第十四話 廃棄施設
どれだけ道が封鎖されていようとも、五年の歳月によって作られた自然の道はそうそう簡単には発見出来ない。
人は先ず最初に普通の道を探すもので、その次に抜け道じみた場所を探し、最後にギリギリでも通り抜けられる隙間を探し求めるものだ。
俺達もその道理から外れず、その順番で道を探した。結果だけで言えば道は見つかったものの、その道は三つの内の一番最後に分類されるものだ。決して簡単な道では無く、多くの荷物を持っていれば一気に通り抜けられはしないだろう。
俺のリュックですらも例外ではない。一度背負うのを止めて持ちながら通ったのだから、中々に苦しい道である事は間違いないだろう。それに岩と岩との隙間というこの道は、何時形が変わるのかは定かではなかった。
そんな隙間までの道や通路そのものを携帯端末に写真として収め、懐に仕舞いこむ。
その仕草にZO-1は不思議そうに首を傾げたが、俺の何でもないという言葉に一先ず気にしないようにしてくれた。
「これで漸く抜けられたんだが……はぁ、疲れる」
「休憩を挟みますか?まだ此処から三日は歩く予定ですし、無理はしないでください」
歩き続けて早五時間。昼に挟んだ休憩から歩き続け、既に夕方に傾いている。
太陽はまだ見えているものの、それでももう後一時間か二時間程度で暗闇に包まれるだろう。街灯なんて大きな街にしか存在しないような物は無く、一度夜を迎えれば移動するのは困難だ。彼女という例外が居なければまるで安心は出来なかっただろう。
抜けた先に広がっている風景は抜ける前と然程の変化は無い。
雑草が無数に生えた道路に、倒壊した建物。代わり映えのしない風景は飽きがくるもので、最早この風景に対して思う事は無かった。
強いて言うのであれば、やはり不便にはなっている。身近にコンビニの類は無いし、そもそも人の往来も無い。
便利に使えていた殆ど全てが消失し、残っている物も時間の流れと共に無くなってしまった。今も残っている部分なんて当時よりも進んだ技術くらいなものだ。
彼女の心配気な眼差しにまだいけるとだけ告げて、俺達はマップの指示に従って動く。
会話らしい会話はそこには無い。重苦しい沈黙があるのではなく、単に互いにそこまで話をする気質ではないからだ。沈黙が心地よいと思えるタイプであり、故に互いの相性は決して悪くはない。
勿論格別に良いとも言えないのも確かだ。そう思うにはまだまだ過ごした時間が短過ぎる。
これで花火の一つでも上がっていれば祭りの夜道と言えるのかもしれないが、そんな物がある筈も無い。それに上がったとしても警戒されるだけだ。この時勢の中での有り得ない行動は、即ち死を呼ぶ場合が殆どである。
「……ん?なんか臭わないか」
「嗅覚センサーにも反応がありました。位置は……このまま五百mです。先行しますか?」
「いや、一緒に行こう。何かあったら互いに何も解らなくなる」
暫く進んで、俺の鼻はこの場にそぐわない臭いを捉えた。
何かが腐敗している臭いではなく、この臭いは煙だ。次の街までまだ三日という距離にも関わらず、こんな場所で煙の臭いがするものだろうか。
難民の線はある。しかしそれでこの場所まで逃げて来たのだとしたら、俺達が進む方向で厄介事が起きている可能性もある。
一難去ってまた一難。いくらか日は開いているとはいえ、それでもまたこうして面倒事が起きそうな気配に溜息を吐きたくなってくる。嫌なのが、恐らくはその面倒事を避けられないという部分だ。
出来る限り音を立てないようにゆっくりと進む。彼女が何も言わない辺り、煙の臭いはどうやら移動はしていない。
周辺が森林であればどれだけ音を隠そうとしても無駄だったが、今居る場所は道路の上だ。ある意味此方にとっては有難いと思いつつ、五百mの距離は簡単に詰められた。
「――なんだこれ?」
そして見えたのは、一つの建物だ。
小規模ドームとでも言うべき灰色の建造物。壁は破壊され、内部が露出する程に穴が開いている。
そして内部からは火とは別の光源と黒煙があり、どうやらこれが臭いの正体らしい。周辺は金網のフェンスに囲まれ、侵入禁止の黄色の張り紙が貼られている。まるで小規模の軍事施設を想起させるも、しかし警備員の影も形も有りはしなかった。
明らかにこの場所にあるには不釣り合いな施設だ。此処は確かに安全圏内とはいえ、周囲の他に何も無い。
職員が休憩しようにも飲食店の一つも無い場所だから、休憩しようとすれば必然的にこの建物の中のみとなる。加えてと周りを見渡し、やはり新しい建物が何も見つからない事を再確認した。
「どう思う?」
「このエリアにプロジェクト・マキナの施設があったという情報は有りません。また、任務内のみとなってしまいますが、このような建物があった事実も私は知りません」
「となるとやはり……」
「可能性としては第一として民間企業が立てた違法実験施設。第二として軍が立てた非合法実験施設です」
どちらにしても最悪なネタであるのは言うまでもない。
そして状況から察するに、破壊されてから時間はそれほど経過してはいないのだろう。未だ煙を上げている時点で先程まで燃えていたのは明白で、ならばそれをした誰かが居た筈なのだ。
そしてもう一つ。小規模サイズとはいえ、その建物はやはり人間数十人を容易に収容出来る大きさである。
それが破壊され、燃えていたというのであれば軍が確認に来ない筈が無い。今はまだ音が聞こえないもののそう長くない内に軍がやってくるのは確定だ。
彼女に最寄りの基地を訪ねれば、此処に到着するまでに約六時間は掛かるらしい。思っていたよりも遅いと感じたが、恐らくはメインに集中している弊害だ。
普通ならば回り道をしてさっさと過ぎ去るべきで、それが最善だろう。
しかし同時に、専用の備品が入手出来る絶好の機会でもある。民間では絶対に入手出来ない物を手にするチャンスだと解っていれば、多少の危険は承知の上で手にしたくなるものだ。
それに軍関係の施設であれば彼女の知らなかった情報が入手出来るかもしれない。無視するにはあまりにも目の前の建物は魅力的だった。
釣られるか、無視するか。考える時間はそれほど多くはあるまい。
「今後逃げ続けるとして、今の装備で君は平気か?」
「正直に言いますと、不安です。殆どの装備は消費し尽くしていますので、もしもあそこが軍関係の施設であった場合武器弾薬を補給する事が出来ます。――マキナの情報も、出来れば調べたいのが本音です」
「俺も医薬品の類があれば有難いと考えている。保存食もついでに入手出来れば資金の節約も出来るし、俺も護身用として拳銃の一つでも入手しておいた方が良い。……決まりだな」
行かない理由の方が少ない。
メリットデメリットを天秤に乗せて、メリットを俺は選んだ。
この決定がこの後どうなるかは定かでなくとも、後悔をする必要は無い。全ては生き残る為にというただそれだけに、自分達はハイエナをしに行った。
前を進むのはZO-1。後方で俺は耳をすませ、周辺スキャンと合わせて隠れている相手に警戒を募らせる。
残り時間がどれだけあるのかは不明なまま。可能な限り迅速に動くべきだと互いに認識し、彼女は金網の一部をデウスの腕力で強引に引き千切った。
こういった施設には高圧電流が流れているものだが、彼女が触った際に何も反応は無かった。
となれば、高圧電流は流れていないか最初から準備されていないかのどちらかだ。
そして現状を鑑みるにその電源設備を破壊されたと考えるのが妥当だろう。
この施設を破壊した相手の規模は不明なまま。もしかすれば内部の有用な物を全て持っていかれているかもしれないと若干の不安を抱きつつ、僅かに存在する施設の光源を頼りに俺は進む。
完全な警戒は彼女に任せる形だ。俺は必要な物を考える係となるだろう。またもや役立たずな分担に、最早苦笑いしか出てこなかった。
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