第百三十七話 若者
数日も歩き続けていれば、どれだけ迷子になっても街を見つける事は出来る。
複数の街の中はどれもこれも以前の戦闘によって物流関係が一部滞っているようで、明らかに関係の無い街の中でも南側の商品はあまり入って来ていない。
しかし、それ以外に変化らしい変化は無いのも事実。岐阜内に住む者達も然程困ってはいない様子で、普段と同様の生活を続けていた。
この様子が南側に向かって進めば進む程に酷くなっていく。道中では復興中の県境の街には入らないつもりなので岐阜内で爪痕を見る事は叶わないだろうが、しかして目的の県に入れば嫌でも目にするだろう。
食料の問題については支給された非常食で繋げている筈。その間に企業が復旧作業を進めていけば、元に戻す事も不可能ではないだろう。
問題なのはその資金を何処から調達するかだが。
その辺は企業も最初から考えているだろう。国家から正式に認められていない箇所は捨てていると判断した場合、県境の街は完全に見捨てられている可能性は否めない。
街そのものを最初に作り上げた企業達は手を差し伸べるだろうが、それでも微々たる結果しか出せまい。余裕の無い現在において、街一つを完全に戻すことなど誰も考えてはいないだろう。
良くても稼働停止寸前までの回復だ。であるならば、当初の予定通りにいくケースは増えるだろう。
小型端末を弄っていると解るが、今急速に孤児が増えている。親が子供の生存を第一に街の外へと逃がした結果として生まれた孤児達は、ニュースの情報を見る限りでは複数のグループとして行動している場合が多いのだとか。
「俺達も見たよな、孤児」
「ええ、丁度保護中だったので無視を決め込みましたが」
「でもあの軍人の顔、すっごい不満顔だったよ。 私は大嫌い」
「面倒。何処も一緒」
俺達が見たグループは十人程の子共達だった。
最も年齢が高い者は見ていた限り十代程度に見え、逆に低い者は赤ん坊である。彼等は総じて不安気な顔を隠さずに兵を見て、その兵も兵でまったく子供達を励まさずに表情を面倒臭げに歪めていた。
日本を守る軍人とは思えない姿だ。それだけグループが多かったということなのだろうが、それでも表くらいは心配気な表情を見せるべきだろう。
少なくとも、俺達が見た兵は最低だ。こっそり撮影して岐阜基地に送るくらいには俺は不快に感じていた。
そんな様を見ながら県境にまで俺達は足を進める。
ニュースや掲示板等で情報を漁りながらの移動であるので相変わらずゆっくりとしたものだ。
食料問題も解決されているお蔭で少なくとも生存に限定すればまったく問題は無い。防衛に関しても彩達が四六時中傍に居るお蔭で即座に殺される心配も無かった。
最初の頃に比べれば、俺達の生活水準は明らかに高まっている。金があるからこそ、人の生活に余裕は生まれるのだということを再認識させられた。
それが無い者達の生活は最初の頃の俺達よりも悲惨だ。その内飢えに飢え、人を襲う事を是とするだろう。
後は警官等による逮捕があるだけだ。それで人生の全てを棒に振る結末になるなど、被害に合った者達は誰一人として納得はしない筈だ。
「県境までは凡そ一週間、ですか」
「歩きだとやっぱ遠いな。 解っていたことではあるんだが、一度ヘリに乗るとどうしてもな」
「空中輸送は最短ですからね。 単純な速さで競えば空の旅は一番でしょう」
県境までの時間を彩が告げ、その長さに思わず愚痴が零れる。
歩きだけの道程は非常に長い。特にこの旅の中で最も移動が速かったヘリを思い出すと、どうしても自分達の手で個人所有出来ないものかと考えてしまう。
常識的に見て、個人所有なんて不可能だ。企業でも持っているのは二台や三台程度であり、後は余程の金持ちでなければ所有している者は絶無。それに俺達が手にしても持て余すのが関の山だ。
一ヶ所に留まって特定の場所に移動するなら話は別だが、移動ばかりしていては着陸出来ない場所もあるだろう。
宝の持ち腐れという言葉が一番俺達には当て嵌まる。欲しいと思っても移動手段としてだけなら車の方が現実的だ。
朝は比較的コンクリートの見える部分を優先して進み、食事も缶詰生活ばかり。夜は彩が手から火を出してくれるお蔭でライター等の心配をする必要は無くなった。
人前では火を出さないようにしてもらっているものの、俺達だけであれば別に問題は無いだろう。
彩もずっと使わないままでは咄嗟に能力を引き出せないかもしれないと積極的に焚火を行い、あの頃の闇ばかりだった状況からは一変して最近は夜でも明るい事が多い。
勿論その結果として引き寄せられる者も居る。特に難民や逃げている最中の孤児達であれば、焚火をしながら食事をしている者が居れば施しを欲しがるものだろう。
今日もそうだった。
昼間に距離を稼ぎ、夜には足を止めて暖を取る。既に寒さを感じるようになった季節の中で火の熱は貴重だ。
水気を多分に含んだ魚を缶詰ごと熱で温め、湧き上がる湯気から香る匂いに腹を空かせる。事前に持っていた割り箸でそれに伸ばし、一口一口を楽しみながら食べていく。
彩はそんな俺の姿を横から眺めて微笑んでばかり。恥ずかしいことこの上ないのだが、顔を逸らすと露骨に悲し気な顔をする所為で何とか素知らぬ表情を保たねばならない。
ちなみに反対方向に顔を逸らすと、そこにはワシズの姿がある。此方も俺を見るのが好きなようで、まるで一秒だって目を離したくないとばかりに彼女も凝視していた。
俺にとっての唯一の癒しは警戒に出ているシミズくらいなものだ。
一人だけ立って周囲を見渡している姿は護衛として非常に頼りになるもので、その間だけは彩もワシズも気を抜いている。
これは単に誰が警戒担当になっても変わらない。三人が三人共に性能を把握しているからこそ、担当でない時には気を抜いている場面が目立つ。
彩が俺に対して視線を向け続けているのは、ある程度はワシズとシミズを信じたからだろう。
でなければ今もどこかのタイミングで視線を彷徨わせていたとしても不思議ではない。
「……反応あり。数五」
和やかに食事をしていた俺達の耳に突如として情報が入る。
シミズが向ける顔の先は人間の目では見えない。焚火の範囲外に反応があるようで、明るい場所を避けて隠れていたのだとすれば闇夜の中で機を窺っていたのだと考えるのが普通だ。
シミズの報告は続々とあがっていく。金属反応は無し、視認出来る限りでは防弾ベストもメットも着用していない。
線は細く、飢えているのは明白だ。戦闘終了直後から彼等がまともに食事をしていなかったとすれば、納得出来る疲弊具合である。
俺達にとって敵ではない。相手の様子から察するに、俺の匂いに釣られてやってきただけだろう。
そんな相手を殺すのは無しだ。
「シミズ、襲い掛かってきた場合のみ追い返してやれ」
「はい――――いえ、接近してきます」
此方が銃を持っているとは相手は思わないだろう。
現在保有している全ての武器は各々の内部メモリに戻し、俺の武器も服の下だ。男か女か程度しか情報を入手していないだろうし、女性の方が多いから多少力が落ちても大丈夫だと思ったのかもしれない。
だとしたら、非常に不幸だと同情を感じてしまう。
シミズが向いている側から複数の足音がする。徐々に徐々にと進む様に一応の警戒はしているのだなと思いつつ、やがて焚火によって照らされた場所に姿を見せてきた。
枯れ枝という程細くはないが、かといって健康的な細さとは言い難い微妙な体格。髪は各々染めているようで、そうなる前までは所謂陽キャだったのだろう。
「お、おい。 食料を寄越せ……」
不安を滲ませながらやってきた不自然に金髪となっている少年に向けて、俺は躊躇せずに腰に差していた銃を相手に向けた。
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