第百三十二話 緊急会議
「さて、それでは緊急だが会議を始める。なお、この場には居ない者はモニターでの参加となるがご了承いただきたい」
何時もの執務室はこれまでよりも人口密度が多かった。
モニターでの参加者は吉崎指揮官と岸波指揮官の二名。他の参加者は俺側は彩とワシズとシミズの何時もの四名に加え、PM9やZ44といった日頃から会話する者達が多く席に座っている。
各々の陣営に別れて固まり、俺の両脇にはワシズとシミズが最初に会った時と同じ無表情を周囲に向けていた。
彩はワシズの隣に座っている。その目は普段通りに鋭いままだ。
軍人に対してだけは彼女の態度はまるで変わらない。どれだけ階級が上でも、彼女の敵意に一切の減少は無いのだ。
いや、あの戦闘が終わってからは益々酷くなっているように見受けられる。
俺が此処に来るのも彩は苦言するようになってきた。以前は何回も行っていた為に然程気にされなくなっていたのだが、あの変化が彼女の何かを変えたのだろう。
そんな彩に複数の視線が集中している。
指揮官達は努めてその目を向けないようにしているものの、PM9とZ44は失礼に当たる程に見ていた。
今回の議題の中心は間違いなく彩だ。それ故に視線が集まり易いとは思っているものの、それでも話には順序がある。手早く進めたい気持ちも解らないではないが、俺だってその辺は解っているつもりだ。
ついに我慢出来なくなった伊藤指揮官がわざとらしく咳払いを行う。
それによって全員の視線を集め、重々しく口を開いた。
「先ずは今回、よくぞ無事に帰還してくれた。今この場に居るデウス達は誰か一人が居なくなっても他の一般デウス達に影響が発生する貴重な戦力だ。一般デウス達の被害も大きいが、幸いな事にブラックボックスまでは到達されていない。時間は掛かるだろうが、全員が復帰出来るだろう」
『一応念の為にと俺と岸波指揮官も確認をしたが、全員が無事だ。全員が復帰するまでには数ヶ月は掛かるだろうよ』
『代わりに兵士の被害は無視出来ません。手続きに時間が掛かるでしょうし、ご遺族からは怒りの矛先を向けられるでしょうね』
「それは最初に入隊した時点で決まっていた事だ。気持ちは解るが、かといって被害をゼロにする事は出来ない」
今回の一件で彼等は明確に成果を上げた。
本部との情報交換の後に彼等の階級は上がるだろう。妨害も発生するだろうが、この件はあまりにも有名になり過ぎてしまっている。
下手な妨害は疑われるだけ。であれば、誰もが此処は無視を選択するだろう。
彼等の思想に肯定を示す者は媚を売りに行く可能性が無きにしも非ずであるが、そんな相手に此処に居る者達が素直に受け入れる筈もない。
今回は数多くの死者を生み出した。その死者の上に立つ以上は、彼等の持つ責任は甚大だ。
それは十席同盟に居る者達も変わらない。解決に直接関与したのは彩であり、彼女は現在も十席同盟に在籍している事になっている。
ただでさえデウスの中では破格の権力を持っている集団が、更にその格を高めるような行動をした。
軍もこの集団の扱いに関しては非常に困っているだろう。このままにしては只でさえ不信が強まっているデウスとの関係を余計に悪化させるだけであり、逆に更なる権限を与えれば指揮官の多くが文句を言ってくる。
デウスへの差別意識は根強い。この一件は人間の階級を上げて終わる話ではないのだ。
そして、同時に指揮官やデウスには無視出来ない問題も発生している。
指揮官達が思い出すのは彩のあの状態だ。吉崎指揮官がPM9を通して見ていた彩の姿が画像として残されている。
それを岸波指揮官へと流し、彼も見た。
「今後の我々の扱いについては本部でも話し合いは出来る。至急意見を纏めたいのは、彩のあの現象についてだ」
伊藤指揮官が全員に見えるように、一枚の資料を机の上に置く。
そこには彩が燃える姿が鮮明に映され、明らかに既存の物ではない武器を持っている。空中に浮かぶ盾は未だ軍内には存在しない武装であり、報告されても虚偽だとして処理されてしまうだろう。
そうされない為にも動画が存在し、複数の視覚からのものを採用している。複数の証言者も存在する以上は流石に虚偽と判断するのは不可能だろう。
けれども、それでも嘘だと叫ぶ者達は一定数存在する。
それを防ぐ為には、実際に行った者の言葉と実演が必要だ。彩が此処に居る理由はそれであり、他のデウス達も彩のその姿をもう一度間近で見たかったから此処にいる。
「早速で悪いが、あの状態を再現してもらえないか?」
「断ります」
伊藤指揮官の言葉に、即座に彩は断った。
まったくのノータイム。一切考慮する余地無しと断じる彼女の姿は何時も通りである。
だが、今回に限れば彼女の断りを素直に受け入れる訳にはいかない。彼女がそうするのを解っていても、指揮官の誰もがそのまま頷けないのである。
「……君の気持ちは解る。我々を嫌う君がそう簡単に自身の優位性を外部に教えようとはしないだろうし、それが彼を害す可能性がある以上は何をしようとも話はしないだろう」
伊藤指揮官の言葉は半分は当たっている。
彩は軍を嫌い、益を与えるような行為を絶対に選択しない。するとしても只野が認めた場合か、あるいは致し方ないと決めた場合のみだ。
加えて、与えた情報で只野が苦しむのならば彼女は自分から死ぬだろう。ブラックボックスへと手を伸ばし、そのまま砕く姿が容易に誰の脳裏にも浮かんでしまう。
しかし、それだけではないのだ。彼女が話をしないのは、決してそれだけではない。
只野は今回について何かを言うことはなかった。話をしても、話をしなくても、どちらでも構わないと敢えて彩には何を告げていない。
この機能は彩のものだ。
どうするのかも彩が選択すべきものである。故に彩は自分で考え、何も話さぬ事を選んだ。
『取引だ。お前の望むものを此方は手配しよう。代わりに、君の機能について教えてくれまいか』
「それもお断りします。既に欲しいものは全て手にしていますので」
『只野に苦労させることも含めてか?』
「そこで俺をダシにするのは無しですよ、吉崎指揮官」
『ですが、この情報は何れ軍全体が知ることになります。調査の為に本部直属の部隊が派遣されるでしょうし、そこでも拒否を続けるようであれば最悪処分となりかねません』
岸波指揮官の心配の籠った言葉に嘘はない。
このまま彩がだんまりを決め込めば、情報としては不足したまま。特に現状を一変させられる機能であると認められれば、昇進目的の指揮官であれば絶対に欲しいと思うだろう。
そこから調査目的の部隊が派遣されるのは確実であるし、万が一その部隊に対しても否を突き付け続ければ欠陥の烙印を押されて強引に処分するだろう。彩が敗北するとは誰もがあまり考えていないものの、数が数だ。
そんな心配気な視線を送る岸波指揮官の目の前で、彩は掌を差し出す。
その表面からは仄かに蒼い炎が滲み出ている。瞳は透き通る青から鮮血の赤へと変化していき、空中に盾の一部分と思われる黒い塊が浮いていた。
「――ならば、総じて潰すまでだ」
彩は笑っていた。
他の全てを嘲笑する歪んだ笑みで、その顔に敵味方の概念は存在しない。
彩に味方をする者以外は総じて全て滅ぼす。その意志を秘めた顔は指揮官達の背中に氷柱を差し込まれる感覚を抱かせた。
滲み出る狂気は只野にだけは向かない。全ての狂気を相手にだけ叩き付け、味方するのは誰だと視線を動かす。
シミズとワシズは最初から只野の味方だ。だから彩と敵対する意思は無い。
PM9とZ44は敵に回したくはないと互いに瞼を閉じた。残る指揮官達も出来れば彩に味方をしたいが、そうする訳にはいかない。
「君だけならば潰す事も不可能ではないかもしれない。だが、それ以外も守れるのかね」
伊藤指揮官が言外に只野を守れるのかと尋ねる。
彼女を支える大きな柱は只野だ。その只野が殺されてしまえば、彩は暴走を開始するだろう。
どれだけ彼女が強くなったとしても、数の暴力はそう簡単には覆せない。誰か一人でも只野に接近すれば、後はナイフ一本で殺しておしまいだ。
「解っていますよ、そんな事は。ですが敢えて言わせてもらいます。この力があれば、不可能を覆す事も可能でしょうとね」
最後に彩が放った一言が、会議の最後を決定付けた。
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