第百三十六話 険しき道の途中で
人通りがあまり無い道は久しく感じる孤独感を胸に抱かせる。
あの戦闘以外では数週間も外に出られなかった。それだけに基地内と同じである筈なのに吸い込んだ空気が違うようにも感じてしまう。
加え、彩達の普段の姿も基地内と比べてまるで違う。これまでは基地の内部であるということで常時警戒している雰囲気を彼女達から感じたが、今は警戒はしても温和な雰囲気も同時に感じている。
皆の顔にも笑みが浮かぶ回数が増え、資金問題が解決した身としては個人的に足取りも軽い。
これからは少なくとも、資金面で苦労をする事は殆ど無いだろう。代わりに別の問題が浮き上がっているものの、それでも直ぐに問題に発展する程ではない。
再び始まった旅の中は比較的穏やかだ。
襲撃も無く、緊張する必要も無く、傍には彼女達が居る。
それが偶然による産物であろうとも、今此処に居る事実こそ誇るべきだろう。特に彩の尽力は目を見張る程であり、こればかりは流石にワシズとシミズよりも前を進んでいた。
それが愛であるというのも、今考えれば恥ずかしいものだ。愛の力だなんて、今時はロマンチックだと笑われるだけ。真面目に力になるだなんて考えられないだろう。
それが成立しているのがおかしいのである。どうしてそんな風に設定されているのかと柴田博士の思考を疑うも、確かに現状において容易くその力に到達させない為には愛情を利用するしかない。
人とデウスが愛し合う。それは人工的に行う事は不可能であり、極めて偶然に頼らなければならない。
故に、この力に到達出来たものは軍の中では皆無に近いだろう。
いや、未だ居ないと断定してもおかしくない。何せその力があるだけで世界の覇権を取る事も不可能ではないのだ。
隠すだけの要因が存在しない。特に日本であれば余裕も無いのだから早期に手札を切るだろう。
もしも彩の他に存在するとしたら、それは彩のように軍から逃げ出した者だ。そのデウス達が他の人間と愛を築き、追い詰められて力を発揮したとすれば軍に追われる事を恐れて潜伏している可能性も否めない。
そんな者達は例外無く軍を恐れている。数で囲まれれば数少ない脱走者達では太刀打ち出来ず、したらしたで何処からか情報を聞きつけた面倒な者達が押し寄せてくるのだ。
それはPMCかもしれないし、難民かもしれないし、或いは武装組織であるかもしれない。
そのどれもに属しても幸せな結末には到達しないだろう。俺達もその点はまったく同じだ。
恐れない為には何が必要か。考えた時に最初に思い浮かぶのは、人間らしく団結だ。意志を統一させ、数を揃え、並み居る者達を押し潰して求める未来へと全力で向かう。
だが、それでは軍の者達と激突するのは必然。故にすべきなのは、秘密裏の活動になってしまう。
隠れ潜み、仲間を集めて目的を達成する。それを達成するのは至難の業だろうと、歩きながら最後に締め括った。
「この後はどうする予定ですか?」
「先ずは岐阜を越えて滋賀だ。 そこで情報収集を行いつつ、不足した物があれば購入する。 県を越えたらワシズはアタッシュケースを出してくれ」
「解ったよ。 買うのは食料?」
「それが最優先だが……実は買う以外にもちょっとやりたいことがあってな」
一つの県を越えるまでに消耗品は大分削れてしまうことだろう。
それを補充しつつ、俺は伊藤指揮官の投資に対してどう見返りを用意しなければならないのか。
考えてみたものの、要求された内容は成長だ。俺達が如何なる敵に対しても面と向かって対抗出来るように成長してくれと望んでいるのであれば、何を成長させるかを考える必要がある。
俺達一人一人の成長もあるだろう。ワシズとシミズにはまだ彩と同様の状態になるという成長が残され、俺は彼女達に少しでも釣り合うように他所との会話に対して潤滑油になる必要がある。
今から技術面を鍛える案もあるにはあるものの、正直に言ってしまえば実用的になるまで時間が掛かり過ぎる。
今直ぐ彼女達の力になるにはもっと多くの外部者と繋がりを構築し、一つの組織めいた形にするべきだ。
その中で俺は彩達を繋ぐ潤滑油として活動する方が今直ぐの成果としては現実的だ。
かといって無作為に繋がりを作ろうとしてはマキナの連中に居場所を教えるようなもの。こんな時勢の中でも連中は必ず俺達を見つけ出すだろうから、吟味した上で接触相手を決める必要がある。
一番良いのは脱走した他のデウスだ。既にパートナーが居ればなお良しで、是非戦力として引き込みたい。
同時に、食料等を安定的に供給出来る者達とも繋がりたいのが本音だ。
「彩、これから移動している最中に野良のデウスを発見すれば教えてくれ。 今後の俺達の安全の為にも団結する事は必要だ」
「私が居るだけでは足りないと?」
「相手が相手だ。 どれだけ安全策を弄しても絶対の安全は無い。 それなら手札を多く持っていた方が良い――なにより、君が全力で戦う為には防壁は複数あった方が良いだろう?」
「……解りました。 ですが、確率は低いと思いますよ」
「構わないさ。 正直に言えば然程期待はしていない」
これまでも何回か脱走したデウスと遭遇する機会はあった。
だが、それも完全な偶然だ。次も会えるとは限らず、であれば最初から過度な期待をするべきではない。
会えれば最善。その程度の心意気でなければ気落ちの度合いも酷くなるというもの。
後は社会的に繋がりの薄い者との接触だ。此方は少し探せば簡単に見つけることが可能で、俺の小型端末で検索をかけても大人数を見つける事が出来る。
そういった者達は基本的に民衆から見れば邪魔者として見られてしまうもの。一部では武装組織と勘違いされるケースも存在し、酷い場合では殺人事件に発展することもしばしばだ。
彼等が求めているのは人並みの生活だ。
普通の家に、普通の職場で、何も困らずに暮らしていたい。けれども、それが出来るだけの資金を彼等は持っていないのである。かなり難民に近いが故に、彼等はどうしても普通の方法で金を稼ぐことは難しかった。
そこを俺が助ければ、彼等も多少は恩を感じて手伝ってくれるかもしれない。恩を仇で返せないくらいの戦力を見せつければ、恐れて攻撃をしなくなるだろう。
「俺はあの基地での出来事で今後絶対に個人で生き抜くのは難しいと痛感した。 もしもあのまま個人として行動していれば、遠からず彩が最初に死んでいただろう」
「それは……否定はしません」
「ああ、こればっかりは否定出来ない。 そして同じ戦場に居たワシズとシミズが次に死んだだろうさ。 最後には俺だけとなり、その俺も一人じゃ簡単に死ぬだろう」
全滅して終了の言葉を述べれば、誰もが反対の声を出さずに沈黙する。
そうだ、このままの行動を続けていては遠からず死ぬ。集団を作りたくなくても、それでも生きていくには集団として活動する以外他にない。
人は群れていなければ大きな事を成し得ないのだから。批判をしながらも軍を必要とする者達は無数に存在する。
だから俺達は決めねばならない。
「これから俺達は一段階成長する必要がある。 その為の第一歩として善意の施しをしようと思う」
今生きる事に苦しい者に、協力と引き換えに生活を与える。
勿論それで安全な生活が送れる訳ではない。だが少なくとも、飢えて苦しむ事無く日々を過ごす事は可能だ。
丁度と言っては悪いが、今はパワードスーツ達が引き起こした騒ぎによって無数の難民が生まれている。それを全て救済する方法は国には無いし、勿論俺にも無い。
よろしければ評価お願いします。




