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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百二十八話 いざ、未知の法則を切り開け

『彩!聞こえているか!!おい!!』


 何処か遠く、自身の求める男の声が聞こえた。

 その声に答える事無く、機械仕掛けの身体を動かす。負傷した部分からは今も変わらず軋んだ音を響かせ、傍で聞こえるスパーク音が決してただの故障ではないと伝えている。

 僅かでも動けば精製される赤い燃料が外に流れ、さながらそれは人間の血液のようだ。

 視界には微細なノイズが流れ始め、全体のエネルギー供給にも多大な問題が発生している。そんな彼女の脳内には無数の声が聞こえているものの、ノイズが酷過ぎて明確には拾えない。

 何かを答えたくても、答えるだけの音を拾えないのだ。いっそ全ての通信を遮れば何も聞こえなくなるのだろうが、それだけは避けねばならぬとどれだけノイズが酷くても遮断を選ばない。

 

 ゆっくりとした動作で首を前に向ける。

 顔の表情は解らなくとも、相手は明らかに彩に対して嘲りを浮かべていた。所詮はこの程度と相手は言外に告げているようで、その雰囲気に彼女は憤怒を抱く。

 黒く、黒い想いはこれまでの生活の中で無数に抱いた。只野との生活のお蔭で改善の兆しはあったが、それでも彩の中には人間に対する明確な嫌悪がある。

 デウスにも感情があるのだ。人間と同様に、例えプログラムの塊だと言われても胸に抱けるものがある。

 好き勝手にデウスを振り回す人間が嫌いだった。性能がデウスより低いにも関わらず、大きな態度で接するその仕草も嫌悪を増長させるだけだ。

 戦いに身を置いた人間程、良い人格の持ち主であると彩は思えない。


 中には多少なりとてまともな人格の人間が居るものの、行動をしなければ害悪の人間と一緒だ。

 薄い慰めの声に何の価値がある。一瞬だけの施しに、幸せを感じることなど有りはしない。生ある限り、どんな生き物にも尊厳があるべきなのだ。

 それを放棄させるよう強要する相手を守る必要性は無い。故に、目の前の男が人間であっても殺すの確実だ。

 そもそも、相手は自身の身体を明確に改造している。超能力を持ってはいても、その身体には限界があって然るべきだ。

 ナイフを手放す際に彩は一瞬だけ抵抗を感じた。

 それはつまり、多少なりとてデウスの筋力に対抗出来ると考えたからだ。そうでなければ早々に手放すのは当然である。


「かなりの弾数を命中させたと思ったんだがな。やはり元十席同盟……そう簡単には倒れてくれないか」


「黙れッ……」


「強がるなよ。もうまともに動けないだろうに」


 たった一回。たった一回だけだ。

 それだけで彩は追い詰められた。警戒を厳重にし、超能力への分析も欠かさず、それでも彩は対応出来なかったのだ。無数の弾丸はその一つ一つが彩の装甲を食い破る程ではなかったものの、従来の正規品とは比較にならない高威力を誇っている。

 連続で叩き込まれれば如何にデウスの装甲でも耐え切れず、結果は先程の通り。

 ぶら下がった腕には以前程の力は出て来ない。銃を持つ手も、引き金を押せるだけの力しかない。

 殴るだけの余力は皆無。走ることも難しいのだから、蹴りを放つことも出来はしない。それでも動かねばならぬと、銃を持つ右腕は反射的に弾を吐き出していく。

 ただしそれは決して狙ったものではない。小規模の弾幕めいた弾丸の嵐は影に潜まれることで容易に避けられ、背後で沈黙していたパワードスーツが動き出す。


 攻撃に対して彩は故障した足を無理矢理に動かし、走りながら最後に跳ねて回避し切る。

 しかしそんな彼女の足元にまたしても無数の弾丸。彩のノイズ混じりの視界の中では、その弾の種類が先程自分が吐き出した物と同一である事が解った。

 その弾を身体を捻るように動かすものの、既に彼女は無理をしている状態だ。

 急停止に加えて無理な回避を選択すれば、例え全弾を回避したとしても負担までは避けられない。

 足の装甲が全体的に罅割れていく。中に収めた金属が表に現れ、支柱の一部は完全に折れていた。更に動けばどうなるのかなど明白で、彩は解った上でそれらを無視して引き金を押した。


『――もって五分』


 繋がっている全ての回線に向けて、彩は一方的にそれだけを送った。

 それが指し示すのは、彩の生存時間。五分経過すれば彼女の身体を支える足の支柱が全て折れ、バランスが完全に崩壊する。腕のパーツも一部が破損して地面に落ち、時間が流れる程にそちらも壊れていくだろう。

 全体的に見て、彼女は壊れる寸前だ。それはワシズもシミズも、PM9達も解っている。

 解っているからこそ必死に目の前で妨害してくる対象を破壊していた。最大効率を求める為に二人一組で攻撃を行い、着実に数を減らしていく。

 それでも時間が足りない。時間経過と共に焦るのは軍側であり、逆に有利になっていくのはマキナ側。

 焦っていけばいく程に敵には余裕が生まれる。動きの精度も上がっていき、必然的に回避も格段に上手くなっていた。


 岐阜基地では伊藤指揮官が必死に他所のデウス部隊を回してもらうように他の基地に対しても打診している。

 今この瞬間において果たすべきは彩の生存。その為には街一つの被害は飲み込むべきであり、この後の無数のクレームなど一切誰も考えてはいない。

 相手の位置は解っている。数とて決して負けてはいない。

 それでも目標の地点に到達するまでに時間が掛かっているのは、偏に兵士達が戦っているもう一人の超能力者が影を用いて妨害し続けているからである。

 兵士の弾丸を全て影に沈め、別方向を走るデウス達の眼前に出現させて足を止めるのだ。

 それで対象が故障すればそれで良し。破壊は最初から狙ってはおらず、件の超能力者が行っているのは単純に時間稼ぎ一択である。


「お前達の味方が来る前に貴様の首を落とす。既に主目的も達成された以上、長居をする理由もない」


「…………ッ!」


 このままならば、負けの未来は揺らがない。

 如何なる奇跡、如何なる偶然。それらはこの場において意味は無く、純然たる現実だけが残されていた。

 仮に相手の攻撃を回避出来たとして、そもそも撃破出来ねば意味が無い。全てが全て、彩にとっては極めて詰みに近い状態だった。

 ――――それでも、もし。


「……まだだ」


 諦観に染まれば、きっと彩にとっては楽なのだろう。

 全てを捨て、ただ死を享受する。それは全てを裏切る行為であるものの、彩にとっては救いとなるのだ。

 この場で諦めないと選択するのは異常だ。誰であれ今の彩を見れば無理だと判断しても不思議ではない。

 ご都合主義は世の中には無いのだ。冷酷な現実だけが生き物の首には突き付けられ、そんな中で言い訳を重ねながらその事実から目を逸らせる者が正常で居られる。

 

「いいや、ここまでだ」


 油断はしない。最後のその時まで、男は警戒しながら初めて銃を構えた。

 狙うはブラックボックス。その地点をデウスの装甲を破壊する事に特化したハンドガンで撃ち抜けば、マキナにとって有益な結末に終わる。

 完全な偶然とはいえ、一石二鳥で全ては終わるのだ。この後に次はPM9達を狙い、まともに攻略方法を考えられなかったデウス達では時間経過と共に追い詰められるだろう。

 これで彼女の物語は終わる。否、只野を含めた彩に関する全ての物語が終わるのだ。

 それを阻止したいというのなら、否と現実に向かって剣を向けるのであれば――――叫べ。


「私は――」


 ノイズが加速する。無意識に紡ぐ言の葉を、彩は理解していない。

 そのノイズを見て、只野もまた胸に湧き上がる烈火の激情を表に零す。


「彩は――」


 重なる二つの言葉が、果たして世界にどれだけの影響を与えるのだろう。

 それは小さなものかもしれない。或いは、世界を変える大いなる一歩なのかもしれない。

 誰にも悟られる事無く、これまで僅かに変化を見せていたブラックボックスが遂に光を放つ。皮膚装甲を貫通する程の青白い輝きに、現場に居る生ある者達が驚愕を抱いた。

 何だあれはと、誰かが無意識に口を紡ぐ。それに対する答えを誰もが持ってはいない。

 

此処で死ぬ筈が無い(・・・・・・・・・)


 共に呟いた言葉が、変革を齎す。

 条理を捻じ曲げ、未来を変えろ。己が願いを最上の光と掲げ、明日への導とするのだ。

 ――いざ、未知の法則を切り開け。ブラックボックスの深奥に眠る誰かの記憶が、彩の耳元でそっと囁いた。

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