第百十九話 女
状況は最悪の一言。
軍内に入り込む情報の数々は悪い質のモノしかなく、先日になって初めてこの基地にもデモがやってきた。
実際に岐阜はまだ被害に合っていないのだが、民衆からすれば近付いてくる敵を早く倒してもらいたいのだろう。
税金を払ってもらった以上は守ってもらうのは当然。その義務が軍にはあるという指摘は正しくその通りであるものの、俺達だってさっさと倒せるものなら倒したい。
今現在、敵勢力は北に向かって進軍している。南側からは一度も被害報告は上がらず、想定されるルートは東京か北海道ではないかと日夜話し合いが行われているそうだ。
伊藤指揮官も基地の出入りが激しい。何処かに連絡を入れ、その度に車を動かしている。
俺達はその伊藤指揮官から今後の想像をする以外に貢献出来ず、それ以外は平常時と同じ行動をしていた。
基地内のデウスも今は緊張状態だ。何時如何なるタイミングで出撃命令が出るかも定かではないのだからそれも当然だが、そんな中で俺は他のデウス達からは離れてワシズとシミズを見ていた。
昨日になって漸く最後の一人であるシミズの修理が終わり、本日は慣熟訓練だ。ワシズの手伝いもあり、慣れそのものは直ぐに終わる。
元々ボディに差が無かった事も合わさり、ワシズの真似をそのままシミズも行えばバランス崩壊が起きる事も無くなるのは非常に有難いことだ。
ただ、それでも個々人の細かい癖は流石に真似出来ない。ワシズにはワシズの癖があるように、シミズにはシミズの癖がある。
「俺見ているだけなんだが、本当に何もしないで良いのか?」
「構わない。違和感、教えて」
「勿論。けど、お前が自覚している部分と俺が感じている違和感の箇所は一緒だと思うぞ」
当然の話であるが、デウスには簡易的なスキャンがある。それを使えば自身の視覚で見えない部位も確認する事が出来、後は自身の動作と照らし合わせてしまえばズレなんて一発だ。
それでもシミズが見てくれと言ってきた事実に若干の困惑が浮かぶものの、一緒に居たワシズが意地悪気に口元に手を当てて笑う。
「折角彩から引き剥がせるチャンスだもんね。適当な理由でも良いから独占したいんでしょ。……ま、それは彩も承知済みだと思うけど」
「ああ……そういうことね」
俺と彩は明確な理由が無い限り何時も一緒だ。
だからこそ引き剥がせるチャンスが無く、今回の一件はシミズにとって都合が良かったのだろう。彩は彩で中庭で今もデウス達に訓練を付けているし、俺の訓練時間は既に終了している。
ワシズの言葉に、シミズは無言で胸を張った。恋愛的な意味では俺と彩は既に成立してしまっているのだが、シミズにとってはそんな事は関係無いのだろう。
そして、ワシズもまたこの辺は一緒だ。シミズだけならばこの慣熟訓練は長引き、より俺を独占する時間が延びる。
それを阻止しようとワシズが動いたのは明瞭で、今も俺の腕に自分の腕を巻いていた。
複数の女性に好かれるというのは男にとって非常に名誉な事である。それが純粋な人間ではなくとも、こうして己を確立した上で好いてくれるのならば関係は無い。
ただ、内心は非常に気不味いのだ。こうして動いてくれたのは嬉しいものの、俺が異性として好いているのは彩である。ワシズもシミズも好いてはいるものの、どうしたって異性としての好意にまでは至らない。
それは二人も解っているだろう。日頃の言葉の交わし合いから、明らかに差があると気付ける筈だ。
その上で関係無いと積極的に動く姿に、彼女達の肉食っぷりを感じてしまった。
「彩が一番なのは解ってるよ。だからこの場合、内縁の妻?を目指そうかなって。私達は結婚届を出す義務が無いからね」
「甲斐性が無い奴にそれを宣言するなよ。お前達ならきっと……」
きっと。
その先の言葉を、俺は告げられなかった。
俺よりも良い相手と巡り会える?人間ではない彼女達に、本当に結婚するチャンスが今後来るのか?
今はまだ無理だ。少なくとも、軍内で認められない限りは婚姻状態と同一にまでは到達出来ない。仮に出来たとはいえ、複数の制約を課せられてしまうのは道理だ。
なによりも、これは個人的な感情であるが彼女達が他の男と一緒になる光景を受け入れられない。
野郎の独占欲なんて見苦しく、醜さが極まっている。こんな感情を表に出せば、幾ら彼女達でも引いてしまうだろう。
そんな俺の言葉を、ワシズは何か勘違いしたようだ。
巻いた腕の力を強め、ただでさえ狭くなっている距離を更に縮める。
「良い男が出てくるって?そんな確定されていない未来に興味は無いかな」
「……俺達の関係だって確定されてはいなかっただろ。なら、未来にだって何か出会いがあるさ」
「確かにこうなったのは偶然だろうけどね、それでももう今なんだよ。一度好きになって、他に相応しい男が出てこないなら、迷う道理は無い。一夫一妻だっけ?――それはそっちの常識でしょ」
彼女からすれば、俺の言葉は諦めろと言っているように聞こえたらしい。
それが嫌で、ワシズは持論を並べたてる。期せずしてデウスの常識と人間の常識がぶつかるような形となったが、俺はワシズ達と争う気は一切無い。
何処か怒りすら感じられるワシズの強い言葉に苦笑して、強引に彼女の頭を撫でた。
髪型が崩れるのも厭わず、視線はワシズの目に向けて。彼女は俺の行動を止める事なく受け入れ続けた。
「この先、何時までも一緒に居れる保証は無い。こんな奴に付き合うくらいなら一人で活動していた方が良いと思う瞬間が来るかもしれない。それでも、俺の傍に居ると?」
「全部聞いた。彩の壁も知ってる。シミズだって私と同じで諦める事なんてしないよ。……これはきっとデウスとしての感情じゃなくて、女としての感情かな」
「そうだな。今のお前達は本当に人間のようだ」
「へへへ。人にそう言われたのなら、本当にそうなのかもしれないね」
デウスとして、女として、離れる選択はしたくない。
例えこれから先で地獄を迎える事になったとしても、己は最後まで傍に居続けるのだ。
これは依存なのだろうか。それとも愛なのだろうか。複雑に混ざった感情は、俺では適格に表現出来ない。
もっと単純な感情ばかりであれば俺でも解ったのだろう。だが、複雑だからこそ彼女の今の姿を見る事が出来た。
ワシズから視線を外し、シミズに向ける。
彼女はただ、頷くのみ。一般的にコミュニケーションに長けているとは言えない彼女であるが、それでもまったく解らないという程でもない。
普段物静かな彼女も、内には女らしい感情が激しく燃焼している。
それをどうするかは、俺次第なのだ。
愛憎渦巻く関係性を構築したくはない。であるならば、彩にも一定の理解が必要になってくる。機関銃の如く文句を吐くのは明確で、きっと俺に対しても罵倒を飛ばすに違いない。
それもまた女の感情だ。俺が生涯一度として向き合うことがないと断じていた、女の感情なのである。
「――ふぅ。こうなるなんてまったく予想出来なかったな」
「私達も一緒だよ。学習を加速させた所為で内心では結構困惑することが多かったんだよ?」
「そうなのか? そいつは悪かったな」
「うん。だから、ここまで育てた責任は取ってもらいます!」
「ははは、そうだな。道理だよ。……なら、先ずはこの局面を無事に切り抜けますか」
明くる日、岐阜基地内に警報が鳴り響く。
進軍するは少数。しかして、千の部隊を殺戮する事も可能な兵器の群れである。
初めて、逃げるではなく相対する事になった。初めて、頭の中で逃げる以外の選択を考える事になった。
ならば勝とう。摩訶不思議、超常現象、奇々怪々――諸々全て、どうでも良い。
勝つのは俺だ。
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