第百二十六話 悪夢の再現
――不利だ。
彩の視覚から送られる映像を見ながら、俺は素直な気持ちを胸中で吐き出す。
相手の数も此方の数も明確に差がある訳では無い。純粋な戦力であれば此方の勝利は確定であるのに、あちらは未知の技術を使う事で人間としての根幹を保ちながら戦いを続けられている。
自身の肉体を弄り、超能力を駆使し、デウスを削り取らんと猛攻を続けていた。それに対抗するかの如く彩達とPM9達が攻撃を続けるものの、結果としては芳しくはない。
既に伊藤指揮官は相手の技術を基地の技術者達に解析させている。可能な限り最速での解析を頼んでいるものの、此方が得られる情報は場面が秒単位で変わり続ける映像のみ。
迂闊に足を止めさせれば彼女達が被害を受ける以上、此方は彼女達の邪魔をしないように行う他に無い。
こんな戦いは今の今まで見た事は無かった。
生まれてからの二十数年。その殆どを平凡に過ごし、この数ヶ月の間に濃密な時間を体験した。
少なからず相手に対する理解も深まってきたところでのこの異次元な戦いだ。根本から覆されているとしか思えない数々の技術は此方にも欲しい代物であり、出来ることならば無事な形で手にしたい。
勿論それは不可能であるので破壊するしかなく、それに関しては何も俺は言わなかった。
大前提として彼女達が無事に帰ること。俺達の都合なんて二番、三番程度の優先度だ。
俺自身は何もアドバイスは出せない。戦闘なんて彼女達任せで、そこで何の役にも立たない自分に腹が立つ。
『技術部より報告。映像からある程度の目安は立てられました』
「情報を此方に送れ。送った以降も分析は忘れるなよ」
『了解。引き続き分析に全力を傾けます』
部屋の中に技術部の声が響く。
全体に響くように報告するのは俺と伊藤指揮官しかいないからだ。他に誰かが居るようであればこんな仕組みは使わないようで、本来は敵の演説等を全員が聞く為に用意されたものらしい。
指揮官の目の前には一枚の画面がある。そこに情報が送られ、彼本人しか見ることは出来ないのだろう。
俺にも送ってほしいくらいだが、意見するには理由が無い。今は任せる他に無いと、伊藤指揮官がモニターに向かって先程の分析情報を戦闘中のデウス達に送った。
「彩及びPM9の部隊に情報だ。敵の移動方法における分析結果が出た。結論から言えば、相手が移動してから一秒の冷却時間が必要だそうだ。他にも稼働時間は二秒であり、その限界を超えた場合故障する可能性がある。勿論だが、これは確定情報ではないので警戒はし続けろ」
『了解』
彩達全体から返事が送られる。
「彩。一つ試してほしいんだが、ワシズとシミズで協力して一人を狙うようにしてくれ」
『成程。効率は落ちますが……その方が最終的には速く済みそうですね』
二秒の稼働時間、一秒の冷却時間。
この二つの情報があれば狙うチャンスは幾らでもある。だが、当然相手もそれは承知の筈。
武器だけしかない状態でも何とかする技量があると考えれば、此方が過剰に警戒しても不思議ではない。
一人一殺を目指すよりも三人か二人で一人を殺す。この方法であればどれかが襲われても残りの者達がカバーに入れる。
相手は思考する生物だ。どれだけ警戒したって足りないくらいが丁度良い。
彩は俺の言葉と技術部の情報から動きを変え、何処かへと連絡を取る。
モニターにはその音声は聞こえないが、ズボンのポケットに入れている小型端末は毎回バイブレーションをしていた。
つまりは通信。それも三人だけの秘匿回線を用いてのものだろう。
それを素直に伊藤指揮官に伝えるつもりはない。彩がそうしたというのなら、俺もそうするまでのこと。
したいようにさせるのが一番の生存方法だと俺は思っている。それを少しでも遮って犠牲が生まれるくらいならば、余程の理由が無い限りは静止させようとする気は起きない。
隣のロボットのモニターを見る。そちらは依然として超能力者と一般兵の戦いが繰り広げられ、今は合流したZ44の部隊と一緒に対応に追われていた。
初めて見る武器という訳では無いものの、実物を見るのはこれが初めて。
人間一人では持てないような装備を軽々と動かしながら影から出現する男を撃ち、間に合わない状況では他のデウスがカバーに入ってこれ以上の損失を防ぐ為に立ち回っていた。
その行動は撃滅を目的としたものではない。完全な足止めであり、彼等は彩達が倒してくれるのを待っていてくれているのだ。
必ず倒してくれると信じてくれているのだろう。或いは、十席同盟に所属している以上は成功するのは当然とでも考えているかもしれない。
どちらにせよ、彩達は今正に全体の命運を握っている。これを失敗で終わらせてしまっては今後の関係にも罅が入るのは確実だ。
「……違うだろ、俺」
頭を左右に振って今の考えを捨て去る。
そうではない。そうではないのだ。後先を考えるようでは、そんな思考では勝てなくなる。
今必死になっているのは誰か。それをよく解っているのに俺は後先を考えた。余程俺は負けが怖いのだろう。
そんな思考に怒りを覚える。同時に、殺意も湧いて潰したくもなった。
俺は何も頑張っていないのだから、そんな無能が少しでも役に立つには今を必死に生きる他に無い。
彩を生かす。ワシズを生かす。シミズを生かす。その後に俺自身を生かす。
全員が生きるには今この瞬間に集中しなければならない。そうであってこその完全勝利だろう。
彩の銃が一人の男を狙い、それを男は避ける。
連射機能をカットして一発一発に抑え、体内時計で二秒を数えているのだろう。二秒経過直後にワシズやシミズが別方向から撃ち込み、一番狙いやすい急所である胴体を破壊した。
先程まではまったく被害を出せていなかったが、この方法であれば着実に被害を出せる。
時間は掛かるし複数からの攻撃も来るものの、デウスの探知能力の前では問題にはならない。数ヶ所から彩に向かって攻撃がやってくるが、その大部分を彼女は上下左右と高速に移動することによって完全に避け切って見せる。
他のデウスも彩程ではないが、それでも基本スペックに任せた強引な回避運動によって無傷でいられる事も可能だ。
不確定な要素は超能力者とパワードスーツ。今はまだ迎撃によって対応が出来ているが、それももうじき無駄に終わるだろう。
特に超能力者に関しては一番速めに処理しておきたい。恐らくは全体の隊長角であるだろうし、それを崩せば相手の動きも一気に崩れてくれる筈。
だが、その相手が問題だ。兵士達の持っている装備と同様の装備を身に纏い、更には影に潜って背後を取ってくる。
『今度は私狙いか……!』
『一番厄介なのはお前だからな。動きが変わったのもお前達からだ、我々の目的の為にも最優先で殺させてもらう』
『此方も貴様等には恨みがあるからなッ、潰させてもらうぞ』
隊長クラスに彩を足止めされた。その所為でワシズとシミズで相手をしなければならないものの、この二人でも特に問題にはならない。
双子が他より劣っているなどと、俺が思う事は無いのだ。他の誰よりも彩の近くに居たのであれば、自然と戦闘も彩に似てくる。根本的な適性に差はあれど、信頼して任せられる子達だ。
意識を向けるべきは隊長クラス。そして、隊長クラスが動き出したと同時に彩を狙いだしたパワードスーツだ。
厄介の塊達が一斉に彩を狙い始め、嫌でも彼女は追い詰められていく。
どれだけ弾を吐き出してもパワードスーツは貫通するだけで、隊長クラスも二秒経過後に背後を取ってくる。
誰かが援護に来てもらえればと思うも、他の敵兵士は全力で彩の援護を妨害してきた。
先ずは彩を潰す。その意志の元に敵は動き出し、彼女の生死の天秤が傾き始める。その様は、まるで俺が夢で突き付けてきた状況と一緒であった。
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