第百四十六話 機械を操る人、人を操る機械
食料の分割は無事に終了した。
一斉に取りに行かせる形にしたが、量が量だ。未だ山は完全に崩壊せず、寧ろ全員に食料が行き渡ってもまだ余裕がある。その中には今日明日中に消費せねばならない物も存在し、彼等にはそちらを最優先に食べる事を伝えておく。
大量に食料が存在すれば、彼等は勝手に分配を行う。その中には不当な分配方法を行う者も出現するが、その時には此方から注意をすれば良い。
今後も食料が余るとは言えないが、現状においてはまだまだあるのだ。こんなタイミングで下らない悪事を働くなど、まったくもって効率的ではない。
それでも非効率な真似をするようであれば、処分も止む無し。ディストピアめいた政治などしたくないが、悪事には刑罰をもって対処しなければ人間は容易に悪に傾く。
善性を信じたいのだが、どうしたって悪はあるのだ。それを無いと無理矢理断じる事は誰にとっても不可能である。
一先ずとして、食料に関しては経過を見るしかない。取り合えずは俺達が立たずとも夜中には誰も境界線を越えようとはしなかった。
やはり彼等も衣食住がある程度満たされれば大人しくなるのだ。それが解ったのは俺達にとって意味のあるもので、これからもその方針を変えなければ彼等も暫くはこのままで居てくれるだろう。
朝も食事があるお蔭で彼等の表情は穏やかだ。基本的には女性陣が大量の調理器具を用いて日持ちしない食材を最優先で調理してくれるから、腐る事は殆ど無い。
子供達もまともな食事に大喜びだ。俺がそこに向かった際には無邪気に感謝の言葉を述べ、思わず胸が温かくなったものである。
まぁ、大人達からは相変わらず懐疑的な目を向けられているが。
これについてはまだ二日目だ。焦って信用を集めようとすれば逆に無駄に終わる。今はどのように見られても構わないから、彼等と険悪になり過ぎないよう立ち回るのみだ。
食事を終えた俺達は早速、この集団のリーダーである昨日の男に会いに行く。少数の屈強な男達と集まって何かを話し合っていた件の人物は俺の姿を見ると即座に話を中断させた。
何を話していたかを探る必要はあるまい。表面上は笑みを浮かべ、昨日と同じく話をするだけである。
互いに自己紹介を済ませ、男――――春日に此処に住む者達の総数を尋ねる。
「数は約四百。 俺も詳しく把握してる訳じゃないから具体的な数は言えん。 それで、これからどうする?」
「先ずは多少なりとも清潔な環境構築でしょう。 同時に、食料も自給自足させたいですね」
「家庭菜園程度なら出来る奴が居るぞ。 種があれば男達に植えさせて、後の世話を女や子供にやらせれば良い」
「解りました。 種も此方で確保済みですし、それで行きましょう。 男達は全員で街の清掃です。 このままでは新しい怪我人が発生してもまともに看病出来ません」
「それについては賛成だ。 ……そういや、あっちで暇そうにしている軍はどうする? 正直余計な真似をするとしか思えんのだが」
春日が顎で指した方向には、タバコを吸っている軍人達が居る。
比較的綺麗な状態のジープに凭れ掛かり、中には楽し気に談笑をしている姿も見受けられた。確かにこの軍人達が基地に余計な報告をするようであれば、今後の活動に支障が出る。
春日の懸念はもっともな訳で、それについても俺が何とかしなければならないのだろう。
積極的に活動せねばならないのは現状全員だ。特に俺に関しては、最初にしようと提案した者だけに相応の振舞いが求められる。
だが、件の軍人に関しては特に問題にはしていない。
その証拠に俺が視線を向けると、軍人達は全員が全員首を左右に振っている。あれは我関せずの態度を貫くつもりで、もしも問題が発生しても俺に面倒を擦り付ける算段の顔だ。
「あれは特に問題でもないでしょうね。 どちらの陣営にも肩入れせず、関係無い顔をし続けるつもりでしょう」
「……嫌な顔だぜ。 本当に軍人かよ」
春日の言葉は正論である。
だが、デウスに対して酷い扱いをする組織であると知っている身としては今更だ。それに本当に良い場所は良いとも解っているだけに、此処に関しては基地ごとに違うと判断するしかない。
彩も彩で最早興味も無いのだろう。隣で話を聞いているのに、目を瞑って一切を無視している。
ワシズとシミズに関しては露骨に恐ろしい顔だ。あれが人々を護る組織なのかと、今まで居た基地と比較しているのが一瞬で理解出来た。
特にワシズは酷いものだ。少女の見た目で大人も逃げ出す形相は、はっきり言って周りに見せるものではない。
咳払いをして意識を此方に再度集め、春日と言葉を交わす。
「ま、今の軍人は腐っている所は本当に腐っていますからね。 噂ではデウスを私物化している場所もあるみたいです」
「私物化? ……それが本当だったら流石に笑えないぜ。 人間止めてるだろ」
「まったくもって。 さて、早速始めましょうか」
「おう、じゃあ後でな」
人間を止めている。それは本当にその通りで、けれども俺自身も私物化しているという意味では一緒だ。
やらねばならない事があっても、大目的の怪物達の討伐を行っていない時点で日本に貢献していない。これが私物化していないと思わせる為にも、俺は早めに何か結果を出さねばならないのだろう。
それを彩達が求めるとは思わない。思わないが、何分俺自身が納得をしていないのである。
現状においても彩達に頼り切りだ。そして今回、他の人達にも頼る事になる。全てを己一人で出来たらと思うものの、それが出来てしまったら最早人間の範疇を超えてしまう。
春日と別れ、彩に店を探すついでにスキャンしてもらった地図を小型端末に展開する。
一先ず、最初にしなければならないのは怪我人や病人が安心して横になれる空間だ。なるべく広く、そして雨風邪を凌げる場所を確保しなければならない。
大きな広場が無事であれば良かったのだが、倒壊した建物達が殆どの空間を埋めている。
であれば、横幅の広い建物の中から比較的無事な物を改造するのみ。
何も一ヶ所に拘る必要は無いのだ。安心して寝られる場所も複数あれば良い。最終的に全員が寝られるだけの空間を確保出来たのなら、それこそが最上だ。
候補としては四ヶ所。図書館や病院、工場とテナント募集中の建物。
この中で一番手っ取り早いのはテナント募集中の空白状態となっている建物だ。変に片付ける必要も無い以上、好きなように形を考える事が出来る。
ただし、その場所は境界線に近い。万が一境界線から攻め立てられた場合、真っ先に死亡する可能性があるのはそこだ。
逆に最も近いのは工場であるが、当たり前のように広い空間には機械類が置かれている。休憩室や会議室といった細々とした部屋はあるだろうが、大部屋程の大きさではないだろう。
「片付けるのが比較的簡単で、広いスペースとなると……やっぱり図書館だな」
本は知識を吸収するのに使えるし、机も椅子も棚も資材として使える。
塵として消える部分は皆無であり、今後の事も思えば確保しておきたい物件だ。――他人に奪われる前に、俺達の公共の物件として押さえておくのが良いだろう。
一度決めれば行動は迅速だ。早速人員を集める為に春日に再度話しかけ、屈強な男十五人と子供十人で図書館に向かう。
俺達の内、向かうのは俺とワシズだ。
彩には調べてもらった場所とはまた別の場所に存在する潰れた店の中を調査してもらい、シミズは食料生産の方に向かわせる。
数百人クラスの者達が食べても安定を保てる食料を生産するには、必要な物資が多くなってしまう。
土を運ぶだけでも大人では大変だ。此処は誰か一人を向けて、大荷物を持ってもらう方が良いだろう。
「私も図書館の方に行きたかったのですが……」
「まぁ、諦めてくれ。 今は一ヶ所にデウスを全員集める必要は無いし、彩なら間違いはしないだろう。 これも信頼だよ」
「……解りました。 今はそれで納得しておきます」
彩の溜息一つ。
それが彼女なりの妥協で、作業開始の合図だった。
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