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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百四十四話 復活の定義

 人が元に戻せるものには限界がある。

 それは人が造った人工物だけであり、如何に努力を尽くしてもそれ以外を元に戻す事は不可能だ。

 死んでしまった者を蘇らせる事は出来ないし、トラウマを発生する前までに戻す事も出来ない。長い歴史の中で培った技術力により物だけは戻せるが、それ以外の事象に干渉する術は今現在も存在しなかった。 

 崩壊した街の一角は確かに元の状態に戻せるだろう。だが、そこに住む者達の心までは元には戻せない。

 傷が付いた心は一生残るものである。それを一時的に忘れる事で誤魔化せるだろうが、根本的な解決になる訳では無い。

 往々にしてトラウマといった精神面での問題を回復する方法は時間に任せる他に無く、場合によっては人との触れ合いで解決することもある程度。


 全てが良くなる事は無い。そういった意味では、復活の定義というものは非情に曖昧だ。

 朝の未だ寝惚けた頭の中で、そんな意味の無い事を考える。横になっていた身体を起こし、睡魔の世界に落ちそうになる身体を引き摺りながら朝食へと手を伸ばす。

 枕代わりのリュックは缶詰によって非常に硬い。枕にするには最悪であり、けれども他に使える物が無いのも事実。

 本当に枕を購入する事も一時は考えたものだが、それではリュックを無駄に占有するだけ。ワシズ達の分のリュックにも食料を入れている関係上、そちらに移す選択肢も存在しなかった。

 よって俺は今も硬いリュックを枕にして寝ていたのであるが、睡眠の質としては劣悪極まりない。

 

 選んだ缶詰は鯖の味噌煮と焼き鳥に加え、蟹味噌の計三種。どれも旅の中ではよく見る種類であるが、どれだけ食べたとしてもまったく飽きがやってこない。

 それは純粋に食べられるだけ幸運だと思っているからだろう。今この瞬間にも自分が寝泊りしている場所の傍には食事に飢える者達が居て、俺達を睨んでいるのだろうから。

 座りながら張っていたテントの内部を見渡す。何か物が投げ付けられてもそう簡単には壊れないと思っているが、それでも凹みぐらいは発生しても不思議ではない。

 そうなる前に近くに居る彩が止めているだろうが、念には念だ。既に習慣となった確認を終え、俺はテントから抜け出す。

 その頃になれば自然と目も覚めるもの。


「おはよう」


「おはようございます」


 彩と何気無い会話を挟み、小型端末で他の二人とも挨拶を交わす。

 シミズは普段通りの静けさで、ワシズは普段とは正反対の静けさで各々言葉を放ち、現状についての話し合いも含めて端末を起動したまま手頃な木片の上に座った。

 最初に聞くべき内容は俺が寝ている間に何か動きがあったかどうかだ。それについては三人共に特に動きは感知出来なかったようで、彼女達がそこに居るという事実が今も効いているのだろう。

 どうやらどちらも食料に関してはまだ争う程ではないらしい。最低でも一ヶ月以上は現状でも保つと考え、であればその間に改善出来るものはあるかと全員の意見を募る。

 暫くの間を開き、最初に意見を言い始めたのはシミズだ。


『害悪……排除?』


「それは隔離した側か? 隔離された側か?」


『した側』


「……それだと、まぁ、一番手っ取り早いな」


 一番最短で物事を終わらせるなら、問題の種を殲滅するだけだ。

 この場合は隔離した者達も対象として当て嵌まるが、一番の対象はこの県の知事と司令官だろうな。司令官側であれば理由を用意すれば沈黙させる事も出来る。しかし、知事はこの事態を引き起こした張本人だ。

 この知事は絶対に止めねばならず、故にその解決方法として殺害を選択するのは極めて効率的である。

 しかして、それが何事も最も良い解決方法になる訳では無い。当たり前であるが、人の世には大義名分が必要なのである。

 滋賀の知事を殺すだけの大義名分を用意するのは大変であるし、様々な勢力が既に一つの県の中で犇めいている以上、その全てを一切合切無視するだけの大きな理由が必要だ。

 

 例えば、以前にもあった巨大な化け物の出現。

 それが一体暴れ、放置をし続けていれば殺す理由になる。勿論軍が黙っているとは思えないし、流石に知事も無視をする事は出来ないだろう。

 だからこの案は絶望的だ。採用をする理由は一切無く、ましてや安易に殺害を選択する事は倫理に反している。

 民衆から見てもそれによる解決は暴力的だと捉えられるだろう。正直に言えば悪事を正す為に暴力的になったとしても時として有りだと思うのだが。

 

「て訳で、最短ではあるが選択としては無しだな。 お前達の心象も悪くなってしまう」


「暗殺すればよろしいのでは?」


「それをしたら犯人捜しが始まって此処の援助をする暇が無くなるだろう」


 人間というのは安全を先ず第一とする。殺害が発生した椅子に他の人間もそう簡単に座ろうとはしないだろうし、もしも喜々として座る人物が出現したら誰でも怪しむだろう。

 そこから一気に業務を改善してくれたのなら、やがて過去の殺害は消えていく。しかし、新しく座った者すらも似たような行動をすれば権力争いがそこでは激化していると人々は離れていくのだ。

 残るのは野望を持った者ばかり。そんな連中がまともに政治を行えるとは思えない。自身の欲望を優先し、此処の街のように最悪な状態が構築されるだけだ。

 殺害する方向は却下とし、再度俺達は思考を開始する。

 彩達の出す案は非常に物騒なものが多い。最適解を求めるからこそそうなっているのかもしれないが、一番の理由としては俺が此処で立ち往生している事実を良しと思っていないからだ。

 

「一応、此方でも考えている案がある。 が、それをするには非常に時間が掛かる。 それに成功するかも不明であるし、最悪隔離された側が一斉に俺を殺しに来るだろうな」


「……話してみてください。 それは我々の力でも突破されるかもしれない案なのですか?」


「普通に考えれば、先ず有り得ない。 でも何が起こるかは解らないから、一番最悪な予想をしているんだ」


 何が起きるか解らないから、一番最悪な予想を立てる。

 世の中は更にその上の最悪を引き寄せてくるもので、それでも考えておけばいざという時にも動けるようになるのだ。

 彩もその点は同意してくれたのか、頻りに首を縦に振っている。あれは身に染みて解っている動きだ。

 彼女の反応が終わるのを待って、俺は言葉を続ける。

 前提として必要なのは力だ。それもただの暴力ではなく、隔離した者達が居なければ困る(・・・・・・・)と思わせる程の社会的な強さが必要となる。

 隔離した側に暴動の意志は無い。唯々諾々と従い続けるだけで、改善をすべきなのは隔離された側だ。

 ではどう改善するかであるが――彼等が必要だと思っている要素を全て満たしてしまえば良い。

 

「食料、水、後は住む場所と衣類か」


 衣食住が揃えば然程人は文句を言わない。

 こんな世の中だ。全てを消失する可能性を考えないでもないだろうし、最低限の衣食住が揃っていれば上等だと思う精神も育っている。

 今こうして暴動が起きているのも、簡単に言えば格差が広がり過ぎているから。

 その格差を縮めてあげれば、それだけで暴動の芽は自然と消えていく。特に今は無数の死者が出ている状態だ。復讐すべき対象が既に死んでいると彼等が思いこんでいる以上、生活の安定化こそが一番求められる。

 此処で求められるのは、その物資をどうやって用意するかだ。

 

「ちょっと電話してくるよ。 その間に彩達には周辺を探って潰れた店達を見つけておいてくれ。 これは他の二名も同じだぞ」


『了解』

 

 全員の声を聴き、俺は一端通信状態をオフにした。

 

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