上は真面目な部分も必要となってくる。解り切っていてもそれを教えられ、しかして俺は彼女に向かって否を突き付けた。
俺の言葉に彼女の瞳に鋭いものが混じる。一緒に来ていた兵士達も一瞬だが武器を持つ手を動かした。
不穏な気配が流れ始め、全員が身体に力を入れ始める。相手が動いた段階で彩も本気で殲滅を開始するだろう。
最近では暖を取る以外の方法で使用されなかった炎も彼女なら確実に使う。何ならあの時使っていた特殊兵装も呼び出してしまうだろう。
此処で戦うのは無しだ。
第一、俺としてはそもそも戦闘を行うつもりが無い。無意味な事で余計な消費が発生するのは、ただの無駄だ。
この空気を打ち破る為に一度大きく手を叩く。それだけで彼等は一斉に動き出そうとするものの、PM9の一喝によってその動きを静止させた。
権限としては彼女の方が上なのだろう。であれば、話を付けるのは然程難しくはない。
「……俺達が参加したとして、それが状況の好転に繋がると思うか? 確かに彩は強いし、ワシズやシミズだって自慢の子だ。 単純に強さをだけを質問されれば、俺は自信を持って言える。 だが、たったの三人だぞ?」
「その三人がこれまで起こした事は何だ。 ……今はまだあれに関わった全指揮官が知らん顔を貫いているが、何れ隠すことは出来なくなる」
途中から俺の耳元まで近付いて話した彼女の言葉に、まだあれは上は知らないのかと思う。
既にそれは教えられていると思っていたのだが、三人の指揮官は全てを隠し通したらしい。どうやって隠したのかは不明であれど、それについては指揮官達に感謝だ。
PM9の言葉は俺達に対する期待と、言外の脅しが込められている。無視をすればよろしくない結果になるだろうと彼女は告げていて、しかして彼女のその対応は間違いだ。
俺の傍に居る彩は一度でも敵と認定したら二度とその認識を変えない。何をもってしても潰そうとするだろうし、何なら今此処で暴れるかもしれない。
「……一先ず、話が急過ぎる。 俺達も俺達で此処を迂闊に離れられないんだ。 吉崎指揮官も交えて話をしよう」
これはやらなければならないかもしれない。
そう思うと、俺の心には暗い思いが宿っていくのだった。
よろしければ評価お願いします。




