第百十八話 夢見がちな人類
「――という訳だ。君ならどう思う?」
「そうですね……」
親睦を深めていた俺達の元にデウスが一人訪れた。
伊藤指揮官からの呼び出しに彩がデウスに顔を向け、それ以上の言葉は受け取っていないとデウスは必死に首を左右に振る。何時の間にやら上下関係の構築されたその光景に苦笑が漏れるものの、呼び出された内容が内容だ。
十中八九攻め立てているだろう敵の情報についてだと身体を起き上がらせ、彩達が何かを言う前に待機を頼んでデウスと共に執務室に向かった。
到着した俺を迎えた伊藤指揮官の様子は非常に重い。とてもではないが楽観的な部分は感じ取れず、今現在も状態として悪いままなのだと確信させられた。
覚悟を持って俺はそれを聞かなければならない。
この基地に来てから何時の間にか増えたソファに深く座る。対面には同じくソファに座った伊藤指揮官が居て、俺を視界に収めてから一向に何かを話す素振りを見せない。
口には初めて見る煙草。一筋の煙が天上に向かって伸びる光景は一市民として生活していれば幾らでも見る機会があるが、今この場では何故か珍しく見えてしまう。
本人が今まで吸ってこなかったのがあるのかもしれないが、俺自身も久しく見てこなかった事もきっとある。
人間には力を抜かねばならない時がある。それが煙草を吸う行為であるならば、黙って待つだけだ。
そうして一本の煙草が無くなるまで俺達は黙り続け、消えたと同時に指を弾く。
執務室からはノックの音と共に先程案内したデウスとはまた別のデウスが入室し、俺側のテーブルに複数の書類を置く。
一先ず視線で伊藤指揮官から読んでも良いのかと伺い、相手が首肯したのを見届けてから内容へと視線を走らせる。
内容は端的に言って戦闘結果だ。
どれだけの人や物が動いて戦い、無事に帰ってきたのか。敵の情報、分析も憶測が混ざった状態でそのまま全て記載されて書類に纏められている。
枚数は多いものの、それはきっと専門用語だらけで俺には読めない。
だから読める部分だけを全て読み取り、どうして伊藤指揮官がああまで硬い表情をしているのかを悟った。
それに対する言葉が先のそれだ。率直な意見を求めているのは明白で、恐らくは他に繋がりのある指揮官達の意見も聞いているだろう。
そちらの方が余程建設的な意見を出せると思うのだが、それでも俺に対して尋ねた。
此方の意見も考慮しようというその気持ちは素直に嬉しいものの、さりとて明確に何か意見が出せるとも思えない。
被害が全体の三割。これは一見少ないように見えるが、連隊の三割という言葉にすればどれだけ酷い被害が出たか解るだろう。
少なくとも三桁は死に、それに見合う物的被害が出た。
更に軍そのものだけでなく、街や村の被害も顕著だ。
その復興に掛かる資金を政府が出せる筈も無い。そのまま別の街へと避難させるのは自明の理だ。
有り体に言って、ありとあらゆる被害が大き過ぎる。書類の最後には現在も無数の電話が起こっているそうで、その大部分が市民からのものだ。
税金を確り納めたにも関わらず、軍は敗北を見せるばかり。既に新聞やニュースにも軍が負け越していると情報が流れ、難民達はこの機に乗じてデモを開始している。
何時までも負け続ければ軍の信用は地の底にまで到達してしまうだろう。
「一つ聞きたい事があります」
「なんだ」
その中でも最も疑問に感じた文面は、やはりこの憶測だらけの被害報告だ。
特に弾丸がパワードスーツを通り抜けたという情報は眉唾物としか思えず、けれどもデウスという存在があった手前否定するのも難しい。
普段であればまったく聞けない情報だけに、今此処で軍の技術力の限界を聞くのも良いだろう。
そうすれば俺達のグループだけになった後でも有り得るかもしれないという情報を絞る事が出来る。であれば、尋ねない道理は無い。
先ずは自身で考える為の土台を作る。その後に意見を告げるべきだろう。
故に自分が疑問に思う箇所を全て潰す為に言葉を続ける。その中で規則によって話せない内容は解らないままであったが、それでも収穫は非常に多い。
「纏めると、このパワードスーツは本来であれば存在しない物体であると?」
「そうだ。件の技術は日本には存在せず、ましてや他国でもまるで聞いた事は無い。唯一解る可能性があるとすればデウスの誕生の地である研究所だが、そちらに対する伝手が無い身としては迂闊に接触は図れない状態だ」
「では、別の誰かが接触した情報は無いのですか?」
「現在はまだ此方も掴んではいない。あちらは元来閉鎖的だからな。研究所内の様子を見れる者も軍内では非常に限られている。……少なくとも、我々のような少数派の人間は入る権限を持てないだろう」
話の限りでは研究所に接触した軍人は表だって存在していない。
裏で接触している確率は高いものの、今の俺達ではそれを探るのは不可能だ。表で湧き出る情報だけで判断する他に無く、されど表面的な情報の全てが現状打破に繋がらない。
相手の情報があまりにも欠如している。憶測が真実であるかどうかを調べるには直接当人に尋ねるしかなく、さりとてその当人が間違って認識していれば此方が足元を掬われかねない。
映像込みの情報に、やはり実際に接敵するしかないのが素直な意見だ。こうも憶測だらけであると一回当たって即撤退を連続でこなさなければ何も真実を掴めそうにない。
そして、一回目の威力偵察で今回の結果だ。デウスに任せるだけの戦闘方法でこうなっているのならば、二回目の威力偵察も似た結果に終わりかねない。
正直に言うなれば、相手の情報秘匿能力が優れている。隠れ、潜み、確定の情報を掴んだだろうデウスや歩兵を優先的に潰していれば情報漏洩の速度は酷く遅くなるのはこれまでの歴史が証明していた。
加え、組織である事の弱みも関係している筈だ。憶測ばかりが並ぶ情報では何かを決めるのは難しい。
一人でもそうなのだから、複数人が会議でも開けば喧々囂々の争いが起きるものだ。
「率直に言って、実際に俺達が様子を見なければ何とも言えません。本当にそんな技術をパワードスーツは搭載しているのか。或いは、物体を一時的に通過させる超能力者が居るのか。――全てが全て、自分でも憶測の範囲を脱する事は出来ません」
「……だろうな。いや、悪かったな。常識の外に居た君ならば我々が考えたもの以上の意見を言ってくれるものと少々期待していた」
「勘弁してくださいよ。期待には応えたいところですが、いきなり相談されても直ぐには出てきませんって」
俺と彩の関係は一般とは違う。だから期待をかけられたのだろうが、そもそもの内容が違う。
家族として接する行為と、まったく異なる事象に対する的確な意見なんて混じる箇所なんて一つも無い。その方向からの意見を求めるのであれば、分野違いにも程がある。
苦笑と共に否定すれば、伊藤指揮官も一回笑ってそうだなと頷いてくれた。
これで尚も期待されてしまっては不味い。余計な期待は俺には荷が重すぎる。
「しかし、透過ですか……」
それにしてもと話題は雑談寄りにシフトしていく。
物体の透過。この場合透過対象は銃弾ではなく、やはりパワードスーツ本体だろう。透明人間の亜種とも言えるその技術は、正しく漫画から抜け出たような代物だ。
本当にそんな技術があるのならば、世界はますますアニメや漫画チックな状況に変貌していくのだろう。
現実に生きている側としては堪ったものではない。そんな世界で生き残らねばならない自分達は、さながら物語の一キャラクターか。
もしもそうなら、自分に異次元染みた力を欲しいものである。誰もを守れる強力無比な力があれば、彩達を守ることだって不可能では無くなるのだから。
自虐も混じった内心の呟きは誰にも聞かれる事無く消えていく。夢を叶えてくれる存在は――――まだいない。
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