第百三十話 デウス・エクス
紅蓮に染まる炎ではなく、蒼炎に染まった炎は人の魂を連想させる。
人が思い浮かぶ幻想。それを欲して、けれども決して手に出来なかった空想の産物。
故にこそ、その炎は生ける者達を魅了し畏怖させる。実際に見た者が居ないからこそ、魂を具現化したような彩の姿に誰もが動きを止めるのだ。
その隙を彩は見逃さない。蒼炎が銃に集まっていく。
アサルトライフルに籠った炎は一つの弾へと変化していき、銃口を照らした。向けるべきはパワードスーツ達であり、彼女の行動に対して超能力者は何も言わない。
どうせ効かないのだ。どのような物理的手段を講じたとしても、それが物質である限り透過は問題無く起きる。
それは彩も理解の範疇だ。その上で彩は引き金を押すのである。
効かない道理は解っているのだ。解っていて、それでも彩には関係が無い。
柴田が求めたデウスとは、そんな道理を無理矢理にでも捻じ曲げるのだ。如何なる法則の前でも愛は勝つと告げ、蒼炎はその想いを燃料に不可能を逆転させる。
結果として放たれるのは輪郭が揺らいだ蒼い弾丸だ。それがパワードスーツ内へと直進し、相手は防ぐ為に透過を使う。必然的に貫通が発生し、弾丸は後ろへと向かうだろう。
そうなるのが自然であるが、パワードスーツは突如として痙攣し始めた。超能力者が指示をしていないにも関わらずに腕は左右上下に暴れ続け、足も何処かに動いては元の位置に戻っていく。
その繰り返しが数分の間発生し、最終的には完全に沈黙した。
「……ッ!?命令が途絶しただと!」
超能力者の声と共にパワードスーツは内部から炎に焼かれていく。
脳も含め、あらゆる部分を炎によって溶かされた身体は僅か数十秒で跡形も残らずに消え去った。
何も残さないのは彩の意志だ。一秒とて脅威になる者が存在して良い筈も無く、彼女は最初に言われていた捕獲も無視して破壊する事を重視した。
そして、彩の目は隣に居るパワードスーツに向く。充填の始まった銃口には炎が集まり、パワードスーツは停止の命令を無視して必死に逃げていった。
そこにプログラムされた動きは無い。人間臭く、時には転びながらも足を動かしていたのだ。
最早相手の戦闘の意志は無い。それは誰がどう見ても断定出来る事実であり、けれども彩にはまったく関係の無い話である。
「汚物は消毒だ」
吐き出された弾丸は、今度は透過も起きずに直接パワードスーツの装甲を撃ち抜いた。
彼女が狙った先にあるのは中枢。脳は一切の防御も出来ないまま、そのまま蒼炎に焼かれていった。
目の前で消えていく機械の塊を見ながら、復活の兆しが無いかを解析する事を止めない。もしも僅かにでもその兆しがあるのなら、彼女は何としても再度消し去らねばならないのだから。
されど、流石にそこまでの機能は無いのだろう。素直に消えた様に、彩は表情一つ変える事無く銃口を超能力者に向ける。
その目は青から赤に変わり、これまで以上の殺意を叩きつけていた。
一身に注げられた殺意の渦は、例えるならば災害だ。単体の災害としては最小のサイズでありながらも、殺傷力に関しては明確な差など存在しない。
どちらにとっても人体には過剰なダメージが入るし、彩の攻撃はデウスでさえも防ぎ切れない。
そもそも装甲の問題ではないのだ。どのような物理的防御手段を保有していたとしても、彩の炎はその悉くを溶かしてしまう。
逃れるには彩を直接倒すか、逃走するのみ。この場においてその選択肢は絶望的だ。
だが超能力者には影に潜む力がある。相手の足は速いだろうが、それでも潜る行為は間に合うだろう。
今回の一番の成果は出せた。このような結果になるとは予想外中の予想外であったが、先ずは命を最優先に逃げるのみである。
故に彼は逃げようとして、自身の片足を影に潜ませた。そのまま海に飛び込むように逃げれば、無数に存在する影を経由して移動することも出来る。
「――逃げれるとでも?」
「なッ!?」
相手が片足を沈ませたその瞬間、僅かに意識が片足に向いていた直後に彩は男の眼前にまで移動する。
これまでも人間の視力ではデウスの速度を捉えられなかった。だが、今は他のデウスから見ても彩の速度を視認するのは不可能になっている。
変化と言えば、彩の足が発火している程度。吐いた脚甲は溶ける気配を見せず、蒼炎を身に纏いながらも彼女の足を支え続けていた。
走った様子は無い。ましてや、何か加速させる道具があった訳でもない。
それでも彼女を見ていたデウス達は全員が一度見失った。気付けたのは彩の声があったからこそであり、そうでなければ彼女の行為が終わった後に気付くことになっただろう。
眼前にまで移動した彼女はそのまま男の襟首を掴む。
そのまま中空に浮かせ、相手の顔面を見る。その瞬間に男は手に持っていたナイフで彼女の眼を刺そうとするも、勢いを付けた直後にそのナイフを腕ごと燃やされた。
いきなりの火炎に男は声にならない悲鳴を上げる。腕は一気に炭と化し、激痛を感じさせる余裕を与えずに男の顔面を地面に叩きつけた。
デウスによる全力の攻撃だ。激痛に気を取られていた超能力者は気付く前に地面に叩きつけられ、更なる痛みと共に意識を刈り取られる。
自身の隊長が一瞬で無力化された事で恐怖の滲んだ声を敵兵士が上げてしまう。
その声によって一早く正気となったPM9は大声をあげ、一気に敵の殲滅へと行動を移した。
解らない事は無数にある。突然の事態に誰もが混乱の最中に居て、通信画面から彩が普通ではない状態になった事を知った只野も決して平静であるとは言えなかった。
混乱もあるし、漠然とした不安もある。一体どうしてしまったのかと彩に尋ねたい気持ちも当然ながらある。
だが、彼女の無表情のその佇まいに只野は別のものを感じた。それが見当違いで、ただの勘違いであっても良い。
モニターのマイクに顔を寄せる。伊藤指揮官には聞こえないよう、声は小さくさせて。
『彩、お疲れ』
数分前までの慌てようが嘘のように、極めて意識して只野は労いの言葉を述べた。
その言葉に彩は口角を最大限吊り上げる。動画とツールによって彼女はデウスの限界を超え、その引き金が愛であることを知った。
その力でもって敵を打倒したが、同時にこれは人には恐れられてしまう力でもある。
無闇に振るうべきではないというのは、純粋にこれを見た人間が恐れてしまうだろうというのも混ざっていた。
それは只野もまた例外ではない。彼もまた人間なのだから、怖がらない筈も無いのである。
実際、回線が繋がっても只野は彩に対して何も言わなかった。その間には混乱や畏怖もあったことだろう。
それにも関わらず、彼は最後に全てを飲み込んで労った。
彩が一番に欲しい言葉を、自身の真意を飲み込んででも只野は与えてくれたのだ。
その行為は他には出来ないだろう。普通の兵士であれば、震える声を隠さずに命令を下すだけだったに違いない。
やはり、只野こそがデウスが求めていた人間なのだと彩は自身を抱き締める。
見上げる天に笑みを捧げ、燃え盛る街の中で無垢な子供の如く只野の事を内心で褒め称えた。
ありがとう、ありがとう、ただただありがとう。
彼の親に感謝を、共に彼を守る為に活動してくれたワシズとシミズに感謝を、彼の意見に同調してくれた指揮官達に感謝を――――そして誕生してくれた彼に感謝を。
「ああ……私は今、生きています」
この世界で誰よりも愛を胸に抱いています。
彼が望むのならば如何なる存在も物も燃やそう。それこそが彼に示す彩の愛なのだから。
戦いはこの時を機に一気にデウス側に優勢となる。生き残った超能力者も街から姿を消し、残るは死体となった敵と武装解除されたパワードスーツのみとなった。
問題は解決する。しかして、新たなる問題が浮上した。
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