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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百十七話 不可思議

 一度起きた戦火の広がりは、誰もが想像しない速度で進み続ける。

 燃える村があった。燃える街があった。四肢を欠損した死体が並び、建物の瓦礫に潰された動物の死体が犇めき、部品となった数々の兵器が散らばる。

 無数の火災現場には今も軍の人間が必死に戦い続け、されど僅か少数の戦力によって狩られ続けていた。

 敵側の先頭を進む存在は全てパワードスーツ。その装甲を無数の弾丸によって凹ませ、尚も止まる気配を見せない。

 一部ではスパークも発生しており、見た限りにおいて機能停止は目前。それでも全く止まらず進軍する様は機械と思われても不思議ではないだろう。

 その中身を知る者は極めて少ない。一介の兵士も、弾を吐き出すデウスも、勿論民衆でさえその真実を知らずに守るべき相手に向かって銃を向けていた。


 これぞ正しく皮肉。全てを知る者達は愉悦に嗤い、建物の影から影へと移動する。

 無数に迸る火炎の波は容易に人間の眼球を乾かせ、例えゴーグルを装備しても視界は常に煙に隠され明瞭にはならない。であるからこそ、影は煙の中を移動しながら極めて音を落として兵士達の背後を取る。

 気付いた時にはもう遅い。銃撃による攻撃ではなく、足に縛り付けたナイフを引き抜き正確に首を斬り落とす。

 その事態に気付けるのはデウスだけ。相手の反応を背後で捉えた事実に大声を上げようとして、それを見透かしているかの如くパワードスーツが攻撃を再開する。

 相手は所詮パワードスーツだ。破壊しようとすれば出来る筈で、正確に己の武器の引き金を押す。


 歩く速度が遅い機械の塊であれば、搭乗部分を射貫く事も出来るだろう。

 それでもデウスには油断は無い。何せ、今この状況を作り上げた最大の要因はパワードスーツなのだから。

 歩兵の群れも脅威と言えば脅威であれども、それでもまだ此方の軍が対処可能な範囲だ。最も恐ろしい相手を破壊しきれれば後は消化試合であると言っても過言ではない。

 だが――パワードスーツの性能は軍の人間の誰もが過小評価していた。

 

「――ッ!?」


 吐き出した弾丸の全て。それらは正確に搭乗部分に届き、そのまま通過(・・)した。

 輪郭は朧気。さながら陽炎を想起させ、周囲に高速移動を起こした反応は無い。つまり目の前のパワードスーツは、如何なる技術かデウスの弾丸を全て通り抜けたのである。

 そんな技術はまだ軍には無い。兵器の最先端を行くとまでは明言出来ないものの、それでも日本はデウス発祥の地。

 開発技術は他国よりも優れ、今も尚新たな概念を内包した兵器を開発し続けている。

 そんな日本でも物体を通過させる物質という未知の存在は開発出来ていない。そして、それが成し得ていないからこそ僅かな戦力差でも覆されている。

 速度がどれだけあっても、元々の攻撃がまったく効かないのであれば相手の動力切れが起きるまで足止めするしかない。


「まぁ、そうなるだろうな」


「何……ッ」


 そして、そんな簡単なチャンスを敵が態々与えてくれる筈が無いのだ。

 時間にして殆ど一瞬。探知の反応が出たのは、ほぼ刹那の刻。場所はデウスと同じ場所にして、当人の胴。

 現れた場所に顔を向けるよりも前に影は皮膚組織を破壊し、内部に腕を突っ込んだ。腕の目指す先にあったのはブラックボックスであり、迷わずに一直線に進んだそれを力強く握り締める。

 戦闘の多いデウス達のパーツはその全てが非常に硬度だ。単純な比較になるものの、そのパーツは砲弾の直撃でさえまったく歪む事は無い。

 ブラックボックスとてそれは変わらず、掴まれたとしても破壊は不可能だ。精々外すくらいが関の山だと急いでデウスは腕を伸ばそうとして――


「貴様等の道理で物事を語るなよ」

 

 ――硬度であったブラックボックスを握り砕いた。

 中にあった人格データも含め、その全ては急速に無へと返っていく。最後の悪足搔きにと拳を振り落とすものの、その一撃は影に避けられ力を失った。

 残るは人格の喪失した肉体のみ。その身体を影は腰に抱え、再度闇の中へと消えていく。

 全ての戦いが終わった時。回収されたデウスの身体は全体の四割程度となり、それ以外の全てが欠片も残さず消失していた。

 軍はその情報を聞き、即座にデウスが誘拐されていると察知。広がるように組んでいた二人一組の状態を解除し、四人一組となっての行動を義務付けるようになる。

 

「――予想外。そういう顔だな、伊藤殿」


 場所は移り、岐阜基地。

 急遽集まった吉崎指揮官と岸波指揮官は一つのテーブルの周りを囲むように座り込む。

 伊藤は新しく送られてきた情報の数々に流石に驚愕し、その顔にははっきりと焦燥の色がある。その顔を吉崎が片方の口角を吊り上げながら指摘するものの、それに対する伊藤の言葉は無かった。

 

「連隊クラスが三割溶けたか……。こりゃ甚大な被害だな」


「内百五十人のデウスが消息不明。破壊判定が無いということは、敵に回収されたと見て良いでしょうね」


 僅かな戦力が相手だった事は解っていた。それについて今この場に居る面子が油断を覚える事も無かった。

 一つの連隊が出撃した事は妥当だと判断していて、それでも結果は失敗の二文字。かなりの装甲に傷を負わせたとはいえ、パワードスーツそのものは未だ停止していない。

 デウスの被害も極めて甚大だ。無数に拉致されたデウスは自身の意志か指揮官側の命令か、或いは敵の攻撃によってブラックボックスは破壊されているだろう。

 それによって軍の内情を知る事は最低限に抑えられただろうが、デウスそのものが素材として活用されてしまってはマキナ計画の手伝いをしただけだ。

 

 直ぐにでもそうなる訳では無い。流石に何の実験も無しに使う事は無いだろうが、それでも完成品がそのまま送られてしまった事実は非常に不味い。

 そして、書類にはもう一つの情報が載せられていた。

 パワードスーツに未知の技術が使われているとされる文面には、とてもではないが書類らしくない曖昧な言葉が羅列されている。

 情報そのものも憶測だらけ。パワードスーツそのものが透明化することから始まり、あらゆる攻撃が当たらず通過するやら突如としてデウスを超える速度で動くなど多彩だ。

 あまりに眉唾。だが、それだけの性能が無ければ一方的に圧倒する事が出来ないのも事実。 

 

「歩兵の殆どが超能力者と見るのが妥当か?」


「この分ですと、その可能性の方が高いです。低いとあまり深く考えなかったのですが……」


「この結果だ。流石に全員、常識的観点から予測を立てるなんて真似は出来ないだろうな。上も今は大騒ぎだ。十席同盟も再集合が掛かったらしいぜ、岸波殿?」


「――となれば、最悪の可能性を想定しておくべきか」


 吉崎の言葉を聞き、伊藤は重く呟いて立ち上がる。

 窓際に寄り、そこから見える風景に目を向けた。眼下には今も訓練に励むデウス達の姿が見え、これからの戦いに備えてその場凌ぎであっても戦力となるように休日を返上して全員が参加している。

 だが、この書類を見る限りにおいて普通の方法ではまったく相手には通じないだろう。

 新しい技術、新しい概念。この書類からはそういった類の単語を感じ取れ、否応なしに変わらねばならないのだと無理矢理背中を押されている印象も覚えてしまう。

 それは他の二人も一緒だ。急速な変化には如何に非常識に慣れている者にも直ぐには対応出来ず、直ぐには答えが出てくることもない。

 

「この話、只野にも伝えておくぞ」


 伊藤の言葉に全員が頷く。

 新しい変化に対応出来る者は既に新しい風を吹かせた者だけ。ならば、今彼等の元には打ってつけの人物が居た。

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