第百二十一話 魔
ヘリの内部は静けさに満ちている。
人間は用意された椅子に座って目を閉じ、話し掛けるのも躊躇う程に精神を統一させていた。デウスもヘリ内の全員を集めて通信によって今後の状況判断を話し合っている。
そのどちらかにも属さないのは、彩達のグループだ。デウス達の輪に入らずに家族で固まっているものの、内側ではそれ以外の者達とも話し合いに参加している。
彩の視界には複数の小窓が見えていた。さながらPCの複数窓が如く、右端に二つの窓が表示されている。
右下に表示されている窓に映っているのはPM9。右上にはZ44が表示され、どちらの顔も普段のものとは一変していた。
PM9は歯を見せながらの凶悪な笑みで、Z44は笑みの消えた真剣顔。
戦場に向かうにしてはPM9のその顔は恐ろしいもので、この表情一つで彼女が戦闘を好いていると解ってしまう。
『PM9。その顔は何時も止めてくれと言っているだろう?』
『うっせぇよ、Z44。別にどんな顔してても文句はねぇだろうが。それに、今回は助ける側だぜ? 感謝はしても文句を言われる筋合いはねぇだろ』
『これは君の為を思っての注意なんだがね……。まぁいい、それよりもこれからだ』
互いに装備は他のデウスとは違う。顔は隠さず、常に着ている軍服の上に暗色の装甲具を身に纏っている。
一般のデウス達と同質の素材で出来ているように見える装甲具の違いは、そのデザインだ。
PM9は元々の装備がハンドガンだった事から、守っている装甲部分は胸と背中と頭部に集中している。他に専用の靴を履き、関節の部分には黒いゴムのようなものを巻いていた。
反対にZ44はその身体の殆どを装甲で隠している。露出している箇所も頭部の口から下程度で、頭の大部分は後頭部が尖ったメットを被っていた。目元のバインダーからはZ44の碧眼のみが見え、手にする武器は高速戦闘には向かないミニガンだ。
全長は約二m。壁に立て掛けるように置かれた武器に、Z44の本気さが伺える。
『再確認だ。僕等の目的は街で暴れるパワードスーツ部隊の撃破。万が一形が残るようであればそのまま捕獲だ。なお、歩兵に関しては超能力者の線が濃厚と思われる。十分に警戒した上で処理をしてくれ』
『んじゃ、私はパワードスーツに一番最初に向かうぜ』
『いきなり向かわない。先ずは他のデウス達にぶつけ、それから僕等が動くのが無難だ。十席同盟の影響力を考えてくれよ』
『知らんね。私はやりたいようにやるまでだ』
互いにコミュニケーションは交わせるが、意識の違いが明確な差異を起こしている。
Z44は最初から自分で突撃する事を良しとせず、PM9は逆に突撃する事を決めていた。共に十席同盟に在籍し、その名誉は他のデウスにとって羨望に値する代物だ。
そして、そこに座るからこそ負ける事は許されない。僅かな失態でも大きく広がり、その悪評だけで十席同盟の座を引き摺り落とされる可能性も低くはないのだ。
PM9もそれは解っている。解っていて、それでも自分から前に進む事を是とした。
その裏にあるのは今回参加する自身の基地に所属するデウス達の姿だ。殆どは普通に訓練を積んだ者達だが、一部にはトラウマを抱えたまま出ている者も居る。
これは本人達の希望であり、つまるところ死ぬつもりなのだ。
此処で肉壁になる覚悟で情報を集め、後続に託す。そんな意志をヘリに乗る前にPM9は感じ取ってしまったから、自分だけが後ろに残る事を絶対に選択しない。
PM9が戦闘そのものに高揚感を抱いているのは事実だ。だが、同時に仲間の事も彼女なりに想っている。
自分が情報を集めれば、トラウマ持ちの者達では撃破出来なくともZ44の部隊が撃破出来るだろう。そういった腹積もりのPM9の思考をZ44も理解はしていた。
されど、理解はしても納得にまでは到達しない。十席同盟の栄光を守る事は長期的に見て多数のデウスを守ることに繋がる。
特に、今十席同盟に座っているメンバーはZ44が調べた限りにおいて歴代最高峰だ。
『……なら、こちらのメンバーを一部そちらに送る。有効に使ってくれよ。で、君はどうするんだ』
『私は情報収集が主な仕事だ。そちらを手伝う義務は無い』
『こっちもこっちで別行動かぁ……。確認は取ったのかい?』
『勿論。そちらの指揮官にも許可を取ったと只野さんが言っていた。なんなら確認を取っても構わないが?』
彩もまたZ44とは離れて個別に行動する事を告げる。
最初から軍と付き合うつもりはないのだ。公的にそれが認められているのならば、わざわざ協力する必要も無い。
明確に許可が出ているからこその強気な態度だ。それが真実だとZ44は理解し、重々しく息を吐いた。
協調性皆無。十席同盟に所属している者は大なり小なりその傾向が強いとはいえ、このメンバーは一気にその傾向が強くなった。
各々には理由があるのだろう。それが何であるかをℤ44は解らないが、今は兎に角この二名が此方側の命令を聞かない事を前提に行動するのが一番だと胸中で決めておく。
そうこうしている間に、ヘリは目的地の上空にまで到達した。
扉が開かれ、街の被害の凄惨さを兵士やデウスに見せ付ける。今もなお燃えている街並は灰の色を隠し、人の波も容易く隠していた。
声も建造物の崩壊による轟音によって掻き消され、デウスの聴力でも拾う事は出来ない。
そんな場所に最初に落ちるのはデウス達だ。彼等が先ずは空挺堡を構築し、次に兵士が落下する。
ヘリは数えるのも億劫な量だ。その入り口からは全てデウスが見え、皆が武器を構えている。到達ポイントは高層ビルが多く存在する地点であり、そこを一時的な拠点として扱う。
「ワシズ、シミズ。我々も行くぞ」
「OK」
「了解」
彩達も最初に降りる。三人だけまったく異なる姿に兵士の殆どは訝し気な顔を向けるものの、厄介事に繋がると判断したのだろう。
見てはいても無視は決め込んでデウス達が降りる様子を見つめていた。
そして、彩達以外のデウスが居なくなった瞬間に彩達も一気に飛び降りる。肌に感じる風を一切無視し、着地のタイミングをワシズとシミズに任せて周りに意識を向けた。
近場の反応だけでも数は二十。その内、明らかに人間のものではない反応は二つ。
つまり残りの台数は別の場所に散らばっている。であれば、それが全機集まる前に数を減らせば状況を優位に動かす事が可能だろう。
「彩、着地」
シミズの声で即座に目を高層ビルの屋上に向け、その衝撃を受け流すように片足が地面に付いた瞬間に転がす。
その際に即座に装備を呼び出し、立ち上がると同時に眼下へと目を向けた。
殆どの部隊は高層ビル群の屋上に着地出来ているが、一部はそのまま道路にまで落ちてしまっている。であれば、無駄に戦力を落とさない為にも早急に合流した方が良い。
周りを安全にする為にも数百のデウス達がビルの内部を確認しながら降りていき、中に敵が潜んでいればその相手を殺害する。
今回は人類全体に影響を与える問題だけに、人間を殺害するのも止むを得ない。
デウス達には気持ちの悪い戦いになるのだが、それでもこれだけの被害を齎した以上は殺す事を否定出来ないのだ。
『彩、状況は?』
「現在は問題無し。発見した敵勢力の抵抗はありましたが、此方は無傷のままです。ですが、直ぐ近くに例の兵器の反応がありますのでこれから報告の回数は少なくなるかと」
『解った。お前達が生き残る事を最優先にしてくれ。報告の義務なんてよっぽどの理由が無い限りはしなくて良い』
「ありがとうございます」
只野の言葉を受け、三人はデウス達の制圧したビルの下へと移動する。
そして久方振りに街の中を見て、彩は以前に入った街と比較する。活気など有りはせず、街の中には破滅の二文字しか存在しない。
これが自身の主である只野の身体を滅ぼすのだ。――そう思った瞬間、彼女の内には絶対に現実になってはいけない光景が浮かび上がった。
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