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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百四十九話 不吉の声と黒い空

 二ヶ月も間が出来れば防腐処理の施されていない食物は全て腐りきる。

 それは此処の街も例外ではなく、二ヶ月も経過すれば溜まりに溜まった食料の山も殆ど食べられなくなってしまう。

 尤も、そうなることは事前に解っている。そうなる前に全員で食べきり、今では食糧庫は実質的に缶詰置き場として機能していた。

 食料は毎日必要になってくる。肉も欲しいので罠等を自作し、銃を用いない捕獲方法を使って鹿や猪を狙う。

 何れは海等にも進出して魚を手に入れたいが、現状において何処かに出掛けるのは危険だ。少数に別れての行動は相手にとって殺すには都合が良い訳で、故により万全な状態を整える必要が出てくる。

 その為の更なる一歩としては、移動方法の確保だろう。幸いと言うべきか、この街の中には無数の置き去りにされた車が存在している。


 それ以外にも放置されたトラック等も存在し、その全てが太陽光発電で動けるタイプだ。

 パネルが破損している車両も多く存在しているものの、パネルそのものは無事な物と交換すれば再度動かす事が出来る。この部分に関しては急速に技術が発達したお蔭で然程難しくは無い。

 仮に一般人では無理でも、その辺の技術は彩達が持っている。時間は掛かるが頼る事で解決も出来た。

 食料の方に関しては一先ず野菜と缶詰で腹を満たす事が出来るので問題ではない。だからこそ移動手段に手を出せたのであり、複数人の男達が全員で作業をすれば数十台の車を用意するのは可能だった。

 

 ただし、交換をしたからといって直ぐに動かせる訳では無い。

 当たり前であるが、充電期間は必要だ。幸いな事に今日は晴れの日であり、一日中屋外に車を出しておけば充電も無事に終わるだろう。

 その間に瓦礫の除去や住処の掃除とやるべき事をやり続けていけば、時間なんてものはあっという間に過ぎていく。

 俺が此処に居るのも本来であれば一日にも満たない筈だった。にも関わらず、既に二ヶ月も経過しているのである。

 最早行った場所は無いと言える程にこの街を歩き回ったし、物資の殆ども急造の倉庫の中に納まった。

 怪我人も殆どが無事に回復し、俺に感謝をしながら共に作業をするくらいだ。彩の塩対応にも皆が慣れていき、ワシズとシミズは何時の間にか街の女性達からマスコット扱いを受けるようになっていった。

 

「順調そのもの――――そんな時に嫌な話はやってくる、と」


「情報は一週間前のものです。 現在の情報をリアルタイムで掴めないのは個人的によろしくはありませんね」


 小型端末に送られてきた緊急メール。

 大型の地震や巨大な津波が発生した時に送られてくる緊急メールは、廃墟の一室で休んでいた俺の所にもやってきた。

 内容は北海道奪還について。公式見解による詳細な情報がメールには載せられているが、その内容を短く纏めるのであれば失敗(・・)の二文字だ。

 全体の八割が参加した北海道奪還作戦。そこにはPM9の指揮官である吉崎指揮官も参加している。

 他にも大量のデウスと兵士が投入され、怪物の巣と渾名されている北海道を一気に取り戻そうとしていた。

 その作戦が失敗し、今は青森に下がっている。数万にも及ぶ被害を発生させ、数々の毒や怪我によって今後の被害が更に増すだろうと国会からは発表されていた。

 原因はただ一つ。これまでに相対していた怪物達の中から新種の生物が出現したことだ。

 数は一。しかしそのサイズは、北海道全域を覆い隠す程の巨体さである。


 その情報に思わず過去の百足を思い出すが、大きさそのものはまるで違う。

 厄介なのは発見当時の情報だ。件の生物が出現した時、突入していた部隊は突然昼から夜に変わったという。

 その理由は明々白々。その身体で北海道そのものを丸々覆い隠したのである。内部には毒ガスが流し込まれ、それを僅かでも吸った人間は一分程度で死に至った。

 生き残れたのは当時北海道に辿り着いていた三万の内、約五千。覆い隠した部分にある僅かな隙間から海へと潜り、上陸に使用したボートを使って帰還している。

 この情報によって無数の軍の批判記事が挙がっているが、誰も彼もが解決方法を模索していない。

 まるで命令でもされたかの如く、軍への批判ばかりが集まっている。実に馬鹿らしい行動だ。


「失った戦力を取り戻す為、デウスの製造は急務となっているようです。 これは岐阜基地のデウスから送られた情報ですが、彼等の戦闘技術が評価されて一時的に教官となって活動しています。 遠くない内に私に近い動きをする者達で溢れることでしょう」


「それだけが良い情報だな。 これで伊藤指揮官の評価も上がるだろうさ。 ……だが」


「ええ、それで次が成功に繋がるのでしたら何の問題もありません」


 彩の指摘は事実だ。これで彩に近い技術を身に着けたとして、それが件の怪物に対して特効とはならない。

 ただ能力値が上がるだけ。それで解決するのなら、そもそも万単位で被害など発生はしないだろう。

 此方にも岸波指揮官からメールが来ている。その文面には怪物の特徴が書かれ、今現在はその怪物は透明化しているらしい。

 襲う瞬間にだけ出現すると軍は予測を立てており、話を聞く限りでは俺もそうではないかと考えている。

 温度、電磁波、音による索敵は全て失敗。完全に認識不可能となっているあたり、襲う瞬間でなければダメージを負わせられないのではないかと岸波指揮官にはメールを送っておいた。


 再建の間にもう一つの騒ぎが起きている。

 今であれば滋賀の基地も静観の構えを続けるのは不可能だろう。現に此処に居た兵士達は総じて戻っている。

 今頃は追加の部隊としてその兵士達も青森に向かっている筈だ。近い内に二回目の攻撃が開始されるだろう。

 北海道は調査があまり出来ていない土地だ。俺達の知らない生物が新たに出現していたとしても不思議ではなく、しかして今回大物が出現したのは流石に予想外だったのだろう。

 備えをしても容易く粉砕する。これこそが怪物が怪物である事の所以だ。

 これを突破するには、それこそ全員が彩のようにならねば芽も生えないだろう。――或いは突然変異レベルの天才が解決方法を見つけ出すのを待つくらいか。


「これで食料問題は更に加速する。 諸外国からの援助もあるだろうが、それだけで全てが解決するとも思えない」


「抗議文は何処の国でも発生しています。 早めに対処しなければ遠くない内に此処にも影響を与えるかもしれません」


 直近で考えられるのは物価の上昇に、人手不足。

 最終的には人間は殆ど居なくなるかもしれない。これまでも県の解放は行ってきたが、大物過ぎる相手は流石に何回も行ってきてはいないだろう。

 彩の話の中でもその存在を聞いたのは一回だけ。今回そんな相手が出てきているとしたら、苦戦は確実だ。

 だが、そうであるからといって俺達に何が出来るというのか。

 彩という存在一人で対処出来る範疇であればまだ考える。しかし、北海道を丸々隠せる規模の相手にどう戦えというのか。

 そもそも、俺達が手を出す問題ではない。

 問題ではないが、かといって俺を知る軍属は間違いなく接触してくるだろう。

 

 そう思った――――刹那、彩が自身の耳に手を当てる。

 その仕草は通信のポーズだ。急いでいる際にはしないその仕草を彼女が今行うということは、ワシズかシミズからのもので間違いない。

 だが、彼女の真剣な表情にもしやと思わずにはいられない。

 新しい厄介事に飛び込まなければならないと心の何処かが告げ、それに対して強く否を突き付けられないのだ。

 部屋の外からプロペラの回転音が聞こえてくる。開きっぱなしの窓から顔を外に出すと、今正に黒い見慣れたヘリが上空をホバリングしていた。

 ドアも開かれ、そこからこれまた見慣れた少女の姿も見えてくる。

 犬歯を剥き出しにして笑みを浮かべる少女の名は――――PM9だった。 

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