第百二十七話 暗殺者
単純明快なまでに、今の彩は一番攻められていた。
それは数の大小ではなく、その種類だ。パワードスーツ二台と超能力者一名。
数だけであれば決して負ける要因は無く、例えこの二倍の数があっても負けは無いだろう。それでも追い詰められているのは、その性質故だ。
片や攻撃を透過する破壊兵器。片や避けられ、或いは背後を確実に取る暗殺者。
どちらも直撃をまともに受けようとものなら硬直は確実だ。超能力者の攻撃であればまだ耐え切れる可能性があるものの、もしもパワードスーツの直撃を貰えば如何なる異常が発生するかは解らない。
良くて皮膚装甲へのダメージ。悪ければ直撃箇所の情報伝達ケーブルが切断される。そうなれば修理をしない限り復旧は不可能であり、事実上戦力ダウンに繋がってしまう。
幸いというべきか、彩は最近になって修理された身だ。
未だボディに関しては新品も同然。以前の状態よりもパーツの品質が向上した結果としてパワーもスピードも向上している。
これまでの状態であれば今頃は皮膚装甲を完全に破壊されていただろう。そしてそのまま、集中砲火で終わりだ。
故に、そんな完璧な状態で押されている事実に彩は歯噛みする。
彩以外のデウス達は敵の必死の妨害によってまったく手が出せない。相手の損害は未だ皆無を維持し、超能力者が操作をしているのか奇妙な程に連携を取り続けている。
超能力者を彩が撃とうとすればパワードスーツが攻撃し、彩の攻撃が超能力者に当たると確信した瞬間に透過を解除してパワードスーツが間に割り込んでいた。
そういった意味ではパワードスーツ側の方に破損が及んでいると考える事が出来るのかもしれないが、命中箇所は比較的腕部に集中している。
専用装備でも貫通が出来ずに弾かれ、特定のパワードスーツにはデウスの攻撃すら防御可能な装甲を持っていると彩は判断した。
透過が出来る上に解除をしても一発では破壊し切れない。正しく悪夢としか言えない敵に、マキナ計画の本気度が痛い程に伝わってくる。
少なくとも、このまま攻撃を続けるだけでは何の解決もしない。人間である部分を残している以上は超能力者にも体力は存在する筈だが、当然相手もその点は承知済みだろう。
何らかの方法でこの戦いを長期化させようとはしない。ならば、勝機はそこにある。
時間を稼ぐことを最優先とし、尚且つそれを悟られないよう戦闘を続行する。
難しいことだ。しかし、それをしなければ生存は難しいのも事実。多少の無茶でも通してみせなければ、只野のデウスとしての誇りに傷が入る。
何よりも、相手はあらゆる事の発端。殲滅せねば己は元より、只野に危害を加えるのは確実だ。
それだけは何としてでも阻止しなければならない。例え自分を犠牲にしてでもだ。
退くのではなく、一歩前に出る。手に持つ武器に力を込め、不利な状況であろうとも打倒してみせる意志を敵に見せ付けた。
「来るか。此方が有利と知って、その上でやるか」
「当然だ。お前達はこの世に残って良い存在ではない。潔く死ね」
「……ふん、俺もお前達が守るべき人間だろうに。やはりエラーは生まれるものだなッ!」
超能力者の言葉の直後、自身の足元にある影に全身を沈める。
沈んでいる間は探知は全て効かない。相手が出てくる瞬間を狙って行動する他に無く、さりとて相手が完全に影に沈んだ瞬間にパワードスーツの武器が火を吹く。
それを回避しながら、しかして武器は用いない。無駄な攻撃の一切をせず、真に必要なタイミングを見極めるのだ。
その間にもしかすれば味方が援護に来るかもしれない。現在の状況では絶望的だが、それでも味方の中にはPM9という戦闘に特化したデウスが居る。
やれない道理は無いとも思い、その直後に彩の脳内で警報が流れた。
その警報が指し示す方向に彩は従う。顔を僅かに前のめりに傾け、背後に通るナイフを回避。
そのまま左足を使って背後を通る超能力者に向かって回し蹴りを叩き込む。
放たれた攻撃は超能力者に命中するものの、しかし浅い。まるで直撃をしたような感触は無く、転がっていく超能力者を見てもまったく安心は出来なかった。
その一瞬の硬直を無数の弾丸は見逃さない。小規模の爆発が如くに一点に放たれた無数の弾を彩は残った右足を使って跳ね、その場から離脱する。
地面は抉れ、土は宙に舞い、一部は彩の身体に当たる。
その土を払い除ける事を彩は選択せず――突然目の前に出現したナイフを目玉に当たる寸前で左手で掴んだ。
「土も舞えば影を作る。解っていたことだ」
「流石に利口だな。まったくやり辛い」
影の範囲は酷く小さい。
超能力者の出している部位は腕一本程度であり、声は影の中から響いていた。
頭の中で彩は高速に思考を積み重ねる。相手の出れる範囲は影のサイズに比例し、一部分のみを出す事が可能。
加え、目の前の超能力者も透過の影響を受けていない。物理的な方法で倒す事は十分可能な範囲であり、やはり何処までいっても人間にまでは作用していない。
単純な話、この情報だけで超能力者の打倒は現実的になった。
彩はその情報を元に握り締めたナイフを引っ張る。そうなれば当然握っている手も引っ張られるのだが、彩の想定通りに相手はナイフを手放した。
腕は再度影の中に沈み、転がっていた身体も起き上がる。
掴んだナイフは彩が力を込めれば歪んで潰れた。これで一本の消費が起きるるが、相手は足に括り付けていたもう一本のナイフを引き抜く。
銃には未だ手を出さない。近接装備ばかりを多用する姿勢は中世の暗殺者も斯くやといったもので、近代の流れとは少々ばかり外れている。
そうなっているのはやはり彼固有の力があるからだろう。超能力は銃を超える武器になる。
それを証明してのける姿に、彩の警戒が更に高まっていく。
「デウスでも意外と初見は解らなかったんだがな。その武器もお前達の装甲を貫通する事が出来る筈なんだが、どうにもお前の装甲は貫通出来ない。何故だ?」
「さてな、私に聞いても解らんよ。軍の技術者達に聞いた方が良い結果が返ってくると思うが?」
「ふん、何処までも見下してくれる。……その顔が何処まで平静に保てるか、見物だな」
刹那
「何――――ッ、!?」
複数の弾丸が彩の影から出現する。
弾数は数十発。それだけの弾数が一斉に彩へと襲い掛かり、突然の攻撃に彩は防御よりも回避を取った。
デウスの持つ演算機能を遥かに超えた刹那的な演算。どんなルートで弾丸が通るのかを計算し、されど回避の姿勢を取っていなかった彼女では完全には避けられない。
選んだのは致命傷だけを回避する方法だ。回避しつつ、残りは装甲に任せる他に無い。
人の視力では捉えられないステップで弾を回避しつつも、その身体には確りと弾痕が残されていく。守るべきは視覚、聴覚、心臓部位。
左腕で心臓部位を守り、右腕で頭部を守る。
咄嗟の判断故に銃器は放り捨て、最終的にはその身体に無数の穴が開いた。
「俺の能力を舐めてくれるなよ。軍の犬風情が」
命中箇所は左腕、右腕、腹部、左足。
スパークを起こす各部位からは金属質のパーツが見え、同時に無数の断裂した配線も露出している。
奇跡的に重要部位にはダメージを与えなかったものの、明らかに戦闘続行に支障が出るレベルの傷を発生させてしまった。
彩が男を睨みながら各部位をスキャンする。
明確にダメージが発生した場所はエネルギー供給率が一気に低下し、特に左腕に関しては何時動かなくなったとしても不思議ではない。
穴が開いている部分の装甲は完全に使い物にならないだろう。周辺の装甲も目で見える程に罅を走らせている。
総じて、戦闘参加は不可能に近い。歩いて帰るだけでも問題が発生している。
「原因は――あの時か」
男が銃を乱射したにしては明らかに量が多い。
考えられるのはパワードスーツ。土の影に潜らせていたのだとすれば、一応の辻褄は合う。
想定外の攻撃方法だったと、エラーが走り続ける真っ赤な視界の中で彩は一人叫びたい気持ちだった。
「さて、これで漸く殺せるな?」
男の攻撃は止まらない。
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