第百三十五話 別れの挨拶
「約束は約束だ。 此方としては残ってもらいたいが、君達が決めた事に口を出すつもりはない」
「ご理解いただき、誠に感謝致します」
「これからも互いに益があれば協力することもあるだろう。 それは吉崎指揮官も岸波指揮官も望んでいることだ。 だから、この資金と電話番号は持っておけ」
「……これは私達に対する投資ですか?」
「他はどうか解らないが、少なくとも私にとってはそうだ。 君達は今後を変える力を持っているし、その関係性は極めて貴重だ。 他にデウスを大切に思っている指揮官が居れば同様に接触を図りたいと思うだろう」
「成程、つまり靡くなと」
「違うな、寧ろ逆に飲み込んでしまえ。 その方法については解っているだろう?」
岐阜基地で行った指揮官との会話は、これで全てだった。
俺は伊藤指揮官に対して最後に頭を下げて退出し、そのまま自室へと向かう。
手には全指揮官分の電話番号と電話番号に偽装した通信番号の書かれたメモとアタッシュケースだ。この通信番号の正体はデウス達の物であり、今回はその中で特に関りが深かったPM9とZ44の番号が記載されている。
アタッシュケースの中身は大量の札束だ。伊藤指揮官が言った通り、このアタッシュケースは投資である。
俺達がこの金を使って成長するのを楽しみにしていると伊藤指揮官は言外に告げていて、恐らくは他の指揮官達も似たような思考で金を出したに違いない。
流石に運営費をそのまま使ったとは思えず、この金は彼等のポケットマネーだと考えるのが妥当だ。
そして、それを受け取った時点で俺は彼等の思惑に乗ることにしたのである。
これからの生活の中で金を消費する場面は幾らでも浮かぶ。彩達はあまり資金を使う必要性が無かったが、俺に関しては節約を強いられていたのだ。
そうであるからこそ、節約をしない分俺達は成長しなければならない。
これからはマキナの脅威が更に高まるだろう。あの戦いは最終的に俺達の勝利となったが、かといって完全勝利である訳では無い。
無数に発生している街の被害は無視出来るものではなく、それがマキナにとっては有益になった筈だ。
相手側には彩の情報は渡っていない筈。油断は出来ないが、あそこに居た面々は一部捕獲した者を除いて破壊した以上渡ったと考えるのは難しい。
されど、また何か奇妙な技術を使って通信を繋げていた可能性はある。もしもマキナが彩の能力に追随出来る技術力を保有していれば、次はこれの比ではない被害が生まれるだろう。
そうなる前に俺達に成長しろと告げているのだ。一先ず目先の目標としては、彩の能力の把握だ。
どれだけの事が出来るのか。どれだけの事が出来ないのか。
少なくとも、彼女の能力が単純なものであるとは考え難い。全ての情報を整理し、その上で他のデウスも同じ能力になるかを調べる必要があった。
その為に恋愛をする必要があるのだが、俺の傍には居るのはワシズとシミズだ。
あの子達に対して恋愛云々を抱けるとはとても思えない。良くても家族愛くらいなもので、それで発動してくれるのであれば幾らでも俺は彼女達を愛すだろう。
だが、実際はそうではあるまい。これは推測の域を出ないが、恐らく異性間の恋愛でなければ意味が無いのだ。
一人一人が互いに愛でもって繋がり合う。
一夫多妻染みた真似など言語道断という決意が、この能力には備わっている。だとすれば、今の俺達の関係性は甚だ健全であるとは言い難い。
「今戻った。 そっちの準備はどうだ?」
「お帰りなさい。 滞りなく全て終了していますよ。 殆どのデウス達からは引き留められましたけどね」
「解っていたことだな」
自室に戻って彩に状況を尋ねれば、既に終わったとの言葉が。
執務室での会話は然程時間は掛かっていなかった筈だが、デウスらしく通信で挨拶をしたと考えれば不可能ではない。そんな簡単に終わらせて良いものかと思うも、それが彼女達の関係であるなら何か言う必要は無い。
「解っているとは思うが、誰か付いて来ようとしていたら止めてくれ。 これはシミズとワシズも徹底してくれよな」
「OK、任せて」
「既に準備中。居る」
「今直ぐ止めてくれ」
彩の人望は偉大だ。素人目でもこれまでの鍛錬によってデウス達の動きは変わっていた。
正確には彩に似てきているが、それでも個々人の持つ癖によって僅かにせよ動きが違う。彩がアサルトライフルを専用装備にするように、他の面々にはハンドガンが専用装備である場合やライフルが専用装備である場合も勿論ある。
その違いは当時の装備品在庫の関係もあるが、性格によるところが大きい。
接近戦を求める者は射程の短い専用装備を使い、視野の広い物は射程の長い装備を使う。それによって彩は指導内容を一部変え、結果としてそれが人望に繋がった。
俺に対しても何故かデウス達は好意的であるが、恐らくは彩が好意を抱いているからだろう。
彼女が認めた相手であれば信頼するに足る。そういった認識をされていれば好意的になっていてもおかしくはない。
故にこそ、彼女に付いて行きたいと思う者が出るのも道理だ。特に現状は彩が一番戦力として秀でていると言っても過言ではないかもしれない。
少なくとも、ただのデウスは未だ完全に既存の法則から脱した訳ではないのだ。どれだけ明らかに理不尽な性能を持っていても、彼女達には傷を付けられる。
そして、彩にはそれが出来ない。帰還した時から解っていたことであるが、彼女の身体は負傷しても完全に元通りになる。
生存性で言えば一番であるのと同時に、弾薬を消費しない攻撃は極めて脅威。
正面からの戦闘行為は避けるべきであり、可能な限り傍に居たいと思うのも解る話だ。しかしかといって、それで希望者全員を連れて回れば軍にも警戒されてしまう。
軍という存在の必要性を消失させてしまう程の戦力は今の日本にあってはいけない。
それで内紛が始まれば、俺にとって一番求めていない結末で終わってしまう。
俺達は必死に抜けようとするデウス達を説得しながら、部屋の掃除等の退室の準備を進める。一応後で業者が纏めて清掃するそうだが、怪しい部分はないかの確認も含めて俺達でも清掃は続けていく。
全ての準備が終わるまでに一日を費やし、最終的には次の日の朝には基地の出口に立つ事が出来た。
見送りはデウス達だけ。
指揮官の姿は何処にも無く、今日も仕事に追われているのだろう。
デウスの殆どは寂しそうな顔をしていた。何かの切っ掛けで一気に此方に駆け込んで来てしまいそうな程、精神的な安定感を欠いてしまっているのだろう。
そこまでの支柱になってしまったのは正直失敗だ。もう少し関係性を浅くすれば良かったのではないかと後悔するも、最早そうなってしまっては致し方ない。
ならばこれからを考えよう。成長した彼女達であれば然程の苦労は無い筈。それをこれからに活かしてもらえれば、最終的な結果に変化が起きるかもしれない。
「本日までお世話になりました。 非常に感謝します」
「此方こそ感謝致します。十席同盟の方が指導してくださったお蔭で確実に我々は成長しました。 これからは彩様の名に泥を塗らないよう精進していく所存でございます」
「そこまで恐縮しなくとも良い。 私に出来る事を時間が許す限り教えた。 今のお前達ならそこら辺の雑魚には敗北しないだろうよ。 ……解っているとは思うが、勝手に追跡なぞしないように」
「――勿論です。 既に行おうとしていた者達は取り押さえております」
何というか、まるで主従関係である。
俺が口を挟ませる余地は無い。それを見せられているようで、成程これが上位者かと感心すらしていた。
そのまま俺達は彼女達を背に舗装された道を進んでいく。三時間もすれば野原だらけの道へと変わっていくだろう。
久方振りにも感じる旅。そこに懐かしさを覚え、妙に口元は緩んだ。
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