第百二十話 出撃開始
腹の底から響く鈍重なサイレン。
俄かに殺気立つ基地の雰囲気。普段は見る事の無い兵士が一斉に装備を整え始め、その様を執務室の窓で見る俺は他に負けないくらいには緊張しているだろう。
岐阜県で起きた大火災。その前から県境に設けられた監視施設が目標の敵を発見し、此処に報告を挙げている。
しかし、その監視施設の傍には併設されているが如く小規模な街が一つ存在しているのだ。国の支援によって建てられた街ではなく、複数の中堅企業が資金を出して勝手に作り上げた街であるが故に、必然的に優先対象からは大きく下げられていた。
国の予定を勝手に変更したのだ。それが例え人類の生存圏を増やしたとしても、予定に無い資源の消耗は他に影響を及ぼす。
それ故に街としては認められているものの、国からの明確な形での援助は少ない。
割いている資金が違うのだろう。不平等だと叫ぶ人間は多いものの、そもそも勝手に行った時点でそうなってしまっても文句は言えない。
そこに住もうとしたのならば、その点も住民は呑む必要がある。
一応は警察も軍も存在しているが、そこに在籍にしている者の質は他よりも低いと掲示板にはよく書かれているのを思い出す。実際の真偽はともかく、その背景があれば納得する事は可能だ。
何事も慈悲だけでは回らない。金と相互利益こそが、世の中を回す最大の力である。
故に、その街で防衛を行うのは絶望的だった。俺達が準備をする間に襲撃をかけられても防げず、結果的にその街にも被害が及んでいる。
即座に動かなければならない。
執務室に座っている俺と伊藤指揮官は互いに街の地図を睨み合う。今回の戦いにはこの基地内の約八割の戦力が出撃する。全体の総数は三百程度であり、当たり前だが少ない。
なので吉崎指揮官と岸波指揮官という伝手も使って更に戦力を集め、最終的な総戦力は九百にまで膨れ上がった。
だが、目下最大の脅威であるパワードスーツを撃破可能なデウスの割合は全体の三割程度。
普通であればこの割合は逆転するのだそうだが、今回に限っては集められる数に限界がある。
移動は全て軍用のヘリ。上空から各建物の屋上に戦力を着地させ、そのまま一気に包囲殲滅させるつもりのようだ。
ただ、事前に相手がどこまで対策をしているかは不明なまま。何故か今回に限って監視用の機械が破壊されたと伝えられ、その背景にある闇を想起させられる。
「こんな状況でも足の引っ張り合いは継続か」
「仕方あるまい。今ある情報の全てでもって考える他にない。それに、あちらが手に入れた情報も少ないだろうよ」
伊藤指揮官の言葉に無言で頷く。
今回、俺は外に出る事は無い。本来であれば出るのが道理であるものの、俺の現在の状況は微妙だ。
ただの兵士として扱う事は出来ず、かといって指揮官のように扱う事も出来ない。俺にデウスを預けても壊滅するのが目に見えているし、向かう場所が場所だ。
実際、それが決まった早朝時には彩達からも出るのは止められた。此処が自分達にとって決して良い所ではないとしても、それでもこの基地内に居てくれと彩に懇願されたのだ。
それに、俺が一緒に向かったとしても足手纏いなのは否めない。必然的に此処に残るしかなく、全部隊の状況は別室の指揮所に設置されたモニターから見る他になかった。
「しかし、良いのかね。彩君達を今回出すのは渋ると思ったのだが」
「必要だから頷いたまでです。ついでに言えば、勝敗の是非は今回関係ありません。冷たいと言われるでしょうが、情報収集が第一と考えています」
「場合によっては彩君達を個人的に撤退させると?」
「他のデウス達には申し訳ないと思いますが」
俺の言葉は反感を買われるには十分な理由だ。
いくら相手に負い目があるとはいえ、これは最早我儘の域である。それを素直に頷けるかどうかで言い争いが起きる懸念も湧き上がり、俺の生存確率も低くなっていく。
それでも退く訳にはいかない。俺が一応のリーダーである限り、俺達の総意は通す必要がある。
この軍に居るデウスが被害に合うのは申し訳ないと思う。兵士にしても、これだけ情報が少ない状態で戦わせるのは酷いだろう。
この戦いの被害も甚大なモノになる。それが確信出来るだけに、俺の言葉は残酷だ。
暫しの間目を交し合う。相手の考えている事は不明であるものの、それでも良い気持ちでないのは確かだ。
「――良いだろう。ただし、有益でなければ覚えておけよ」
「ええ、勿論」
伊藤指揮官の言葉尻に感じる怒りをその身に受け、その上で俺は笑って流した。
怖いと思わない訳では無いが、これから彩達はもっと恐ろしい場所に向かうのだ。そう考えれば目の前の男一人の圧程度、笑って流さねば情けないにも程がある。
伊藤指揮官の提示した条件は個人的に然程苦しくはない。そもそも飛び込む場所が場所なのだから、集まる情報はこれまでの比ではないだろう。
共に執務室を出て、指揮所と書かれた部屋に入る。
部屋の大きさはこれまでの倍以上はあり、三LDKクラスの広さを誇っていた。並ぶモニターの数は総合計で十。
その中で三つ程大きなモニターが存在し、それが全体の状況を見せていた。
八つのモニターを見るのは全て人間ではない。かといってデウスでもなく、完全なロボットだ。
人間による虚偽報告が嫌なのだろうか。より正確性と即効性を求めて人間の見た目すら放棄した鉄のボディにしたとすれば、この部屋は合理性だけを追求していると考えられる。
よくよく部屋の周りを見れば、壁には壁紙一枚無い。装飾品の類も存在せず、何処までも冷たい金属だけがこの部屋に広がっていた。
半円の形で広がっているモニターの内、本来ならばロボットで埋まっている筈の一つの席が空白となっている。
そこに座るのが俺であり、半円の後ろの一段高くなった場所に伊藤指揮官は座った。
『聞こえていますか?』
「おっと、その声は彩だな? こっちは聞こえてるぞ」
モニターの前に座り、右下にある赤い正方形のボタンを押す。
途端に目の前にワシズの姿が映り、彩から声が掛かった。それに対して応えつつ、見えている光景から現在の状況を容易に察する事は出来る。
既にヘリに乗り込み、出撃を開始しているのだろう。恐らくは彩の耳から入った駆動音がそのままモニターに出されているのだろうが、明らかに彩達三名がヘリの端に追いやられている。
本人達も望んでそうなったと思うものの、この疎外感の原因はヘリの内部に居る存在が殆どの人間だったからだ。
他のヘリも似た状態になっているのだろうが、こういった露骨な扱いは非常によろしくはない。
「何か異常はあるか? あれば早急に教えてくれ」
『今の所支障はありません。必要な装備は全て標準のものですが、あれ相手に質の意味は無いでしょう。ワシズとシミズも問題は無いようです』
「了解した。一応確認しておくが、今回は情報収集を主眼に置いてくれ。戦闘を行うのは勝機があると判断したのみだ」
『解りました。では屋上到達後も我々は静観の構えでいきます。確認ですが、権限は只野さんが持っていると判断しても?』
「構わない。既に話は付けてある」
『了解です。なら、何か言われても問題ありませんね』
俺も彩も、きっとワシズもシミズもヘリ内の状況については解っている。
それ故に権限の持ち主は誰であるかを明確にしなければならない。それによって混乱を起こせば、間違いなく待っているのは死だ。
到着に掛かる時間は僅か十五分程度。そしてその十五分後から戦闘は始まる。
冷えた室内の中で額からは汗が流れた。
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