第百四十一話 暴走する思考
何かが起きた時、それは次の何かに繋がる事がままある。
騒乱が次への騒乱に繋がるように、起きた出来事は別の何かに必ず連鎖するのだ。それは必ずしも全く同じ出来事だけが続く訳では無く、異なる種別の何かが動いてしまう事もある。
街で発生した騒乱の大元は一早くパワードスーツを潰せなかったこと。相手の性能が性能だけに易々とは撃破出来ない存在であったが、民衆からすればそんな事はどうでもいい。
誰も彼も、見るのは結果だ。結果から批判も肯定もされるもので、今回の結果は無数の批判を呼ぶことになった。
元より溜まっていた不満もあったのだろう。早く世の中が元通りになってほしいと願い続けるからこそ、中々実現されない現実に苛立ちを募らせていた。
その分も合わせたからこそ、今この街では一つの騒動が巻き起こっている。
パワードスーツが起こした街の被害は甚大だ。輸送用に用いられてきた道路が潰され、皆が金銭を稼ぐ為の職場は五割が消失し、街の八割が機能停止にまで追い込まれている。
生きているのは残りの二割。その部分だけは奇跡的に敵からの攻撃を受けず、無事な様相を見せていた。
何処の世界でも税は重要だ。無ければ国の運営は滞り、最後は国家の破綻を生む。
それを発生させず、尚且つ民衆による不満の声も最小にするには他国との連携は必要だ。しかして、現状は他国との連携が絶望的になりつつある。
ただでさえ、何処もかしこも物資不足な状況だ。他国に輸出する余裕は無く、かといってそれで渋るようでは欲しい物が手に入らなくもなってしまう。
加え、今後情勢が良くなったとして鎖国ばかりをしていた国に他国が好感を抱くだろうか。
自分達だけの生存を第一として行動すれば、それは他の国から睨まれることになる。ましてや、日本から無視されるようなことがあればデウスは全て返還されるだろう。
日本は珍しいことに、他のどの国よりも繋がりが多い。以前までは敵だった中国ですらも、日本には酷く友好的な姿を見せている。
そんな状況だからこそ、日本に任せられた期待は重い。必然的に成果を上げ続けねばならず、その運営の為にも税は重くなっていく。――街一つの税とて決して少なくはないのだ。
「多分だが、これは税を払っているかいないかの差なんだろうな」
被災している者と、被災していない者。
どちらの方が税を取れるかと言えば、それは被災していない者だ。故に街の長は多くの税を取ろうとし、前者の者達を不要と判断した。
只野は考え、思い付いた原因をワシズに話していく。それが人間の醜い部分を晒す事になると解っていても、それを話さねば彼女は真の意味で理解することは無い。
根本的な人の条理。それは今の彼女達でも完璧に理解しているとは言い難く、故に唯一の人間である只野が話す他に無い。
ワシズは彼の不快感の滲んだ顔に、同様に不快感を抱いた。
それは只野に向けたものではなく、騒ぎ立てる民衆に対してでもない。彼女が向ける先はこの街の長であり、そして悠々と暮らす者達だ。
一体どうして、此処まで人々は平等ではないのか。
一体どうして、搾取される者と搾取する者が居るのか。
一体どうして、皆が協力せずになっていくのか。
その原因は人の欲望であり、諦観であり、悪意だ。負の側面こそが、人々を陥れる事になる。
ワシズは今正に、それに直面していた。人間の汚さを直視させられ、それから逸らす事は許されないと只野は言葉を重ねていく。
「生きるって事は、決して良い事ばかりじゃない。 生を求めるばかりに他者を殺害し、金や物を奪うこともある。 己が生きている事の証明として歪んだ活動をする者も居る。 いっそ死んでいてくれた方が良い人間なんてごまんと存在するさ」
「それも……私達が守るの?」
「デウスは平等に、人間を守護する存在だ」
ワシズの尋ねた言葉に、只野は短く返す。
それこそが答え。デウスはデウスとして誕生した時点で、悪も善も関係無く人間を救わねばならない。
極論を言ってしまえば、デウス達の指揮官が是と言えば犯罪者とて救出しなければならないのである。そんな真似をワシズはしたくないし、他の二名のデウスもしたくはないと宣言するに違いない。
特に彩であれば只野以外を殲滅すると宣言するだろう。そういった意味でも彩は他とは違い過ぎる。
命までもを只野に捧げている彼女にとって、デウスの本能などまったく意に介さないのだ。そして、未だそこまでの深度に到達していないワシズとシミズでは僅かでも本能に影響される。
今はまだ只野が近くに居るから、只野の意志に左右されているのだ。それが無ければ、他の人間に左右されてしまう可能性は十分に残り続けている。
悩み始めたワシズの視界の端が赤く点滅した。
方向は隔離されている場所とそうでない場所の境界。苦しみ喘いでいる者達が救いを求めて走り続ける。
だが、ワシズのレーダーには全てが解っていた。その境界線には熱を持ち始めた金属反応があることを。
熱を持たない存在をデウス達のレーダーでは上手く探知出来ない。此処では金属の反応が無数に存在するからこそ、そこに気付くのにワシズは遅れた。
設置されている物はマシンガンだろう。そんな代物を一民衆が用意出来る筈も無く、企業が用意したと考えるのは妥当だ。
それが火を吹けば、生き残れる人間は居ない。例え防弾ベストを付けても、そんな事など一切関係無く人体を破壊し切るだろう。
「重機関銃の反応を検知。 場所は隔離エリアとそうでないエリアの境界線。 ……熱源反応も検知したよ」
「……マジで殺すつもりか」
今からワシズが阻止しようとすれば、それは不可能ではない。
だが同時、それは此方の存在の発覚に繋がる。隠したいのならばこのまま去れば良いのだが、ワシズは嫌になるくらいレーダーの熱源反応に意識を持っていかれていた。
「軍の方はどうした。 反応はしていないのか?」
「原因は不明だけど、停滞してる」
停滞。その二文字が、ワシズの心を揺さぶる。
軍がどうして動かないのかは不明だ。現場で離れられない理由があるのか、そもそもこの街で活動するにあたって制限を設けられているからなのか。
理由は定かではなく、しかし二人共半ば直感でこの街の長が何かをしたのだと確信していた。
それが裏取引であるのは言うまでもあるまい。そして、この軍が岐阜からの派遣であればその裏取引をそもそも受付ずに強行しただろう。
つまりは少なくとも、此処に居る軍人は総じて岐阜以外の基地から来ている。可能性として高いのは滋賀の基地だが、そうなると滋賀の指揮官も期待出来る性格ではないのだろう。
「助けるか、助けないかは俺達が握ってる訳かよ……」
生かすも殺すも、今正に只野達が握っている。
迷う只野の様子に、ワシズはそっと視線を向けた。只野もワシズの視線に気づき、その目に込められた彼女の意志を見る。
そこにあったのは正義の炎。弱者救済を掲げる、廃れてしまった理想の火だ。
彼女は本来そのような性格をしている訳では無い。元々の情報収集によってそうなったのであるが、もっと人との関わり合いはドライだ。
そんな彼女が此処まで気にしてしまっているのは、珍しく本当の意味での弱者達を見てしまったから。
これまでも弱者は見てきたが、今直ぐ助けねばならない事態にまでは追い込まれていなかった。ワシズが選択する前に他の誰かが選んだお蔭で直近の死を回避してきた為であり、こうして自分が選ばねばならない状況に追い込まれたのは初だ。
そして、相手は人間である。――であるならば、デウスの本能が動き始めるのは道理だ。
「私……行くよ!」
「待て。 先ずは彩達と相談してからだ」
「駄目だよ!! そんなことをしている間に皆死んじゃう! 私が行かなきゃ皆死んじゃうんだよ!」
そう言って、彼女は只野の静止の声を無視して建物上へと跳ねる。消えていく彼女の背を見ながら、只野は溜息を吐きつつ小型端末に手を伸ばした。
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