第百四十話 騒動の波
被害が大きかった街の奥。
そこに足を踏み入れると、想像とは遥かに異なる風景が顔を覗かせていた。崩壊寸前の街並とは打って変わり、一時間も歩いた先には普通の街並が広がっている。
歩いている住人達はまるでこの街に苦しんでいる者など居ないとばかりに日常を過ごし、子供と歩く大人の顔には柔らかな微笑が浮かんでいた。
一体どういうことだと思いつつも、一先ずその疑問を置いてスーパーを目指す。道路は変わらず罅が走り、やはり歩き続けてみれば街並みの何処かには崩れている建物がある。それについて誰もが不安に思うべきであるのに、どうして通りすがる住民達は常日頃の顔と変わらないのだろう。
どんなに無視を決め込んでも街にあれだけの被害が起きたのだ。そうなれば無視をし続けるなど不可能であり、少しくらいは不安顔をしてもおかしくはない。
まるで別の街に来たようだ。
率直な感想を胸中で零し、未だ困惑顔をしているワシズを他所にスーパーが徐々に姿を見せ始める。
外観に然程違和感は無い。壁は白く、長方形となっている業務スーパーは金の無い者にとっては有難い場所だ。
仕入れるのにはさぞかし苦労しただろう。ましてや、今はこんな状況である。自社の力だけで店を開けるだけの在庫を手に入れられたら、正に奇跡だ。
尤も、そこには少なからず軍の提供があった筈。故にスーパー内で売られている商品は幾らか偏っているだろう。
そう思い、店に入る。カゴを持ってワシズとは兄妹のように手を握り合い、順調に買い物を済ませていく。
その間に商品や客層を調べてみるも、やはり普通だ。
特別金持ちが買い物をしている訳では無いし、かといって軍人が買い物をしている訳でも無い。一般的な服装をした者達がごく普通に買い物をしているだけ。
そこにどうしても強い違和感を覚え、同時に気味の悪さも感じてしまう。この感覚は以前、ゴーストタウンに寄った際にも抱いたものだ。
であれば、此処にも何かがある。それが何であるかは相変わらず定かではないが、無視して逃げねばならない状況が此処にはあるのだと容易に解ってしまった。
追加の缶詰を出来るだけ購入し、幸運な事に比較的安い服屋で全員分のパーカーを購入出来たのは俺には非常に有難い。
「さっさと此処を抜けるぞ。 ……嫌な予感がする」
「うん。 何だかあの人達が隔離されているみたいで、此処は嫌いだよ」
隔離。ワシズの言葉に、確かにと胸中で呟く。
被害に合った場所を俺は全部見た訳じゃない。しかし、あの地点には寝泊りする為の施設が一切見えなかった。
テントも、それこそ避難場所として指定されているような公園も学校の体育館も無いのだ。そもそもそういった施設が全て壊れていた線は捨てられないが、かといってそのまま路上で休む必要性は無いだろう。
それこそ此処のような無事なエリアが存在しているのだ。探せば体育館も公園もあるだろうし、そこに人数を分けて収容すればもっと安全に過ごせるに決まっている。
あの怪我人達や必死に動く女性達が隔離された結果だというのなら、この街は意図的に厄介事の種を排斥している事になる。
この世界で安全は何よりも重要だ。それを手にする為ならば、街のトップが排斥を是としても不思議ではない。
「……先程とは別の場所で騒音を検知しました。 反応数が少ないですが――」
「――騒ぎが起きているか。 その場所も隔離されていると見て良いだろうな」
俺の耳では捉えられない音をワシズは掴んだ。同時に、俺の腰ポケットに入っていた小型端末が振動する。
取り出して画面を見ずにそのまま通話ボタンを押して耳に当てた。ワシズが捉えたのなら、彼女達が気付かない筈が無い。
『無事ですかッ、先程我々の耳から騒音を検知したのですが……』
「大丈夫だ。 少なくとも、その発生源からは大分離れている。 その騒音を回避するように動けば、面倒な事にはならないだろうさ」
『お気を付けて。 どうやら他の地点からも複数の騒音が出現しているようです』
「解った。 直ぐに向かう」
通話を切り、怪しまれない程度の速足で進む。
ワシズは俺の行動にある程度は察してくれたのだろう。同じ様に速度を上げ、俺の真横に常に張り付くような形で周辺への警戒を強めた。
少しでも落ち着いたと思えば直ぐに騒ぎに巻き込まれる。今は不安定な時期だけにそうなっても不思議ではないが、あまりにも頻度が短い。最早自分から騒ぎに突撃していると見られてもおかしくなく、そうなってしまうのは非常に不服だ。
ワシズの指示に合わせて声がする方向とは反対に歩く。
必然的に今までの道は使わず、道の殆どが細く狭い。裏道であるからか不衛生極まりなく、一部の場所からは悪意の含まれた視線を向けられていた。
十中八九今視線を飛ばしている相手は雑魚だ。俺が試しに武器を少し抜けば、それだけで視線は消えた。
騒ぎが起きている場所であれば銃を抜いてもまったく止まらないだろう。集団心理的に無根拠に自分は大丈夫だと思い込み、そのまま数で押し込もうとするだろう。
確かに今この場に居るワシズと俺では集団への対処は難しい。精々が逃げるくらいで、もしも殺してしまえば更に騒ぎが拡大される。
こんな騒ぎが起きている原因なんて容易く解るというもの。遠くからのものであれば、隔離されている場所からだと考えるのが普通だろう。
それが複数から起きているとして、この状況はきっと初日からなっていたのだ。軍が来るまでの間に助けを呼ぼうとした者達は這う這うの体で外に向かい、先程見た死体の群れとなっていたと考えればあれだけの数が揃っているのも頷ける話である。
「こっちも騒音が聞こえてきたな……」
「声の発生源も大分増えてる……。 私達がさっき通った場所からも検知されているよ」
「てことは、あそこに居た誰かが騒いだか他所の連中が突入してきたかの二つか」
どちらにしても面倒極まりない。俺は確かに他の誰かと協力する事を是としたが、騒ぎを収める為の協力をするつもりは一切考えていないのだ。
必要な面倒ならやるが、必要でない面倒事までは流石に御免被る。それでも俺には何か纏わり付いているのだろうか、暫く速足で進み続けると直ぐ傍まで騒ぎの声が聞こえてきた。
騒音に含まれているのは怒号や罵倒の言葉ばかり。どれもこれもが、隔離された事実に対する文句ばかりだ。
そして、それは正論でもある。
街に住んでいても必ずしも協力しなければならないという訳では無い。十人十色とあるように、優先すべき者に対してだけ協力するのは許されるだろう。
だが、強制的に排斥させるのは間違いだ。それは人が持つ自由の権利を著しく侵害している。
例えそれがこの街では無くなっていたとしても、常識的に考えれば解る事だ。環境によって常識が変化すると反対の声をあげる者も居るだろうが、そもそも世界中で認知された情報こそが常識だ。
個人個人の環境の差異など関係無い。国の人間の過半数がそうだと決めたのならば、そこに合わせる以外に無いだろう。
レールから外れのは構わない。だが、外れたのならば外れたなりの振舞いをすべきだ。
今回の事は弱者をレールから弾き飛ばしているのと変わらない。そんな真似は人道から反している。
だからこそ騒ぎは拡大していくのだ。認めたくないからこそ、人は元通りを目指して暴れ出す。それを解決するには、騒いでいる人間を殲滅するか受け入れるしかない。
そして、この街に居る人間は前者を選択するのだ。そうしなければ自身の安全を確保出来ないのだから。
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