第百二十四話 科学VS■■
飛ばれた報告は即座に指揮官達の元に届く。
その内容は極めて重要な代物であり、有り得るとは考えながらも現状は有り得ないと断じていた可能性だった。
技術的にはそれは出来る。けれども、その施設を用意するには莫大な資産が必要だ。仮に施設を建造出来たとしても技術者も揃っていなければならず、彩達から送られた情報が事実であるならデウスを製作する研究所にも裏切りが発生していると見て良い。
マキナを作り上げる以上はデウスの技術も必要だ。過去に技術漏洩が起きなかったと断言するのは難しく、情報だけでは科学者は困惑するものだろう。
であれば、離反したその科学者が主導でマキナを作っている線は十分にある。
この世界の中で最も技術的に進歩しているのは研究所と呼ばれる日本の施設だ。そこから離れた科学者であれば、超能力を保持したまま器を変える事も出来るかもしれない。
「厄介な……。この件が片付いたら研究所に調査を入れねばなるまい」
舌打ちをしながら吉崎指揮官は怒りの籠った言葉を吐く。
背後でそれを聞かされたオペレーター達は皆その怒りに身体を震わせながら職務に没頭する。自分達に余計な火の粉が来ないように祈りながら報告の声は止めず、お蔭で遅れはまったく発生していない。
一方で、伊藤指揮官は嚇怒に燃えるよりも先に命令を飛ばす。
歪な円の形となっている街の中で味方が居るのは全体の四分の二だ。残りの部分には手を出しておらず、その地点を重点的に探す必要があると手が空いているデウス達に通信を繋げる。
人間側の被害は決して無視出来ず、既にその地点にはZ44が向かった。
相手の種が解ってしまえば、取り得る選択肢は自ずと定まってくる。遠からずに無双状態だった影も撤退せざるを得ない状況に追い込まれるだろうと思いつつ、パワードスーツに割り振る戦力を現場で変えていく。
「恐らく現在判明している敵は全て本命ではない。デコイ扱いではないだろうが、扱いとしてはどちらでも構わない程度だろう。……であれば、時間稼ぎをするだけだ」
基本スペックでは未だデウス一強。
解ってしまえば対処出来る。倒す事が難しいのならば時間稼ぎに集中し、その間に本命へとデウスを差し向けるのだ。その過程で今まであまり出てきていない他の敵兵の姿も出てくることだろう。
マキナに関する重要な情報を持つ指揮官が居る可能性は十分にある。目標は撃破であるものの、それでも捕獲という目的も無視できない。
四台と時間稼ぎを行うデウスの数は十人ずつ。各々がカバーをしながら稼ぎ、その間に高練度のデウス達が最速で街を駆け巡る、
向かうのはPM9とその部下。――そして彩達三人とそれを守る五人のデウスだ。
「構わないのか? 君の主目的は情報収集だ。既にその目的は達成した筈だが」
「まさか。まだまだ終わっていませんよ」
伊藤指揮官の言葉に只野は否と突き付ける。
その返答に疑問符を浮かべるが、彼にとってはこんな結果で終わりであるだとはまったく思えなかった。
それは所謂勘のようなものであると言えるし、単に彼が疑り深いだけだとも言える。相手が脳味噌を移植した超能力者であるという事実は彼にとって初であるが、それでもまだだと心の何処かで思ってしまう。
まだ何かある。その具体的な形が解らないものの、嫌な予感は一向に消えてはくれない。
故に情報収集はまだ終わらせないのだ。彩達にも変わらず最大の警戒をさせるように告げ、自身の予感を隠すように現状においての最大の問題点を指摘する。
「それに、相手の対策を考えないといけません。相手がその超能力を持っているとして、周囲に拡散させる方を潰せたとしても透過させる方は潰せません」
結局のところ、透過させる超能力者が問題なのだ。
それが人間の方であっても、パワードスーツの方であっても厄介であるのは変わりない。人間であれば人混みに紛れて騒ぎを起こすのも容易であるし、パワードスーツであれば歩くだけで人も動物も潰せる。
種が割れたとはいえ、それでも抱えている問題は重い。その方法も現場の者達と考えながら試していくしかないのだ。
只野の言葉に伊藤指揮官も解っていると逃げるように映像に目を向ける。
一早く打開策を考えねばならない。そうせねば、何れ相手の学習能力がデウスを上回るのだから。
「――此方彩。対象は見つからず、どうぞ」
『此方PM9。部下を二手に別けて探させているが反応は無い。どうやら余程巧く隠れているようだ』
只野と伊藤指揮官の言葉を彩は聞いていた。
只野が態と回線を開きっぱなしにし、二人の言葉を聞き続けていたのである。どうしてそうしたのかは只野からの命令と、彼本人の奇妙な言葉が教えていた。
彩もPM9もお互い同じ結論を出している。それは指揮を執る者にも伝わり、今では戦場全体にまで広まった。
これで決定。問題は残っているものの、現状を変化させる情報を手にした。
後は対面して、その場で指揮を執る人間を一掃する。この近くで指示を出す者は制服を着た者達以外に存在しないと仮定した上での行動であるが、他に考えられる案が無いのでそれを選ぶしかない。
だが、只野はそうではないと言っているのだ。
本人は確信にまでは至っておらず、未だ曖昧なまま。強いて言えば勘程度の領域でしかなく、されどこれまでの付き合いから彩は只野の勘を信じた。
この通信内容はワシズとシミズも聞いている。であれば、同じ結論に辿り着く。
只野を最優先するからこそ、自分達の挙げた可能性をさっさと放棄してそちらに意識をシフトした。
『此方彩、これは秘匿通信だ。これより、我々の会話は全てこれで行う』
『了解』
『解ったよ。バレたくないもんね』
三人共に迷いは無い。
即座にPM9達と緊急で決めたルートから外れ、別の場所に向かう。
大型の物体が隠れようとすればかなり範囲は絞られる。事前に渡された地図データの中で隠れられそうな場所を全てマークし、更にその中で一番距離のある場所を目指した。
人間は一番隠したい物を急いで隠す必要があった時、往々にして同じ物がある場所に隠しやすい。
木を隠すには森の中という言葉があるように、他と同じ物がある場所に隠す方が発見され難くなる。事前に隠す場所を用意していればまた別だが、相手は街に到着してから即座に攻撃を開始した。
準備をしている時間は無い。大物を二台隠すのならば、仕掛けを施すよりも目立たない場所に隠す方が無難だ。
『有り得るとするなら大規模な工事現場。現状においてあのパワードスーツが置ける場所とすれば、ビルの建設現場』
彩の視界には白い壁によって封鎖された建築現場がある。
壁には複数枚の張り紙と侵入禁止の立て看板。紙には完成イメージの画像が載せられ、下に予定日時がある。
数万人の人間を収容する五十階建てのタワービルだ。そんな巨大建造物を人の手で成し得るのは難しく、故にパワードスーツを複数台用いて行うのは容易に想像出来る。
壁の高さは二m。その壁を一回の跳躍で飛び越え、広いグラウンドに降り立った。
未だ基礎も作られていないのだろう。更地も同然のそのグラウンドの端には民間用のよく似たパワードスーツが十数台存在している。
『どうするの?』
ワシズの言葉に、彩は無言で銃を構える。
それだけでワシズもシミズも何をするつもりなのか解った。過激だなぁと内心で呟きつつ、両名の武器をパワードスーツの群れに向ける。――3、2、1、0。
合図と共に吐き出された弾丸は全て対象に当たり、辺り一面を爆発させる。全てのパワードスーツを使用不可能になまで追い詰めるその攻撃は無慈悲で、後の事など何も考えてはいない。
否、考える余裕は無いのだ。何故ならば、最初に攻撃を開始した時点で彩の視界には反応があったのだから。
全ての弾を撃ち込む勢いで攻撃し、やがてマガジンの中身が空になる。
終わった後には爆発炎上する機械の塊が存在し――中から有り得ない駆動音がした。
同時に、彩達の耳には複数の足音を捉える。
この時点で結果は解り切っていたと、内部メモリから閃光手榴弾を取り出し天に向かって投げた。
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