第百四十八話 敵の目・鷹の目・私の目
俺達の活動はまったく隠してはいない。
誰かが探りに入ろうとすれば余裕で探れるもので、それを俺はまったく隠すつもりはなかった。何せやっている事はただの慈善事業のようなものである。
勿論、何の見返りも無い活動をしている訳では無い。俺の求めている事と彼等の求めている事で利益が生まれるからこそ、今は問題らしい問題が起きていないのである。
三週間が過ぎても暴動の一つも発生せず、彼等の表情にも笑顔が増えた。綺麗で広い空間を用意したお蔭で怪我人達も安心して過ごせる事が出来るようになり、順調に怪我も癒えてきている。
だが、俺達の中には医療に関する知識を持っている者は少ない。骨折をした者も軍人達の手当によって無事に治り始めてきているが、何時重大な傷や病気が発生するか解らないのである。
目下最大の懸念はそこだ。病気や怪我に関する知識を多く保有し、実務の経験のある医者が居ない。
欲しいと思ってもその手の人材は非常に貴重だ。誰だって保護するだろうし、こんな場所には移ってはくれないだろう。
基本的に医者は絶望的だ。だからこそ、その世話にならない為に環境を整える必要が出てくる。
その第一段階として図書館の掃除を行ったのだが、件の場所は想像以上に広かった。三階建ての建物全ての机と椅子と棚を撤去し、その内机をそのままベッドに改造したのである。
椅子も必要数以外は適当な部屋に纏めて置いておき、棚と本は男性陣と一緒に物資置き場に置いてきた。
棚は家具として優秀であるし、いざという時の逃走用障害物に使う事も可能だ。
本には植物を育てる専門の物もある。技能を磨きたい者にとっては図書館の本が役立つだろう。
俺もお世話になる事が多いだろうが、何処かで一日中本を読む生活は残念ながら送れない。子供達の教育本となるのが現状において最良の使い方だろう。
さて、そんな風に大人数で街の中を多く移動していたら他から見られるのは当然である。
この場合の他というのは隔離した側、つまりは安全地帯に居る者達だ。彼等は俺達がどうしているかを見て、徐々に徐々にと好転していっている状況に焦りを感じている。
明確にそうだとは言えないが、しかし一度も俺達側から情報を流していないにも関わらずに街に寄り付く人が増えてきていた。
最初はただの見物人が面白半分で近付き、そこから広がったのか無数の人々が週三くらいで立ち寄ってきたのである。
その中には物資の無償提供なんて事もあり、人情味に溢れた者達が多かった。未だ世の中には腐っていない人間も多くいるのだと再認識させられたが、同時にどうしても腐っている人間も出てきてしまう。
一部では此処の者達を愉快気に殺そうとする者達も出現し、その度に俺達が秘密裏に処理したものである。
何かしら理由があれば殺しはしなかったが、相手は殆どの場合殺す事に喜びを感じていた。酷い場合は強姦未遂なんて出来事も起きてて、そちらもそちらで処分判定を下している。
最近では警備担当を決め、周辺を練り歩くようにさせていた。主な人数は三十人で、朝昼晩で十人ずつで回している。
「――まだ三週間だぜ? なんだよこりゃ」
新しく用意した廃墟の一室。
話し合いをする為に用意した部屋の中で、細かな傷が残る木製の机の上に春日は紙束を置く。
その顔には忙しさによる疲労が色濃く残っていた。リーダーとして数々の意見が彼に集まるからこそ、当の本人には無数の負担が集中してしまう。
最近では二人程部下を用意して回しているそうだが、それでも書類となって運ばれる情報の山は巨大だ。
最初の頃では一切見なかった紙が異常な速度で被災者達に浸透したのは、一重に携帯等が壊れているからである。
逃げるのに必死だったからだろう。生きていても液晶が割れているので画面が見えず、まともに使える様子は依然として無い。
「やることが増えましたからね。 必然的に仕事量も増えるものですよ」
「簡単に言いやがって。 増やしたのはお前の所為だろうが」
小言を呟きながら紙を幾つか捲り、その内の一枚を俺に渡す。
情報は此方を見ていた者達について。観光めいた者達や犯罪者も含め、街に来ていた者達の中には明らかに毛色の違う者達が複数確認出来ていた。
誰かと混ざって会話をするでもなく、無作為に悪意を振り撒く訳でも無い。普通にこの街に暮らす者達と会話をしながらも、その言葉はまるで此方の情報を探っているようだった。
複数人からのその情報を見た俺達も実際に現場を見ている。旅人風の恰好をしていながら、一部身に着けていた物は不自然に新品であったからマークをしていたのだ。
「……恐らくは知事に命令されて調査に来たのでしょうね。 あちらにとっては何が起きているか解りませんから」
「どうする。 まだ奴は居るみたいだし、潰すか?」
「それをしては更に警戒されます。 かといって脅しても無駄でしょう。 その程度は知事も保険を掛けている筈です」
調査員が来るのは解っていた。
俺達の現状を調べ、その上で今後の対策を練るつもりだろう。今度もまた何処かの武装組織を頼るかもしれないし、彩達の特殊性を利用して俺達を犯罪者だと指摘して捕まえに来るかもしれない。
どちらにしても、何処かで再度の衝突が起きるのは解ってはいる。それが何時かは不明であれど、本来であれば放置をするのは得策ではない。
されど、では捕まえたとしてどうするというのか。
拷問をして逆に情報を貰う?殺して伝わるのを阻止する?――――そんな事をしても無駄に終わるだけだ。
確かに此方の情報を渡さないのは俺達にとって有利になるだろう。しかし、それをすれば相手は正当な理由を持つ事が出来てしまう。
俺達が和解の為に送った使者を殺したと、そう嘘を吹聴すれば最後だ。
だから、殺しはしないし見逃しもする。
情報漏洩は防ぎたいが、現状においては俺達は脅威とは見なされまい。相手が侮ってくれている内に状態を万全なものにする。そして、それこそが相手の民衆が掌を返す瞬間だ。
誰だって生きていたい。不安定な橋の上でなく、叩かれた石橋の上で生活を送りたい筈である。
それを用意するのは難しいが、出来ない程難しいものでもない。やろうと挑めば出来ると旅に出てから学んだ身として、俺はそれを実践するのみである。
人々を救済にするのが目的ではない。俺達がすべきなのは、俺達にとって都合の良い未来だ。
「見逃す形でお願いします。 その間に此方も野生動物の住処などを探しておきましょう。 例え缶詰等が無くなったとしても肉が食えるようにする為にも、生息分布は作っておきたいので」
「次から次へと言いやがって、これで此処が壊滅するような事があれば死んでも殺してやるからな」
「勿論ですよ。 私だって潰したい訳ではありません。 あと、これ地図です」
「けっ」
引っ手繰るように俺が差し出した地図を取り、春日はそのまま部屋から消えていく。
足音が消えていくのを確認した後に、口からは疲れの滲んだ息が出た。
慣れない口調と顔を維持するのは疲れる。相手が此方が格下であると思わせない為のものだが、そんなことをせずとも彩達が力を見せ付けるだけで解決しただろう。
今更この表情と口調を変えることは出来ない。最後までこのままを貫く必要があり、これが責任ある立場の重さかと胃の辺りを抑えた。
彩もシミズもワシズも、今は此処には居ない。
勿論呼べば直ぐに来るだろうが、人々の為に活躍している彼女達を呼ぶことはしない。
彼女達の意識がどれだけ変わるかは解らないが、実際に此処で暮らしていけば更に人間の善悪も学ぶだろう。
自分達が教えられたこと以上の情報を知った時、彼女達の思考が何処に行き着くのか。
その結末もまた、俺には楽しみだった。
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