第百三十四話 違反・犯罪・ご注意を
後片づけに終われる基地の風景を見ながら、早くも一週間が経過した。
その間に目立った騒ぎはあまり無い。デウスが殆ど修復され、シミズとワシズも特に問題らしい問題が発生せずに日々を過ごしている。
被害を受けた街には軍人が復旧の手伝いに向かっているが、そもそも国家の関与しない形で件の街は生まれている。
その為、そこに住む者達は軍に対してあまり良い感情を抱いていない。加えて、多くの税金を払いながらも街はほぼ壊滅に近い状態になってしまった。
復旧に向かった軍人には無数の罵倒が飛び、酷い場合には石を投げられることもあるらしい。
確かに、今回直接的に解決したのは彩だ。周辺の雑兵を処理したのは軍であるが、それが出来たのも彩が透過の発生源を潰したからに過ぎない。
褒められるような成果は少なく、しかしそんな結果を軍は表だって公表はしないだろう。
俺達も特にそれを誇るような真似はしなかった。俺は当然であるし、彩は彩でそもそも軍に褒められても喜びはしない。それに例え、公表されたとしても俺達が不必要に目立つだけだ。
余計に注目を集めるようでは自爆を招いてしまう。そうしない為には軍の成果にしてしまった方が都合が良い。
彩が軍に認められていないように見えてしまうのは非常に遺憾である。遺憾であるが、俺達全員で決めた事だ。
特に当事者である彩がそれで良いと決めたのであれば口を挟む真似をするべきでない。
故に、一応は軍が解決したとして世間には情報が流れている。端末で調べても俺達らしき情報は見られず、どうやら無事に回避出来ているようだ。
全員の修理は終わっている。直近の問題は無いと言えば無い。
であれば、これ以上この基地に居る必要も皆無だ。最初に約束した通り、俺達が此処に居る理由は既に切れている。
基地の状況も未だ完全ではないとしても落ち着いていた。今ならば、俺達が去ると告げても伊藤指揮官は素直に呑む他にないだろう。
またあの日々が始まるのだ。此処に来てから僅かな日々しか過ごしていないが、それでもあの旅が何処か懐かしく感じる。それは他の皆も同じようで、俺が荷物を纏める姿に微笑んでいた。
「どうしたんだよ」
「いえ。……またあの頃のように過ごせるのだなと感じただけですよ」
「そうか? ま、認められるかどうかはこれからだけどな」
俺の言葉に大丈夫ですよと部屋の入口に立つ彩は怪しく微笑みながら告げる。
そっと天井を指し示す人差し指にはマッチの火。それだけで何をしようとしているのかが解ってしまい、溜息を吐く。本人が自覚しているかどうかはともかく、その方法はただの支配だ。
従わなければどうなるか解っているだろうなと告げ、無理矢理求める言葉を引き出す。
それは指揮官がデウスに対して行う非道と非常に酷似している。あの戦闘から帰還してからの彩はこんな振舞いを行うようになり、正直に言ってしまえばあまり良い傾向とは言えない。
今回も相手は何かしらの言葉を投げ掛けて止めようとするだろう。しかし、今後の事も考えてそれを強引に切り捨てれば、待っているのは敵対化だ。
「……彩、今の君は軍の指揮官とあまり変わらないぞ。暴力で無理矢理解決するのは利口とは言えないな」
「――――ッ」
指摘の声に、彼女は目を見開いた。
人差し指から出ていた火を慌てて消し、その顔は真顔へと変わる。彼女は優秀なデウスだ。
直ぐに自身のこれまでとを比較して理解したのだろう。暴力的な行動は確かに自身が嫌っていた他の指揮官と変わらないと。
それだけで十分に彼女は反省しようとする。だが、それだけでは万が一の可能性がある。
更に補強する事も出来るが、そうするのは個人的にあまりよろしいものではない。何せこれは、惚れてくれた相手を利用するようなものなのだから。
「俺の知っている彩は力強く、そして優しく微笑む女だ。……すまないが、今の彩を好きにはなれない」
「!?」
俺を守る事に関して、彩は一歩も譲らない女性だ。
俺達の中で一番の強者であるのも勿論彼女であり、故に多少なりとて強引になってしまうところはある。
だが、何でもかんでも要求するような女性ではないのも事実だ。そうなってしまったのは諦観も混ざっていたからだろう。俺達以外、正確に言えば俺以外は不要と断じていたからこそ彼女は俺を守る事を重視していた。
今の彼女は非常に欲望的だ。相手が何を言おうが、何をしてこようが、全て己の力で解決することが出来ると考えている。
その考えは実際、間違いではない。今の彩を止めようとするならば、少なくとも十席同盟の大部分を投入する必要が出てくるだろう。既存法則を歪めてしまう彼女の力は絶大極まりない。
だからこそ、自制は必要だ。その力を無闇に振るわないようにする為にも、早い段階でキツく言っておく必要がある。
そんな想いで放った俺の言葉に、彩は目に見えて動揺していた。
見開いた瞳は右往左往し、そんな機能は無いだろうに身体は震えている。何回も掌は開いて握り締めてを繰り返し、何かを言おうと口を開かせては閉じていた。
たった短い言葉でも、彩は俺の言葉で容易く感情を見せる。この動揺も決して嘘でないことはこれまでの経験から嫌という程理解していた。
「今回は俺だけで行くよ。なんだかんだ複雑な相手なのは確かだが、それでも関係性を切るにしては早計過ぎる。最初は直ぐに切るつもりだったが、流石にここまで面倒な状況になってしまうと迂闊に敵は作れないからな」
「……解り、ました。私も自制しようと思います」
「ああ、そうしてくれ。 ……悪かったな、いきなりこんな事言って」
「そんなことはありません!」
話を付けに行くのは俺だけだ。
彩もシミズもワシズも待機とし、話が終わり次第即座に出れるように備えてもらう。
シミズとワシズは今現在他のデウスと交流を重ねている。それは俺が意図して命令したことであり、彩が痴態と思うだろう表情を見せない為だ。
訓練の中でお願いをしたデウスは非常に快く頷いてくれた。お蔭で今の彩の顔を二人は見なくて済んでいる。
もしも見れば、何かしら思うところが出てしまうかもしれない。今も明確に仲が良いとは言えないからな。
それに二人だけで話をした方が彼女も真剣に考えてくれる。今も震えながら近付いて、俺の言葉に即座に大声で返した程だ。
「ご不快になられていたのでしたら申し訳ございません。ですから! ……どうか、捨てないでください」
「いや、元々捨てる気は無いよ。その点は悪く考えないでくれ」
「本当ですか……?」
「本当だよ。今回は俺が直した方が良いと思った事をそのまま口にしただけだ。こんな程度でお前を捨てるだなんて、有り得る筈がない」
俺の言葉に、彼女は目に見えて安堵の表情を浮かべる。
そして、そのまま座っていた俺に向かって彼女は優しく抱き着く。体臭は無い筈なのだが、俺の鼻は妙に爽やかな匂いを彩から感じ取った。
全力にはならず、かといって弱過ぎない抱擁は絶妙だ。壊したくはないと思っている事が強く伝わってくる彼女の行為に、何処か懐かしさすら覚えてしまう。
この感覚は一体何処からくるものだろうか。少し考えてみるも、その正体は掴めない。
けれども、決して覚えの無い感覚ではないのも確かである。旅の間に行った事が影響しているのだろうか。
「ほら、もういいだろ。 そろそろ行くぞ」
「――――もう少し、良いでしょうか?」
「……ああうん、反動で急に幼児っぽくなるなよ。後少しだけだぞ」
はいと、彼女は俺の耳に囁くように告げる。
今回悪いのは俺だ。だから苦笑しながらも、妙に子供っぽくなってしまった彼女の要求を受け入れる。
その後も何度か同じような事を繰り返し、結局執務室に向かえたのはあれから三時間も経過した頃だった。
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