第十三話 背中
慣れない長距離移動は体力を容赦無く削っていく。
道中で出会う人も少なく、トラックの一つも見えない割れた道路は何処か寂しさに満ちている。
この五年の間に何処も手入れはされてはいなかったのだろう。割れたアスファルトの間から雑草が生え、人工物の周りに緑が目立つようになっていた。
その中のどれが食用に使えるかは判断がつかない。遠目には兎が複数匹見えたが、しかして全く捕まえられそうになかった。
太陽は現在最も高い頂点に居る。冬を目指して徐々に冷たい空気が流れる筈の秋は、まるでその思惑に相反するかの如く暑かった。胸元に風を送りながら片手は携帯端末を起動し、彼女は一人私服のまま前を行く。
マップに表示された道筋は昔の道をそのまま映している。更新する余裕が無いが為に、例え行き止まりであろうとも昔の道を表示し続けていた。
無論、それを航空写真に変えても一緒だ。まだまだ平和だった頃の風景が見れて、昔を偲ぶ者達にとってはこの機能はかなり喜ばれていた。
あの頃にはあった東京タワーやスカイツリーは既に無い。だが無くとも、過去の写真という形で今も残っている。
何時かは更新によってそのデータの数々も消えていくのだろう。舗装された道路を専用の車が通り、多数の被災地をこのマップに反映させていくのだ。
「また行き止まりか」
溜息を一つ。目の前には無数の岩石によって封鎖された道路が目の前にあり、その大きさは最大で三十mにも及ぶ。
左右には土に埋まった家屋も見え、以前は普通の道だったのであろう。そこを登ろうにも岩石の肌は滑らかだ。何回にも及ぶ雨によって表面を削られた結果だと思考は帰結し、そこを通過する危険性を脳内は訴えていた。
首が痛くなる程の高さを今から登るのは無謀だ。彼女一人であればそれも可能であるが、俺単体で登り切るには体力や技術面にあまりにも不安を抱え過ぎている。
無難に別の道を目指すべきだ。何となく陰鬱となった気分を引き摺りながらマップを眺め、彼女も俺の端末を覗き込む。
この行動を既に何回行ったことだろうかと暫し過去を思い出す。
最初は直ぐに通り抜けられる道があると気楽なものだったが、予想以上に通り抜けられなくなっている道が多かった。
現在の日本は陸路よりも空路を現在は優先して守備している。
その理由は目の前にある通り。無数の自然的封鎖が続き、穴を作る労力が足りていなかった。
デウスは日本にとって最重要戦力。だからやるとしたら人類でやるべきであり、しかしその人類も随分減った。
自国民は自国を最優先しているので人を貸す事も無く、つまるところ自国の問題は全て自国で解決しなければならないのだ。
それ故に全国家が明確に戦争を行わない条約を結び、この五年の間では紛争すらまるでない。
どんな資源でも今は必要なのだ。だからこそ、かつてはテロリストだった者が軍に居る事も珍しくないとミリオタの掲示板には書かれていた。――玉石混交の情報とはいえ、中々納得出来る話だったのを覚えている。
「早朝から歩き出してもう五回目か……。いっそ穴で開けるか?」
「途中で崩壊が始まる恐れがありますので推奨は出来ません。この岩石群が何処まで続いているのかも現状は不明なままです」
「だよなぁ……。砂場でトンネル掘るのとは訳が違うし、空でも飛べればなぁ」
「あの時点で飛行ユニットの一つでも奪っておくべきだったかもしれません。……すみません」
「止めてくれって。そういう事を言わせたくて愚痴ってる訳じゃないし、ZO-1のやり方を否定なんてしないよ」
ですが、と更に言葉を募ろうとした彼女を手で制す。
あの時はこうなるだなんて予想もしていなかった。だから飛行ユニットが必要になるかも解らなかったし、例え必要であったとしても彼女に枷を付けたまま戦わせる結果になってしまう。
飛行ユニットを破壊させないように戦えだなんて、とてもではないが俺は言えない。それは彼女の敗因を増やすだけであって、決して選んではならない言葉だ。
だからこうなったとしても何も言う必要は無いし、これからもそれは同じである。何か問題があれば二人で乗り越えていこうと彼女には告げて、別のルートを考え出す。
彼女は俺の言葉に顔を俯かせていた。悪い事を言ったつもりは無いが、それでも何か気に障ったかもしれない。
微妙に気不味い空気の中で、俺達は休憩も兼ねてその辺に座り込んだ。
「食料自体は節約して後十日分くらいで、飲み物は500が五本程度。先に無くなるのは飲み物だが、濾過装置があるから最悪の場合は食料よりも長く保てるな。それでも余裕が欲しいのは確かだから……」
「三日程歩いた辺りにマップ上では街がありますね。生きているとしたら補給も出来そうです」
「その辺りは……っと。うん、今は復興中みたいだな。多分店とかもあると思う」
マップ上の情報だけでは確かに無くなっているかどうかを探るのは難しい。しかし、追加で調べれば良いのだ。
その街の名前を検索し、現状を調べる。それだけである程度把握出来るもので、実際に調べた限りではその街は国家主導ではなく民間の企業主導での復興を目指していた。
どうしてそうなったのかについては疑問が残る。旅人の休憩目的の為に用意されたのかと思いつつも、今の俺達にとっては丁度良い場所であるのは確かだ。
此処を越えられればという条件があるものの、中々どうして魅力的だ。一昔前であれば余所者に対する偏見だとかがあったものだが、今はもうそんな偏見は何処にもない。
「どっかに抜け穴の情報とか無いもんかねぇ……」
必ず俺達以外にも陸路を進む人間は居る筈なのだ。空路は軍関係者が大多数を占め、民間人が使える便は少ない。
急ぎの時でも最優先は軍だ。だからもしもの場合に備えて車を持っている者も少ないながらに存在し、同時に無駄に地理を把握している人間も居た。
ネット上でもそれは同じだ。軍にとって害を齎す情報であれば規制されるものの、こんな抜け穴一つ程度を態々規制するなんて考えられない。
少なくとも周辺地理に詳しい人間は自身の成果を声高々にHPに纏めて掲載していることだろう。そして、そういった情報はこの時代の中で非常に有難いものだ。中には収益化をして生活している者も居るくらいなのだから、この手の情報は非常に金になる。
しかしどんなに検索を掛けてもまるでヒットしない。あっても他の場所くらいなもので、此処に関する情報は思いの外少ないのである。
「なんで何だ?」
「……恐らくですが、此処に関して纏めるメリットが無いのだと思います。今まで確認したHPに記載された抜け道は全て主要な街に繋がっていて、逆に小さな街に関する情報は少ないまま。金銭目的であればそちらの方が効率は良いです」
「――成程。そりゃそうだわ」
あまりそちら方面には疎いから解らなかったが、確かに小さな街と繋がる場所を目指すよりは大きな街の方が良い。
そちらであれば学校も病院も職場もそれなりにはあるのだから、そういった情報が欲しい者にとってはそちらしか見ないだろう。であれば、効率を求めてそちらばかりになるのも納得である。
マイナージャンルは淘汰され易いとは聞くもので、これもそうなのだと思うと世知辛い。
いや、誰もが生きるのに必死なのだ。その為に切り捨てられる部分を全て切り捨てればこうなるのも納得である。
ならば新しく開拓する他に無い。――――待てよ。
不意に思いついた案に、少しばかり思案を重ねる。だが直ぐに表に出せるような案ではないとして、取り敢えずは頭の片隅に置くだけにしておいた。
一先ずは、この状況を何とかしなければならない。
「しゃあない。他に抜けられそうな道を探そう。獣道でも何でも、行けるのなら何でも利用するだけだ」
「了解です。それでは、先ずはこの近くを暫く探しましょう」
彼女にも一先ずは何も言わない。その成果が出るのは遠い未来の話になるだろうから。
その頃には、果たして俺はどうなっているのだろう。明日をも知らぬ我が身のクセに、そんな未来の姿を俺は想像していた。




