第十二話 無人街
崩壊した無数の建築物。
年数など関係無く、古いも新しいも平等に破壊され尽くした建物の群れは、人類絶滅の印象を大きく抱かせる。
錆び付いた工場は稼働を停止してから長くなっているのだろう。内部に存在する金属類も屋根の崩壊によって外に剥き出しになってしまった。
立ち並ぶ商店街も大部分が形を保てなくなっている。鮮魚店に並ぶ魚は最早骨しか残らず、肉屋はケミカルじみた茶色の塊に占領されているのだ。菓子店なんて入れば最早甘い匂いは漂わないだろう。
希望があるとすればスーパーの缶詰くらいなものだが、その大多数も五年の歳月によって最早食えたものではない。
それに五年前の出来事により難民となった者達が必死になって搔き集めた筈だ。つまるところ、崩壊した建物には隠れ潜むくらいの価値しか残されてはいなかった。
「……今日は此処までだ」
「はい」
五年も放置されたビルの一つ。
雑居ビルに分類される古さの感じられる建物の一室で、床の上に荷物を置く。ZO-1は周辺の警戒をするだけに留め、その仕草に俺は何も言わずに座り込んだ。
歩き始めて早三日。あの戦いの後に起きた出来事は特別多くは無い。
彼女の圧倒的な強さはデウスが複数体になっても変わらず、基本的には相手は戦いを仕掛けてくる事は無かった。
それだけ彼女に恐れを抱いたのだろう。何せ帰ってきた彼女に傷らしい傷は存在しなかったのだから。
この戦いによって彼女の異常性はより高まっている。俺自身も疑問に思って質問を投げ掛けたのだが、その返答は何度繰り返しても私は一般モデルと語るだけだ。
絶対にそうではないのは最早隠せていないというのに、彼女は敢えてそう語る。その意味が俺には読めないものの、しかし彼女に大分助けられているのも事実。関係悪化に繋がらない為にも必要最低限の範囲に留めるべきかと悩み、その答えは未だに出ていない。
誰だって言いたくない事はある。特にこのご時世ではよりプライベートな部分を気にしなければならない。
不意の発言がトラウマに直結するなんてのはよく聞く話だ。それがデウスにも適用されるのであれば、明かさなければならない秘密を除いて秘匿するのは必要だろう。
だがそれでも、と考えてしまう自分も居る。こうして運命共同体にも近い形となっているのだ。
少しくらいは過去を語ってくれても良いのではないかと考えてしまう。だからこそ、悩みが尽きる事は無い。
それに他に考えるべき事柄もある。今後の経路もそうだし、食料といった物資もそう。
考えるのを停止させる事は今の俺には出来ないのだ。頭が痛んで考えたくなくても、それでも回さなければならないのである。
「やっぱりこの辺も無人か……」
「そうですね。周辺スキャンの範囲内にも人間の生命反応はありません。あるのは動物くらいなものです」
「ま、そうだよな。こんな場所に住もうなんて余程の理由が無きゃ無理だ」
俺の言葉に彼女は頷いて答えた。
人類の安全圏は確かに拡大した。それによって人類の居住範囲も拡大したし、今現在も無数のアパートが修復されたり新たに建築されたりしている。
未だその速度は遅いものの、やがては此処にまで手が伸びるだろう。この街自体も破損を免れた建物が多くあるし、何よりも一度は確りとした街があったという下地もある。修復は何も無い場所に比べれば早い筈だ。
それでも完全な回復までは十年以上は必要になる。俺達は明日にも此処を退散するが、もしも生きていたら十年後くらいにもう一度見たいものだ。
安全地帯であると判断したのか、彼女は装甲も解除した。次いで装備したのは普段の私服。
俺が買った彼女の戦闘服に似たベージュのノースリーブス。脚甲の代わりに青と白のスポーツシューズを履き、指抜きグローブの素肌が露となっている。
着ている物が物だけに外で走り回る少女の雰囲気を前面に押し出しているものの、やはり彼女の顔によって散歩をしている富豪の娘といった印象を抱かせた。
戦闘用の服からでも解っていたが、やはり彼女の姿は華奢に過ぎる。そう易々と折れない身体だと理解していても、どうしても庇護欲を湧き起こさせる細さなのだ。
「マップで確認したが、俺達の現在位置は松戸の目の前。このまま進めば無事に埼玉に突入が出来る。俺の荷物もまだまだそこまで減っていないから、このまま休憩のみで進むのは可能だ」
「ですが、街を確認した時点で物資を探るのは必要だと思います。このまま何事も無くとはいきませんでしょうから」
「そうだな。このまま進んだとして、その先で食料や服などがあるとは限らない。……いや、そもそもその可能性自体薄いな」
食料自体はまだ心配する程ではない。他の荷物を放棄した分、入っている量は多めだ。
災害時の水分補給用濾過装置も持ってきているから、緊急時にも取り敢えずは対応出来る。しかし、そちらに割いた分は確実に不足気味だ。
故に彼女は真っ直ぐ進む事を俺によって知りながらも、周辺を漁る遠回りを進言した。勿論俺もその意見に賛成だ。
このまま何も無いだなんて俺も思わない。今は彼女の力によって来ていないだけで周辺に潜んでいる可能性はある。それに正面戦闘が駄目ならば搦め手だ。
どれだけ彼女が強くとも、それでも限界はある。電気的破壊工作は十分彼女に効果的だろう。また、守護者としての特性を利用して俺を人質にする可能性もある。
悲しいかな、それが十分以上に効いてしまうのは先の廃墟での一件で把握済みだ。俺がどれだけ彼女を突き放す言葉を投げたとて、彼女にはそれが一切効かない。
「……最後の食事から既に十二時間以上経過しています。お早めに食事をしてください」
「解ってるよ。そこまで心配しなくても良いさ」
「いいえ、廃墟での件で十分に解りました。疎ましがられても発言はさせてもらいますッ」
加えてというか、どうやら俺は彼女に心配されてしまっているらしい。
より確実性を選んだ結果なのだが、それを彼女自身変な方向に捉えているのだ。道中の合間に何回も同じ訂正をしたものの、現在においても彼女はまるで納得していない。
今では道を歩く際も彼女が先頭だ。周辺スキャンに掛かる時間も伸び始め、生命反応を発見すれば過敏に反応する。
正直に言えば即座に反応出来るという部分だけ見れば有難い。しかしその原因が原因だけに、素直に感謝の言葉を口に出せない。
これも俺が頼りないのが一番の理由だろう。少なくとも、俺個人となっても大丈夫だと安心させられるようにならなければこの生活に変化は訪れない。
工場勤務のお蔭で体力には少しばかりの自身がある。完全な肉体労働系じゃなかったとはいえ、重い物は何回でも持ってきた。
後は知識の吸収に、デウスや兵士に対する立ち回りの勉強。
ただこれに関しては彼女から教わる事は出来ないだろう。何せそんな事を少しでも漏らせばまたかと余計な心配を更に募らせられるだけだ。
だからこそ、食料の次に俺は本屋を探している。デウス関連の存在しない頃の本でも立ち回りにそこまで極端な差異が出るとは思えない。五年の月日が何十年の月日に勝てると俺は考えていなかった。
だが、五年は五年。経過した事による劣化は避けられず、何なら本屋自体が瓦礫の下に埋まっているケースもある。
そこから探すとなれば時間が掛かるし、何よりも彼女が疑問視するのは避けられない。結局は崩れていない本屋を探すしかなく、同時に彼女にバレない事も考えねばならなかった。
「疎ましく感じる事は無いからその点は安心してくれ。でも、必要になったら俺はそれをする。それだけは覚えていてくれ」
「…………」
俺の言葉に、彼女は顔を背けるだけだった。




