第百三十九話 惨状の街
何かが起きるのを待つよりも、何かを起こしてしまった方が良いにしろ悪いにしろ状況は変化する。
俺が渡した食料と金によって孤児達は長期間生きる事が可能になった。勿論、活動している間に彼等が全員死ぬことも想定済みだ。そうなった際には致し方無しと諦めるつもりであり、そこまで気にするつもりはない。
彩達は俺の行動に酷く満足している。
それなりに酷い事をしている自覚があるのだが、彼女達にとっては良い案だと思ったのだろう。
起き抜けでも妙に褒められ、改めて人とデウスの違いを認識させられた。これを乗り越えねば友情すらも芽生えはしないのだろう。
一先ず、減った食料を再度補充する必要がある。最初から量を限定したお蔭で二週間分の食料は存在し、その範囲内に街もある。
そこに寄れば食料が不足する事態は避けられる筈だ。
無いと考える必要は無い。これから向かう街は現在パワードスーツによる被害から復建中の街だ。人が多く入っている以上、当然ながら企業から無数の支援が入ってくる。
その中には食料も含まれ、それらは多少なりとて資金を回収する為にもスーパーに並べられるだろう。
スーパーにとっても食材が安定的に入ってくるのであれば文句を言う筈も無い。寧ろ諸手を挙げて歓迎するだろうと容易に予想出来てしまうからこそ、向かう事はまったくの無駄にならないのだ。
他に買おうと思っている物も無いし、街の中を散策する必要も無いだろう。買い物を済ませて即座に退散で終わる筈だ。
「そういえば質問なのですが、岐阜を越えてからは私達はどうしますか? 今は岐阜を越えた直後ですので然程問題は無いと思いますが、此処は他の指揮官の担当区域です。 街に潜り込む回数は減らすのですか?」
「もう少し進んでからは服を変えてもらう予定だ。 君達が皆の目を引く以上、その顔を先ずは隠さないと不味い」
「パーカーを被るのですか? でしたら、数が合いません」
「……あー、そういやそうだったな。 よし、服も買おう」
忘れていたが、俺達の持っている服はそれほど多くは無い。
しかも彼女達の顔を隠すような服は一着くらいしかないのである。サイズも彩に合わせておらず、着れるのはワシズかシミズくらい。確かにこのままでは買い物すれば一発でアウトである。
服に関しては正直に言ってかなり忘れていた。よくよく確認すれば良かったのであるが、普段着回す以外の服はバッグの底に眠っている状態だ。
彩達も進んで着替える真似をしないからな。装甲にもなる服は汚れても内部メモリに入れる事で消せるらしく、今まで洗濯をしている姿を見た事は無い。
もしも彼女達が洗濯をしようとすれば失敗するだろうと思いつつ、苦笑いをしていた俺は行先を街に定めて歩き続けた。
目的の街までに掛かる時間は二日だ。それだけ歩き続け、近付ければ被害に合った街も周辺も見える。
県境の街で起きた戦いでもその被害は酷いものだった。未だ形が残っているのが不思議な程に燃え、無数の死体が存在する凄惨極まる光景ばかりだったのだ。
だというのに此処、滋賀の街は周辺にまで死が振り撒かれていた。
どんな街でも、少なくとも灰色のコンクリートばかりが建ち並ぶ場所があるもの。人の往来も起こるもので、それが無ければ街に人が住んでいるとはとても思わないだろう。
だが、現実は悲惨を超えていた。街の外には無数の死体がそのまま放置され、野生動物達が死体を食べている。
街の道中には腐臭が漂い、その臭いの所為で俺はマスクを付ける事になった。しかし、腐臭はマスクを容易に貫通して俺の嗅覚を攻撃している。
速く駆け抜けたい気持ちが一気に湧き上がるものの、既に滋賀に入った以上は彩達の力を使う訳にはいかない。
気分が悪くなる。吐き気すら起こし、それでも街に向かって歩みを止めない。
既に嫌な予感は漂っていた。こんな場所に無数の死体を放置し、片付けないなど余程の理由だ。もしもこれがただの怠慢であれば、俺は滋賀の現状を左右する指揮官や知事に繋がる者達と関わりたくない。
実際に関わるかどうかはともかくとして、現状は地獄も地獄。それに酷いのは道だけではない。
街の大部分も黒いのだ。これも火災の結果だとは解るし、それを修復している真っ最中だとも解るが、街から喧騒が聞こえてこないのである。
それは街を目前にしても変わらなかった。いや、寧ろより酷くなっていると言えるかもしれない。
「彩、反応は?」
「あるにはありますが、全体と比較して僅かです。 それ以上に金属反応が多く、移動もしています」
「……軍か、武装組織か、どっちだと思う?」
「此処も県境の街と同じく、企業によって再建された街です。 ですが、岐阜にも近いので再建の手伝いをしている可能性はあります」
岐阜に近い故に、そこから再建に兵を向けている可能性は大いに有り得る。
他からも兵は動員されているのだろうが、それでもこれだけの被害だ。兵が動くのは道理であり、企業はそれを否定したりしないだろう。
だが、被害の大きさによっては街に住もうと思う者は減る。完全な消滅は無いながらも、次の安住の地へと足を伸ばすのだ。満足な用意も出来ず、頭にあるのは無数の不安事。
そんな状態で更に孤児達の襲撃を受けようものなら、少なくとも俺では死ぬだけである。
一応の備えとして、彩とシミズには外で待機してもらう。一緒に入るのはワシズのみとし、彼女には急遽パーカーを着てもらった。
フードから露出している顔の部分は鼻から下程度。視線を感じはするものの、瞳は見えはしない。
そのまま内部へと入って行き、直ぐにその足を止めた。
酷い状況になっているとは解っていた。いたが、目の前で広がる光景は俺がゲートが開いた最初期に見たものと非常に酷似していた。
苦しみに僅かに呻く民衆。傷の手当を行う兵士や、緊急で集められたであろう病院関係者や警官。
武装をしている者は全て兵士だ。小銃を持って決められたルートを進んでいる姿に、焦りや恐れは無い。
周りには煤に汚れたまま作業をする男達や、大釜で料理を作り続けている男達の姿もある。子供も年少組は一ヶ所で固められて年長組と石で何やら遊んでいた。
これが震災直後の光景である言われれば、俺はまったく疑わずに頷く。ワシズもこの光景には何か思うものがあるようで、顔を歪ませて現地の者達を見ていた。
こんな場所に果たしてスーパーがあるのかと、ふと疑問に思う。
もしもあればそこで料理を用意している筈だ。此処で炊き出しじみた真似をせずとも、金を払って人数分用意させる事も不可能ではない。それに掛かる人数や工数は多いが、更に追加で人を呼べば良いだろう。
企業にとっても慈善活動はプラスに働く。食材を軍が提供すれば、両組織を嫌っている者達の声を黙らせる事も出来る。
人間というのは必死な者に絆され易い。まして組織の全員が助けようと必死になっていれば、逆に反感を抱いている者を世間は批判するだろう。
「行くぞ、ワシズ。 此処はまだ大丈夫だ」
「解った。 じゃあもっと奥に行こう。 そっちの方が反応が多いよ」
反応が多いということは、つまりそれだけ人間が居る。
ならばその近辺に無事な建物があっても不思議ではない。本当にあってくれと願いつつ、俺達は無数の住人の視線を受けながら奥へと進んでいく。
比較的普通な恰好をしている俺達は今この場ではどうしても目立つ。兵達もその点同じで、少しでも悪事を企てる素振りを見せれば捕まえに来るだろう。
滋賀の第一歩はいきなり悲惨な状態となった。これが何処まで続くのか、今から不安である。
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